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高い城の男  作者: 白乾兒
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2話 君の名は


そのまま山の中で夜を越した。


三月とはいえ、東北の山はまだ寒い。



松の根元に背を預ける。

奴から拝借した黒いレザースニーカーを尻に敷いた。


革ジャンに着替える。

いつでも動ける様にその上からデイパックを背負う。

その上から自身のショートコートを布団がわりに被った。


右手にはワルサー。

指は引き金のすぐ外に置いたままだ。


ほとんど眠れないまま、朝になった。



夜の間、何度も海の方から低い音が聞こえていた。

津波だ。


あの駅も、

あの海岸も、

もう存在していないだろう。


俺はポケットから財布を取り出した。


砂浜で死んだ男のものだ。


免許証をもう一度見る。


高城 萬


写真。


俺の顔。


いや――

俺そのものだ。


だが、生年月日が違う。


4月2日生まれ


俺は、4月1日だ。


たった一日の差。


その違いだけで

俺とあの死体は別人らしい。


俺は空を見上げた。


こちらの世界の空は、どこか色が薄い。


いや、違う。

俺の世界の空が濃すぎたのかもしれない。


……俺の世界。


その言葉が自然に浮かぶ。


だが、それ以上思い出せない。


思い出せるのは、いくつかの断片だけだ。


整列した灰色の建物。


金属の匂い。


教官の声。


射撃訓練。


格闘。


走る。


撃つ。


倒す。


――卒業。


そこまでだ。


それ以上の記憶が、霧の向こうにある。


俺は立ち上がった。


山の斜面から海を見下ろす。


町は消えていた。


瓦礫の海。


海水に浸かった屋根。


煙。


そして、遠くでヘリコプターが飛んでいる。


救助だろう。


俺はポケットから二輪免許証と工業高校の身分証とを取り出し、もう一度見た。


高城萬。


俺の名前。


この世界でも同じらしい。


……いや。


もう、これは俺の名前だ。


砂浜で死んだ男は、もういない。


津波が証拠をすべて流した。


俺はその事実を冷静に理解していた。


罪悪感は、ほとんどない。


ただ一つだけ、奇妙な感覚がある。


まるで


自分の死体を見た


ような気分だ。


ドッペルゲンガーを見た人間は死ぬ。


そんな迷信を思い出す。


だが死んだのは、あいつの方だった。


俺は財布を閉じる。


そのとき、遠くの民家からテレビの音が聞こえてきた。


太陽光パネルのついたその家の窓は開いていた。


俺は近づいた。


部屋のパソコンの液晶モニターには、崩れた町が映っていた。


キャスターが早口で話している。


「昨日発生した東北地方太平洋沖地震により、巨大津波が発生し――」


地震。


そうか。


津波はそのせいだ。


画面には、避難所の映像が映る。


泣いている人。


毛布。


瓦礫。


俺はぼんやりとそれを見ていた。


そのとき、画面が切り替わった。


若い男の写真。


見覚えがある。


いや、見覚えどころではない。


俺だ。


画面の下に文字が出る。



行方不明者の名前が、次々と読み上げられる。

その中に――


高城 蓮 (49)


高城 正子(43)


高城 萬(17)


キャスターが言う。


「地震の直前、海岸付近で目撃されて以降、消息が分からなくなっています」


俺はテレビから目を離した。


……なるほど。


この世界の高城萬は


行方不明


になっているらしい。


都合がいい。


いや。


もしかすると、最初からそうなるように出来ていたのかもしれない。


そんな気がした。


理由は分からない。


だが、俺は妙に落ち着いている。


戦場にいるときの感覚に似ている。


状況を整理する。


俺は言葉に出してみた。


「俺は、高城萬だ」


声は自然だった。


違和感はない。


テレビの音が続いている。


「政府は自衛隊を派遣し――」


俺はその言葉で引っかかった。


自衛隊。


自衛軍ではないのか?


この国は。


俺の世界では、軍という言葉は当たり前だった。


ここでは違うらしい。


テレビの画面には、制服姿の若い兵士が映っている。


弱そうだ。


……失礼だな。


俺はそう思い直す。


戦争を知らない顔だ。


それだけだろう。


俺は窓から離れた。


山の向こうに道路が見える。


その先に町がある。


そして、この国がある。


俺は歩き出した。


ポケットには


免許証。


財布。


そして高校の身分証。


新しい人生。


高城萬。


17歳。


それが、これからの俺の名前だ。


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