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お嬢様はしつこい恋をしておられます

掲載日:2026/02/05

私、侍女ユリアは、大変不愉快な光景を目にしております。


「いい加減、彼から離れてくださらない?」


言い放ったのは、きつめの美貌を持つリディア・ノクス伯爵令嬢。


「……」


対するは、柔らかな雰囲気をまとったフローラ・セルジュ子爵令嬢。

あまりにも対照的なお二方です。

……そして私は、不幸にもリディア様の侍女です。


「あなたは、オスカー様にふさわしくありませんわ。

わたくしの方が、彼を愛していますもの」


リディア様は、あまりにも当然のようにそう問いかけられます。

おやめください。これ以上、恥を重ねられないでください。


「何か言いたいことがあれば、仰れば?

反論できないのなら……認めるということですわね」


「リディアさん……」


フローラ様の唇が、かすかに動きました。

どうぞ。ここは言い返しても許される場面です。


――その瞬間でした。


「いい加減にしろ!」


鋭い声が、空気を切り裂きました。


オスカー・フォン・アイゼン伯爵。

整った顔に怒気を浮かべ、彼はフローラ様を庇うように一歩前へ出られます。


「彼女に、何を言っている」


「わたくしは――」


「しつこいぞ」


その一言に、リディア様の肩がびくりと震えました。


「婚約者は、彼女しかありえない。

……これ以上、彼女を困らせるな」


周囲から、小さな拍手と歓声が上がります。

……私も、つい反射的に拍手してしまいました。


「さすがオスカー様」

「男らしいわ……」


「……っ」


リディア様は背を向け――ええ、予想通り泣いておられます。

急いで私も、その後を追います。


残された空気の中で、オスカー様は小さく息を吐かれました。


「……大丈夫か、フローラ」


「はい……オスカー様が庇ってくださったので」


フローラ様はそう答え、彼の袖をぎゅっと掴まれます。


「怖くはなかったか」


「……少しだけ。でも、もう大丈夫です」


その仕草が、張り詰めていた空気を和らげました。

見ている側が、そう受け取るには十分に。



「うう……悔しい……!

なんで、あんな子が……!

わたくしの方が、好きなのに……!」


リディア様は自室のベッドに突っ伏されました。

私は少し離れた位置で、そっと様子を見守ります。ええ、距離は大切です。


「何が悪かったの……?

フローラ様に突っかかったから?

オスカー様をつけ回したこと?

それとも、予定を調べていたから……?」


「恐れながら申し上げますと、全てでございます」


「……話しかける口実を探し回っていたのが、

うっとおしかったのかしら……」


「はい。それが決定打かと」


リディア様はクッションに顔を埋められました。


「成績だって……あの子より、いいのに……」


私がちらっと見た先には、いくつもの表彰杯。

弁論、記録整理、馬術……。

社交や恋愛以外では、実に優秀でいらっしゃるのですが。


「勉学の成績と恋愛の成否は、必ずしも比例いたしませんので」


「……そうだけど……」


リディア様は、ゆっくり顔を上げられます。


「でも……諦めるしか、もう……ないのよね……」


天井を見上げ、ぽつりと零される声。


「リディア様……」


ようやく諦められたかと思った、その直後でした。


「……でも。

せめて、遠目でオスカー様を眺めるくらいは……!」


「それは諦めたとは申しません、お嬢様」


――リディア様は、しつこいお方でした。


結局、彼の姿を追う日々は、その後も続きます。

私の胃薬が減ることはありませんでした。


剣術の授業の日。


鍛錬場に響く剣の音よりも先に、甲高い声が飛び交っておりました。

汗を拭うオスカー様の姿に、女子生徒たちがきゃあきゃあと騒いでいます。


「オスカー様、こっち向いた!」

「今日もかっこいい……!」


――皆様、可愛らしい様子なことで。


それに比べ……リディア様は物陰に隠れ、指を噛みながらその様子を眺めておられました。

どうか、もう少しだけ堂々となさってください。


「……素敵」


ご本人も、自分の行動が好ましいものではないと理解されている。

それでも、視線を外せない。

その矛盾こそが、今のリディア様でした。


「やっぱり……好き……」


やめられないものを恋と呼ぶのかは、諸説ございます。


「オスカー様、お怪我は?」


フローラ様が差し出した布で、オスカー様が汗を拭われます。

その頬が、ほんのわずかに緩みました。


「大丈夫だ。ありがとう」


――彼女の前だけ、あんな笑みを向けるそうよ。

――羨ましいわね。


周囲の囁きが、私の耳にも届きます。

もちろんリディア様にも……リディア様、令嬢らしかぬお顔になっております。


「……でも、お似合いなのよね」


リディア様はそう呟いてから、心の中で小さく舌打ちされました。

もう、何も申し上げません。治りませんから。


そのとき――


今度は、別種の声が聞こえてきました。


「どうせ顔だろ」

「少し腕が立つだけだ」


……なるほど。こちらは分かりやすい方々です。


「男の嫉妬……醜いわね」


その評価については、私も全面的に同意いたします。

いつものように、リディア様は呪いの言葉を唱えられていました。



事件は、学園の大広間で起きました。


昼の集会。

全学年が集められる時点で、ろくな話ではありません。

私は嫌な予感を抱きながら、リディア様の少し後ろに控えておりました。


壇上に立ったのは、ギルベルト公爵令息。

整った顔を歪め、一枚の紙を掲げています。


「オスカー・フォン・アイゼン。

貴殿は試験において不正行為――

カンニングを行ったな」


ざわ、と空気が揺れました。

視線が一斉に、オスカー様へ集まります。


「……していない」


落ち着いた声で、彼は否定されました。


「証拠は揃っている。

監督官の報告書、答案の筆跡比較。

加えて、この小型の暗号表だ」


公爵令息は得意げに続けます。

生徒たちは目を泳がせ、口を閉ざしました。

公爵家に逆らう勇気を持つ者など、そうはいません。


そのとき、私は気づきました。

オスカー様の視線が、一瞬だけフローラ様に向いたことを。


彼女は、ほんの一瞬こちらを見て――

そして、気まずそうに目を逸らしました。


……なるほど。


空気が、ひやりと冷えます。


「人気者は大変だな」


ギルベルト公爵令息は肩をすくめます。


「不用意に目立つから、こういう時に疑われる。

 自業自得とも言えるんじゃないか?」


勝ち誇った、その瞬間でした。


「――待ってくださいませ!」


凛とした声が、大広間に響きます。

……ああ、出ましたね。


「ほう。ノクス伯爵令嬢。

君が、何を知っている?」


「その証拠、偽造ですわ」


ざわめきが、先ほどとは質を変えて跳ね上がりました。

ギルベルト様の笑みが、わずかに固まります。

とても分かりやすい反応です。


「根拠は?」


「わたくし、いつもオスカー様を追っておりましたの」


失笑が起きかけました。

……はい、そこは否定いたしません。


「ついでに、公爵令息も気になって……

つけておりましたの。

ええ、趣味の悪いことに」


笑いが、ぴたりと止まりました。

静寂というものは、こういう時に訪れるのですね。


リディア様は懐から紙束を取り出されます。


「こちら。

ギルベルト様が監督官へ

『報告書の文言を整えるよう』

と指示された書状です。

日時と印が一致しております」


「馬鹿な……!」


「答案の筆跡比較も、見本が偽物です。

提出係へ“すり替え”を命じています。

こちらに署名と、命令文があります」


記録と記録を突き合わせる作業は、

リディア様の得意分野でした。


ギルベルト様の顔色が、みるみる変わっていきました。


教師が、重く息を吐かれます。


「……ギルベルト殿。

これは事実か」


「いや……それは……」


「話を、ゆっくり聞かせてもらおうか」


そのまま、公爵令息は連れられていきました。

反論すら、形になっておりません。


ざわめきの中、囁きが広がります。


「どうして、あんなことを?」

「……オスカーの人気が、気に食わなかったんじゃ……」


……ええ、概ね正解でしょう。


リディア様は、ようやく息を吐かれ、歩き出されました。


「……よかった」


その声は、とても小さく。

私は、何も申し上げませんでした。


背後で呼ぶ声がした気がいたしましたが、

リディア様は振り返られません。


「お幸せに、オスカー様。

そして……今まで、ごめんなさい」


胸の内でそう告げられ、大広間を後にされます。


オスカー様は、何も言われませんでした。

ただ黙って、その背を見送っておられました。



数日後。


雨が降り出しそうな空の下、

私は、荷をまとめられるリディア様の背中を見ておりました。


「まぁ……分かっていたことですけど」


その声は、不思議なほど落ち着いています。


ギルベルト公爵家を追い詰めた結果、

伯爵家にはいくつもの「忠告」が届きました。


――これ以上、学園に置くべきではない。


それが伯爵家の下された結論でした。


「……こうでもしないと、忘れられないもの」


そう呟かれた言葉に、

私は返す言葉を見つけられませんでした。


馬車へ向かう途中、

学園の門前で、呼び止められます。


「リディア」


振り返ると、そこに立っていたのはオスカー様でした。

肩で息をし、

少しだけ取り乱しているようにも見えます。


「……どうしてだ」


「俺は君に、ひどいことを言った。

それなのに……なぜ、助けた」


私は一歩だけ下がりました。

この会話に、侍女の席はありません。


リディア様は一瞬目を伏せ、

それから、ほんの僅かに微笑まれます。


「……失礼いたします」


それだけを告げ、

馬車の扉に手をかけられました。


「待て」


呼び止められ、驚いたように振り向かれます。


その瞬間、

雲間から差し込んだ光が門前を照らしました。


その光の中で、

オスカー様が向けられた表情は――

私は、見るべきではないと思い、目を逸らしておりました。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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