妹を見習えと言われましたので参考にした結果
「ナターシャ、可愛げのないお前は妹のアイラ嬢を見習ったらどうだ」
婚約者である第二王子にそう言われ、私は唐突に前世を思い出しました。
前世の私は天才子役と持て囃されましたが、後が続かず結局は事務員として小さな会社に勤めていました。
子役によくある出演料を巡っての泥沼の争い等もなく、全て貯金してくれていた母には感謝しかありません。
さて、死因は覚えていませんので、自分が転生したのかどうか定かではありませんが、ナターシャとしての12年の記憶はあるので転生と判断しましょう。
今の私はナターシャ・シルヴァー。
シルヴァー侯爵家の総領娘です。
目の前のユリウス・ゴルシア様は入婿として私と結婚する予定です。
でもユリウス様は厳しい跡取り教育で疲れ切った私よりも、毎日穏やかに暮らしているアイラをお気に召しているようです。
このアイラは年子の妹なのですが、元天才子役の目から見て下手な芝居をするあざとい系女子の片鱗が見えています。
別にこの2人が結婚しても私が侯爵家を継ぐのは変わりませんのでよしとします。
両親はあざといアイラを大層可愛がっており、長女の私には塩対応の毒親ですが、アイラには侯爵家を継ぐ力はないと冷静な判断もしています。
私はアイラのお世話をする気はさらさらないのでそこは両親の誤算でしょうが、口に出さず契約書も作成しない自分達の詰めの甘さを思い知ればよろしいのです。
そんな契約書もってこられたら偽物とすり替える予定で準備もしてましたが、準備すらしてない辺り家族愛を信じているようです。
長女の私はそんなもの持ち合わせていないので黙っていますが、領地の家1軒くらいなら差し上げてもいいと思う程度の愛情はあります。
さて、そこまで考えて目の前で騒ぎ立てるユリウス様を見詰めます。
ユリウス様とアイラが懇意にしているのは知っていましたが、まさか12のガキンチョに比較されるようなことを言われると思いませんでした。
よりによってアイラを見習えとは…。
アイラはユリウス様の横で勝ち誇った顔で私を見詰めています。
「畏まりました、では家でのアイラを見習いますわ」
「は?」
素直に返事をするとおもわなかったのでしょう、ユリウス様は呆気にとられた表情をしています。
隣のアイラも似たような表情です。
11歳とは言え、淑女教育を受けている筈なのに、やはりまともに聞いていなかったようです。
それにしても、ちょっと勇気のいる行動ですが…。
「やだやだやだやだ!歴史なんて無意味じゃない!勉強なんてしたくないわ!代わりにお姉様が勉強すればいいじゃない!
アイラは新しいドレスを着てマカロンを食べに行くの!
ユリウス様を呼んでよ!お姉様は付いてこないで!ユリウス様と結婚するのはアイラなの!
ユリウス様からのお誘いは全部アイラに報告してちょうだい!お姉様には言っちゃだめ!」
床に大の字になり手足をばたつかせます。
ユリウス様は突然の私の奇行に呆気に取られています。
私もかなり恥ずかしいですが、天才子役と言われた昔の根性を発揮します。
「お姉様の髪飾りが欲しいわ!ユリウス様だって本当はアイラに贈りたかった筈よ!早く外してアイラにちょうだい!お父様とお母様に言いつけてやるんだから!」
「お姉様!何をなさるの!?」
アイラが顔を真っ赤にして怒鳴ります。
その時両親が部屋に飛び込んできました。
侍女が私の奇行に慌てて両親を呼びに行っていたようです。
「ナターシャ!何をしている!?」
「そうよみっともない!マナー教育のやり直しが必要だわ!」
初めての私の奇行に両親も慌てていますが、私は更に続けます。
「お父様お母様!新しいドレスと髪飾りを買ってよ!お姉様には似合わないドレスはアイラにちょうだい!ユリウス様からのドレスを着るのはアイラよ!」
「…髪飾りとドレス、ナターシャに贈ったものをアイラ嬢が身に着けていたのはそう言うことか?
たまには街に行こうと誘っても来なかったのは、誘い自体知らなかったのか…?」
流石に疲れてきたのでゆっくり床から立ち上がり、息を吐き出します。
「やはりアイラの真似はここまでが限界ですわ。
充分マナー違反ですもの。
お父様、お母様、アイラの真似、如何でしたか?」
アイラを可愛がる余りに現実が見えていないお花畑両親に現実を見せつけます。
11歳でこの行動、侯爵家でなくてもアウトですわ。
自分の行動を真似されたアイラは怒りと羞恥に真っ赤になっています。
両親も端から見たアイラの痛々しい行動に黙り込みます。
ユリウス様は私を見詰めて眉をへの字に下げています。
「すまないナターシャ、誘っても返事がないし、ドレスも髪飾りもアイラ嬢が身に着けているから嫌われているのかと…」
12歳の少年には不安しかない状況だったのでしょう。
ユリウス様は不安からあんなことを言ったのかもしれません。成人の18歳だったらアウトですが12歳なのでセーフとしましょう。
私も贈り物は渡したくないと、ダメ元で両親に対してはっきり主張するか、ユリウス様にご相談すればよかったのですもの。
「侯爵、アイラ嬢にはもう少しマナー教育が必要のようだな?城から私付きになる予定の管理人を呼ぶ。
仕事は管理人に任せ、アイラ嬢についてやったらどうだ?父にも報告しよう」
姉とは言え王族の婚約者のドレスや髪飾りを奪い取り、不敬にも王族からの手紙を蔑ろにしていたのです。
大分ユリウス様は譲歩しています。
喚こうとするアイラの口を押さえた母は、項垂れるように礼をします。
明日にでも3人は領地に引きこもるでしょう。
アイラの体調が思わしくない、と言う表向きの理由を携えて。
きっとお祖父様が呼び戻され、私に当主教育をして下さる筈です。
お祖父様は厳しいですが理不尽ではありませんもの。
あの3人は再教育を受けるのか飼い殺しになるかはお祖母様にお任せしましょう。
「ナターシャ、今度こそ一緒に街にお忍びでケーキを食べに行かないか?」
ユリウス様が恐る恐る誘ってくださいます。
演技ではなく、心から私は笑います。
「楽しみですわ!」
終幕
城から管理人がくる⇒おめぇの席(侯爵の席)ねぇから。ってイメージ
駄々こねる子供は何歳まで許されるのか…。
スーパーで大の字になったことはなくても、急にいなくなる子供だったと言われました。
今も急にいなくなり迷子になるまでがワンセットです。迷子じゃなくて徘徊かもしれない。