『走るひと 田島明』

田島明は、誰からも必要とされなくなった五十代の会社員だ。
妻は去り、子供は寄り付かず、職場では空気のような存在。
それでも彼は、毎朝走り続ける。
膝の痛みをかばいながら、誰に見せるわけでもない小さな誇りを胸に。

ある日、転んだ少女を助け、その小さな「すごいね」という言葉が、彼の胸に小さな灯をともす。
だが体は限界を迎えていく。
それでも走るのをやめないのは、自分だけが自分を見失わないためだ。
最後の走りで、桜の花の下に立ち止まり、ひとつの生を終える。

彼が去ったあとも、彼の走った足跡は、かすかに誰かの中で生きている。
誰に覚えられなくても、人の生は無駄にはならない。
――それが、この物語の静かな結論だ。