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空泳ぐ星鯨

作者: アリス法式
掲載日:2026/01/14

 キラキラと輝くエーテルの海。

空の住人達からすれば毒の海、地殻の住人からすれば重い空。

その空の海を、一隻の戦闘艇が泳いでいた。

楕円の流線形と背びれを思わせる突起、エーテル機関の駆動音を響かせる尾びれ。空を優雅に泳ぐその姿を嘗て海を知るものが見ればサメが泳ぐ姿を思わせる形である。

潜行型戦闘艇Sy-c3型。

飛行艇の設計者であれば、それをその名で呼ぶだろう。

戦闘艇の鼻先から中空に響く、独特のノイズ。

ジーッ、ジーッと空間を渡り反響する小さなノイズは、ある一定で反響し、何かの姿を浮かび上がらせる。


それは、今まさにエーテルの海へと着水する帆船型飛空艇の姿。


ピクリと、戦闘艇の狭いコックピット内の住人が蠢いた。

大きめの飛空艇なのか、エーテルの揺れはしばらく続く、そして、それが収まるころには、戦闘艇の発するノイズも収まっていた。

コックピットの側面に掛けられたマスクを取り口にはめ込む。

深く吸う。

同時に、戦闘艇の側面に三条の溝が開いた。

サメのエラの様な溝は、正しくエラであり中空に滞留するエーテルを急速に吸い込み戦闘艇のエーテル機関が活性化していく。

そして、吸収の為に全開に廻った機関が逆流を開始する。

三条の溝から噴出したエーテルによって推進力を得た船体が、獲物を見つけたサメの様に素早く動き出した。

粘性のある海を越えて、飛空艇は空へと飛翔する。

エーテルによって推進力を得たその体は、勢いのままに海面を突き破った。


「ーーー敵襲!

潜水艇だ、急いで船体を浮上させろ!!」


帆船型の甲板にて、こちらを見上げながら叫ぶ声が聞こえる。

エルフィンの帆船型飛空艇、見たところ船体を挟むように外輪型のエーテル機関が見える、想像にはなるが浮遊用のエーテル機関であり推進力は従来の帆船型と変わらないものと見受けられた。

このタイプの飛空艇は飛行状態での戦闘は滅法強いが、現状の様に着水した状態で頭を押さえられると脆いのが特徴だ。

特に甲板上が狭く甲板に砲が少ないスループ型の飛空艇はこの傾向が顕著である。


「対空砲を廻せ!!

散弾術式を込めろ!急げ!急げ!急げ!!」


エーテルケーブルが這いまわる看板を、ブラウンエルフィンの船員が焦ったように走り回っているのが見える。

その姿を悠々と眺めながら、艇底に2門搭載されたカノン砲に回路を直結する。

バシュン!バシュン!

艇底に刻まれた溝が開きエーテル反応の反射光が2発分輝いた。

砲門の底に刻まれた精製紋と、砲門上部から差し込まれた銅板に刻まれた精製紋が注入されたエーテルによって混合反応を起こし砲弾を生成する。

混合反応によって生じたガスが砲弾を入口へと射出すると、弾丸は落ちる勢いのままスループ艇の外輪に突き刺さった。


「くそがぁ!!」


外輪から外れ、勢いのまま吹き飛び周囲に液状化したエーテルをぶちまけるケーブルをしり目に、戦闘艇は海中へと舟艇を沈めいく。

浮遊の為の機関を失った飛空艇など、戦闘艇からすれば、良いカモでしかなかった。

背びれの様についていった突起部が流線形の鼻先へと移動し、特徴的なラムアタックの準備が始まる、海中にて周囲のエーテルと反応しバチバチと起こる放電現象は、明確な脅しであり、そして、相手側もそれを理解した歴戦の船乗りであった。


「まて!降参だ潜賊!!」


オープンチャンネルで放たれた音声が、さざ波の様に広がっていく。

此方に配慮したのか極近距離で発されたものだが、それでも潜行型戦闘艇Sy-c3型は、その音声を拾い上げ衝角となっていた背びれが元の位置へと戻っていく。


フウと一息吐き出した吐息は、ゴボリと音を立ててコックピットに満ちたエーテルを揺らす。


「武装解除―――。攻撃の意思なし―――。求、食料か水―――、もしくは武器」


「了解。相変わらず不愛想な奴らだ。

オイ、舟艇から密閉した容器を2、3落としてやれ。

ついでだ潜賊、カノン砲を一門やる、破損した浮遊機関と、タンクの補充が済むまで護衛をする気は無いか?」


先ほどから怒声を発していたブラウンエルフィンが、気を取り直したように海へと叫ぶ。

対して戦闘艇は了承の意を伝えるように背びれを青く光らせると、彼らの周りをグルグルとゆっくり旋回し始めた。


「いいんですか?船長」


若い甲板夫のブラウンエルフィンが不思議そうに声をかけて来た。


「お前、航海歴は長い方か?」


「いえ、この船が初めてです、乗って3月程かと」


「そうか、覚えておけ

群れて襲ってくるような小物共は限度を知らん、徹底的に痛い目にあわせる必要がある。

だがな―――。

一隻で、しかもちゃんと警告を発してくるような凄腕の縄張りに潜り込んじまった時は、諦めて荷物を2、3渡して許してもらえ。

奴らは限度を知っているし、引き際を間違えなければちゃんと生きて返してくれるからな


なにより―――。

凄腕の戦闘艇乗り程、護衛として頼もしい奴らもいない」


そう呟きつつ見上げる先、海中から今まさに船を飲み込もうと浮上していた空ヘビが戦闘艇のラムアタックを喰らって吹き飛んでいく姿が見えた。

追い打ちをかけるように船底から放たれるカノン砲のフラッシュが輝き空ヘビの頭部が吹き飛んだ。


「あんな化け物と縄張り争いしてる奴ら、まともに戦っても損するだけだ」


笑いながら、船室へと戻っていく船長、残されたまだ歴の浅い船員は茫然と倒れ行く空ヘビの巨体を見上げていた。






「――――♪」


チャンネル周波数、オープンブルー。

日時天候問わず、常に全海域へと音楽を垂れ流しているチャンネルである。このチャンネル帯域を保持している存在を殆どの船乗りたちは知らず、エーテル海七不思議の一つとして船乗りの酒の肴に消費されていく。


「13番ドック、海中から侵入する潜行艇あり、受け入れ準備」


長閑な音楽を切り裂くように、赤い警告ランプにドックの内部が照らされる。

何名かの作業員が舌打ちを残し、待機所から駆けだしていった。

中央航路から外れた位置に存在する空島973。

中央航路に近い空島でありながら、風任せの航路では、特定の順番で航路を進まねばたどり着けず、かといって海路で進めば島の周りに大型の星獣がウロウロとしている。

後ろ暗く腕の良い船乗りであればたどり着ける、そんな絶妙な塩梅の場所にその空島は存在した。


その空島973の端の端。

13番ドックは対潜航艇のドックの為、普段受け入れが少ない暇な部署なのである。

13個あるドックの内、潜航艇用に振り分けられているのが2区画のみという時点で、他との違いが察せられるというものだ。

乾ドックにその潜水艇が固定されると共に、エーテルが排出され船体が露わになる。

2門のカノン砲を底部に抱えた流線形の胴体と、上部に存在するヒレを思わせる衝角、そして船尾にはエーテル機関に接続されたスクリューが2基。


潜行型戦闘艇Sy-c3型、通称シャーク3。


底部後方が下ヒレの様に開き、密閉された容器が10個排出されてくる。


「食料に、固形燃料、それにカノン砲が4門か、なかなかの稼ぎだね、カラナシ」


胴体上部のハッチが開き、潜水艇の主が顔を出す。

脱色したように白く長い髪を竜尾の様に三つ編みにした頭部は、その顔を覆い隠すように虫の複眼を思わせるゴーグルと、その下に取り付けられた防毒マスクに覆われており。マスクに接続された2本のチューブが背中に背負ったボンベへと伸びている。


「―――運が良かった。風向きか縄張りに単独の帆船が何艘か迷い込んでな」


水分を含んだ重い足音を響かせて、ぴったりとした潜水服を着込み、また体が乾かないようにか羽織った丈の長いコートにはタンクから伸びるチューブが蛇腹状に繋がれて活性化したエーテルが常に循環しているのが見て取れる。


「ここ数日、隣も此方も大盛況なんだが、カラナシ、あんた何か知っているかい?」


「……む、ああ、そうだな。

近々母艦が近海を通る予定だからな、乗り遅れないように、近海の潜水乗り達が集まっているのだと思うが」


「なるほどな!タンクス共は秘密主義で無口な奴が多いから、聞いても全然答えてくれないからよ、ここで聞けて良かったぜ!」


気の良さげな作業員に背中を叩かれながら、白髪のタンクスは乾ドックを後にする。

アイツら、無口でも秘密主義でもなくて、只、種族的に発声器官が未成熟な奴が多いだけなんだがな、と、飽きれている内心はそのままに、見た目タンクス種族の彼は近場の宿へと足を進めた。


「イラッシャイマセ」


独特なイントネーションの合成音声が宿の受付から響く。

ボンベを型取った独特の看板はタンクス種族の宿を表している。他種族は基本的に入ってくることは無いためか、受付の横に置かれたクリアの培養槽に彼女は潜水服を着込まずにプカプカと浮かんでいた。

端的に言えば手足の生えたタコであろうか、人に近い手足よりも、タコ足を思わせる触手が器用に培養槽に投影されたキーボードをタイピングしている。


「2週間、部屋を借りたい」


「サキバライデスガ?」


「構わない」


「シーシャハ?」


「付きで頼む」


頷く代わりに伸びた触手がコクコクと揺れた。

触手が動き始め、培養槽に投影されたモニターを確認しながら、忙しく動き回る。


「サキバライデ2シュウカン、オシハライハ?」


「リーンで頼む」


カシュっと音を残してカウンターの一部が開いた。ここに代金を入れろという事らしい。

コートの袖から1本ずつリーン取り出していく。

5本目を投入した所で、蓋が閉まった。


「ニカイノオク205ゴウシツデス」


今度は、その隣に精製紋が浮かび上がりカードキーが構築される。


「しばらく、世話になる」


「……」


言葉は無く、揺れ動く触手のみコクコクと相槌を打っていた。

見送られ、チューブ型のエレベーターに体を委ねると、浮遊感と共に一気に体が落ちていくのが分かる。

―――2階。


「しばらく、かかるな」


一人前のパイロットとして認められ、一人で空に潜るようになってから、かなり増えた独り言が思わず零れた。

真っ暗な視界のがしばらく続き急に視界が開けた。

島の岩盤を抜け、エーテルの海へとエレベーターが到達したのだ。

空に生きる者達からは暗黒の海。

そして、地殻に生きる我らからすれば、満天の星空。

その母なる星空に抱かれるように、エレベーターの底面に体が解けて消えた。


「2カイデス」


無機質な合成音が響く。

声の主を探すと、受付と同系統の培養槽がカーゴに乗ってキャラキャラと近づいてきた。

中には、カニに手足が生えたような女性が浮いている。


「ガイシュツサレルトキハ、カードキーヲオワスレナク」


「……了解」


腰に伸びた竜尾に力を入れて2階のエレベータ底面に刻まれた精製紋から体を起こす。

地上に降りたのは久々な為、恐々と防毒マスクを外すと、重エーテル独特のスイカを思わせる匂いが鼻腔に染みわたった。


「久々に、呼吸が出来る」


複眼を思わせるゴーグルを外すと、視界が色づいていく。

重エーテルの海、その深海に住まう者達。

彼らにとって空は明るすぎ、そして、空気は薄すぎる。代わりに彼らは、空に生きる者達が忌避するエーテルの中でも呼吸が出来た。

重エーテルの海で泳ぎまわる者達。

それがタンクスと呼ばれる種族であった。

浮かんできた世界観を形にするために文字起こししたもの。

最近気が付いたが、最近は誰でもない語り口で書くことは出来るけど、特定の主観で物語を紡ぐことがとことん苦手になっている気がする。

なので、続きを書くとすれば、特定の主人公を置かず、この世界の、誰でもない誰かの話を書くかもしれない。

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