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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【求人票】宮内庁・式部職祭祀課(統括) ※業務内容:バグった「日本神話(シナリオ)」の強制修正および没ネタ(怪異)の最終処分

作者: ジョウジ

 世界というものは、得てして三流の脚本家が書いた、継ぎ接ぎだらけの駄作である。伏線は回収されず、キャラクターの動機は支離滅裂。そして何より、後先考えずに派手なエフェクト(怪異)ばかりを使いたがる。


 そんな「バグだらけの物語ゲンジツ」を、舞台裏でこっそりと修正し、整合性を保つ作業デバッグ。それが、この場所の住人たちに課せられた役割だ。


 東京都千代田区千代田1-1。皇居の深い森に囲まれた、一般人が生涯立ち入ることのない結界の奥地。「賢所かしこどころ」のさらに奥にある、通称「編集室サンクチュアリ」。そこに、檜の香りが漂う広大な和室があり、一人の男が文机に向かっていた。


「……酷い。実に酷いプロットだ。誰ですか、こんな展開を許可したのは」


 男の名は、烏丸からすま かど。その装束は、平安の世から時が止まったかのような、純白の狩衣かりぎぬに浅紫の指貫さしぬき。肩まで流れる濡羽色の黒髪は、背中で一束に結われている。


 鏡を見れば、そこには現代日本に生きているとは思えない、浮世離れした貴族のような姿が映るだろう。透き通るように白い肌、感情を削ぎ落とした切れ長の瞳。二十三歳という実年齢よりも、遥かに老成した、あるいは「枯れた」雰囲気を纏っている。


 宮内庁・式部職祭祀課・掌典しょうてん。それが彼の役職であり、この国の「物語」を管理する神の末席に座す者だ。


 カドは、優雅な手つきで筆を走らせながら、積み上げられた「駄作の原稿(トラブル報告書)」を検閲していた。


「轟の馬鹿は、土地神を物理切断して『解決』とした。……その死骸がどこへ行くかも考えずに」


「水道局の水脈は、汚染水を凍らせて空へ飛ばした。……気化すれば無害だとでも思ったのか?」


「気象庁の天羽に至っては、それを雷にして拡散し、総務省の八木が殴り散らかし、最後は厚労省の薬師寺が培養して新人に食わせる……」


 彼は報告書を一枚めくるたびに、深い溜息をついた。まるでピタゴラスイッチだ。  下界の役人たちは「目の前の敵を倒した」と達成感に浸っているようだが、ここから見れば、ただ「ゴミを隣の家に投げ込んだ」だけに過ぎない。


 そして、そのゴミが最終的に流れ着くのは、この国で最も低い場所であり、最も高い場所でもある、この「皇居」なのだ。


「カド。ぼやいている暇があるなら、手を動かせ。……校了(浄化)の時間は迫っているぞ」


 部屋の奥、幾重にも重なる御簾みすの向こうから、重厚な声が響いた。  祭祀課の長を務める、カドの父、烏丸 きょうだ。


「……申し訳ありません、父上。ですが、あまりに彼らの仕事が粗雑なもので。これでは『神話』として成立しません」


「粗雑で結構。彼らは所詮、エキストラだ。泥にまみれて舞台を駆け回るのが彼らの役目。……その泥を拭い、美しい結末エンドロールを用意するのが、我々演出家の役目だ」


 父の声には、一切の慈悲がなかった。15年前の「黄昏の大災害」。あの悪夢のようなシナリオを、非情な「切り捨て(バッドエンド回避)」によって無理やり終わらせた、冷徹な編集長。その血は、息子であるカドにも濃く流れている。


 カドは文机を離れ、広縁へと出た。目の前には、月明かりに照らされた、美しく掃き清められた白砂の庭「斎庭ゆにわ」が広がっている。


 だが、今の彼の目にだけは、その白砂がどす黒く濁って見えていた。


「……来ましたか。回収されなかった伏線たちが」


 ズズズズズ……。


 地響きのような重低音と共に、庭の隅にある古井戸から、コールタールのような黒い泥が溢れ出してきた。それは物理的な泥ではない。


 この数日間、都内各地で発生し、処理しきれなかった「怪異の残滓」だ。  巨大ムカデの怨念、インクの狼の断片、焼死者の未練、失恋の雷、デジタルの悪意、捕食されたウイルスの死骸。


 それら全てが、龍脈という地下下水道を通って、最終処分場であるここへ逆流してきたのだ。


「臭いますね。……強欲、傲慢、嫉妬、怠惰。三流小説にありがちな、陳腐な欲望の臭いだ」


 カドは懐から、一枚の「形代かたしろ」を取り出した。人の形に切り抜かれた、ただの白い和紙だ。


 黒い泥は、生き物のように脈打ちながら、賢所の結界を侵食しようと這い寄ってくる。その泥の中には、数え切れないほどの苦悶の表情が浮かんで消える。


『痛い……熱い……』 『同期シテ……』 『僕の方が好きだったのに……』 『物語に戻して……』


 下々の場所で「退治」されたはずの亡者たちの声。彼らは消滅したのではない。脚本から削除デリートされただけで、データとしては残っていたのだ。


「可哀想に。……主役たちに倒されるための『悪役ヴィラン』としての役割すら終えて、ただのノイズになってしまいましたか」


 カドは形代を指に挟み、スッと目を細めた。同情はしているのだろう。だが、再利用リサイクルをするつもりは毛頭ない。ここを突破されれば、穢れは皇居を汚染し、やがて国家という巨大な物語そのものをバグらせる。


 だから、ここで消す。設定ごと。


「準備なさい、カド。……今宵の『没ネタ』は、少しばかり量が多いぞ」


 父が御簾の中から現れた。その身には、漆黒の束帯そくたいを纏っている。  カドもまた、狩衣の袖をまくり、懐から五色のぬさを取り出した。


「承知いたしました。……これより、『大祓リセット』を執り行います」


 夜風が止んだ。  森の木々さえも息を潜める、絶対的な静寂。  これは戦闘ではない。一方的な「編集作業」だ。


 黒い泥――「穢れの集合体」は、見る間に膨れ上がり、庭を埋め尽くすほどの巨大な津波となって二人に襲いかかってきた。物理的な質量はないはずなのに、その圧力だけで空間が歪み、砂利が悲鳴を上げて砕け散る。


 それは、行き場を失った物語の怨念そのものだ。


「――掛けまくも畏き」


 カドが朗々と祝詞のりとを上げ始めた瞬間、世界の色が変わった。


 彼の体から、青白い燐光が立ち上る。それは優雅な光ではない。触れるもの全てを強制的に「無」へと還す、特権的な管理者権限アドミニストレータの光だ。


祓戸はらえどの大神達、此の荒振る穢れを、早川の瀬に坐す瀬織津比売せおりつひめと言ふ神、大海原に持ち出でなむ」


 シュッ。


 カドが指に挟んだ形代を投げると、それは空中で白銀の刃へと変化した。紙ではない。圧縮された言霊の刃だ。


 刃は黒い泥の波に突き刺さり、そこを起点に空間ごと「切り裂いた(カットした)」。


『ギャアアアアアア……!!』


 泥の中から、数千の亡者の絶叫が響く。だが、彼は構わず祝詞を続ける。  彼らの悲鳴など、風の音と同じだ。BGMですらない。


「持ち出で往かば、荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百会に坐す速開都比売はやあきつひめと言ふ神、持ち加加呑みてむ」


 父が、無言のまましゃくを振り下ろした。


 ドォン!!


 目に見えない巨大な圧力が、泥の津波を上から押し潰した。先ほどまで暴れまわっていた穢れの塊が、まるでプレス機にかけられたようにペシャンコになり、苦悶の声を上げて霧散していく。


 汗一つかかない。心拍数も上がらない。国道でエンジンカッターを振り回す轟のような熱血も、図書館で論理パズルを解く月島のような知性も、ここには必要ない。  ただ、圧倒的な「格」の違いで、存在そのものを「なかったこと」にする。  それが、宮内庁のやり方だ。


『助けて……還して……』


 泥の中から、はっきりとした意識を持った「何か」が手を伸ばしてきた。それは、電子呪詛に取り込まれ、厚労省で常葉に食われたはずの「電子怪異」の残骸だった。しぶとい。まだ自我を残していたか。その指先が、カドの白い狩衣に触れようとする。


「……おや。まだ台詞がありましたか? でも、尺が足りません」


 カドは冷ややかな目で見下ろした。  そして、パチン、と指を鳴らした。


「――気吹戸主いぶきどぬしと言ふ神、根の国底の国に気吹き放ちてむ!」


 カッ!!


 衝撃波が発生した。泥の手は一瞬にして灰となり、崩れ落ちた。それだけではない。庭を埋め尽くしていた黒い泥の全てが、突風に煽られた霧のように、跡形もなく消し飛んだ。


 後には、月明かりに照らされた、美しい白砂の庭だけが残っていた。静寂。


 虫の音一つしない、完全なる浄化。バグは修正された。物語は、再び正常に進行する。


「……ふぅ。終わりましたか」


 カドは乱れてもいない襟元を直し、形代の燃えカスを懐にしまった。これが、彼らの日常だ。誰も知らない場所で、世界の綻びを繕うだけの、退屈な作業。


「見事だ、カド。……腕を上げたな」


 父が、感情の読めない顔で頷いた。カドは深く一礼する。


「恐れ入ります。……しかし父上。最近の『穢れ』の量は異常です。15年前……あの『黄昏の大災害』の前兆に似ています。脚本家かみさまは、続編を望んでいるようですね」


 彼が核心に触れると、父の目がすっと細められた。その瞳の奥には、息子ですら背筋が凍るような、深淵の闇が覗いていた。


「……そうだ。凪の時代(平和な日常パート)は終わった。再び、あの地獄のようなクライマックスが訪れようとしている」


「ならば、各省庁の連携を強化すべきでは? 今年の新人たち……通称『最低の世代』の中には、面白い『特異体質ギミック』を持った者もいるようですし」


 カドは、あの野蛮な新人たちの顔を思い浮かべた。誘蛾灯のアスマ、トリガーのリヒト、物語のアリコ、味覚センサーのシズク、お天気のリク、難聴のヒビキ、培養槽のマモル。


 どいつもこいつも欠陥品だが、その欠陥ゆえに、予測不能な物語を生み出す可能性を秘めている。


 だが、父は冷酷に言い放った。


「連携など無用だ。……彼らは『捨て石』に過ぎない」


「……捨て石、ですか」


「そうだ。15年前、我々が何をしてこの国を守ったか、知っているな? ……ある地域を『切り捨て』、その犠牲を以て結界を閉じた。……次も、必要ならばそうする」


 父の言葉に、カドは息を飲んだ。  あの時、現場の職員たちが大勢死んだのは、敵に殺されたからではない。宮内庁が、彼らごと敵を隔離し、見殺しにするという「演出」を選んだからだ。そして父は、それを「正しい判断だった」と信じて疑っていない。


「あの『最低の世代』……バグ持ちの新人たちは、次の災害における『人柱』として集められたのだ。……その時が来れば、彼らは役に立つだろう。我々が生き残るための、盾としてな」


 父はそう言って、漆黒の束帯を翻し、賢所の奥へと消えていった。


 一人残されたカドは、再び夜空を見上げた。月が綺麗だ。下界の喧騒など嘘のように、ここは静かで、清らかで、そして残酷だ。


「人柱……。悲劇のラストシーンには不可欠な要素ですね」


 彼は自分の手を見た。白く、綺麗な手だ。泥にまみれたことも、油に汚れたこともない。 が、この手は知っている。一番汚れているのは、泥をかぶる者ではなく、泥を他人に押し付け、安全な特等席で高みの見物を決め込む者だということを。


「……精々、足掻いてくださいね。下界の主演男優賞ヒーローたち」


 カドは、どこか遠くにいるはずの「同期」たち――顔も知らない、不器用な新人たちに向けて、皮肉めいたエールを送った。


 彼らがただの捨て石で終わるのか、それともこの腐ったシナリオをひっくり返す「特異点ジョーカー」になるのか。


 神ならぬ身の彼には、まだ分からない。


 だが、これだけは言える。神々は沈黙したまま、次の崩壊を静かに待っている。  そして、その沈黙を破るのは、いつだって「空気を読まない」馬鹿たちの叫び声なのだ。



最後までお読みいただきありがとうございます! シリーズ第7弾、そして**「第一部・完」**です。


物理、論理、感覚、感情、技術、感染。 すべての怪異は、最終的にこの「宮内庁」で闇に葬られていました。


個性的な「バグ持ち」の新人たちと、トラウマを抱えた「最高の世代」の先輩たち。 彼らの戦いは、まだ始まったばかりです。 (好評であれば、いつか「シーズン2(対・宮内庁編)」でお会いしましょう!)


もし「この世界観が好きだ」「他の部署も見たい」と思っていただけたら、


下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけると、作者のモチベーションが爆上がりします。面白いと思ったら5、そうでもないと思ったら1でも大丈夫です!思った感想の評価を頂けたらと思います。つでにブックマークをしていただけたら幸いです。


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