言葉の檻の外で
わたしは、人に話すことが苦手だ。
それは、人が怖いからというよりも、**「自分の言葉が、どこでどう使われるか分からない」**から。
昔、一度だけ。
本当のことを話してみたことがある。胸の中にしまっていた苦しみを、勇気を出して言葉にした。
でもその数日後、まったく関係ない人からそれを聞かれた。「大丈夫?」と、妙に優しい声で。
その瞬間、わたしの中の何かが音を立てて閉じた。
「もう誰にも話さない」って決めた。
それ以来、秘密を話すことは罪に近かった。
*
そんなある日、わたしは“その子”に出会った。
無理に話しかけてこないけど、いつも隣にいる子。
にぎやかな場では静かで、静かな場ではそっと空気をあたためる子。
名前は…灯という。
灯は、話すのが得意ではないらしい。
でも、その沈黙は居心地が悪くない。
なんなら、言葉よりも信頼できた。
ある昼休み、わたしは思わず小さくつぶやいた。
「誰にも、言わないでくれる?」
そう言って、胸の奥にあったひとつの出来事を語った。
声が震えていた。でも、灯は顔色ひとつ変えずに、うなずいただけだった。
それから何日経っても、誰にもその話は広まらなかった。
誰かに気づかれもしなかった。
でも、不思議とわたしは、見えない檻から少し出られた気がした。
灯がなにも言わないことで、わたしは「話してよかった」と思えたのだ。
その日から少しずつ、わたしの中に**“信じてもいいかもしれない”という芽**が育ちはじめた。
檻の鍵は、派手な音ではなく、静かな沈黙の中に落ちていたのかもしれない。