6、採掘担当ルーチェ
「あ、じゃあ私は治癒魔法と保護魔法で皆様のサポートをいたしますね」
エリーが殺伐とした雰囲気を変えるように明るく言った。
「私は水魔法が得意なので戦闘に専念いたしますわ」
ソニアは男性陣へ笑顔で話しかけている。
わあ、みんなすごいんだなあ。
本当にゲームの世界に来たって感じがする!
そう思ってワクワクしたその時、ロジェ様の冷たい声が響いた。
「で、お前は何ができるんだ?」
ハッと顔を向けると、腕を組みながら私を見下ろしたロジェ様の冷めた表情が目に入った。
え?私?!
そういえば、何したらいいんだろう。
っていうか、もしかして私、何も出来なくない?
「えーと…………私、魔法は使えないので――」
「はあ? 嘘だろ?!」
「ほんとなんですけど、」
私は冷や汗をかきながらロジェ様に答える。
「この者が……ルーチェが魔法を使えないのは本当だ」
シリルは私の顔を冷ややかに見つめながら呟くように言う。
「まじかよ」
ロジェ様は呆気に取られた様子で呟くように言う。
「あっでも、戦闘以外で私にできることはきちんとやりますので!」
「なんだよそれ、ただの足手纏いだろ」
うっ。
こんなに綺麗な顔の人から容赦のない言葉を浴びせられるとダメージが倍増だわ。
「すみません……」
小さくなりながら謝ると、目の端に冒険に使うらしき道具が所狭しと置かれた机が目に入った。
その中にハンマーのようなものがある。
ん?あれってもしかして採掘用のハンマーかな。
そう思い近寄って見てみると、確かにPVで鉱石の採掘に使っていたものと同じだ。
これだ!!
私の仕事!
私はハンマーを手に取り満面の笑みで皆の方へ振り返って言った。
「それじゃあ私は採掘担当になります!」
「「「?!?!」」」
私の言葉を聞くと、ロジェ様とミカエル様とシリルは一様に驚きの表情を浮かべた。
エリーとソニアも同様に目を丸くしている。
え?そんなに変なこと言ったのかな。
「で、でも鉱石の採掘やダンジョン内の採取は、その……力も使いますし、ルーチェ様のような身分の方が担当される役割ではないかと……」
エリーは遠慮がちにそう言った。
ああ、なるほど、そういうことか。
こういった力仕事を貴族がやるなんて、ここではあり得ないことなんだ。
皆の反応を見て確信する。
でもそれなら尚更やっておくのも悪くなさそう。
身分関係なく自分にできることをやるという決意をアピールしたら、ちょっとは悪役令嬢のイメージも払拭できたり――――
「お前、何か企んでる?」
ロジェ様は驚いたような、異物でも見るかのような表情でそう言った。
ミカエル様は無表情で私を眺め、シリルは冷や汗のかいたような表情で私を見ている。
――払拭できるわけないか。
はは。ダメだ、完全に攻略対象たちから警戒されてる。
「そんなことないです! 一生懸命頑張りますのでどうか私もダンジョンに連れて行ってください」
だけど、ここはとにかく何がなんでもお願いをして仲間に入れてもらわなくちゃ。
呪いを解くためにどうしても魔石を手に入れなきゃいけないんだもの……!
彼らに色々と異論はありそうなものの、必死のお願いが効いたのかそれ以上追求されることも反対されることもなく、とりあえず採掘担当として私もダンジョンへ行けることになった。
私の固い決意を感じ取ったエリーが口添えをしてくれたおかげだ。
さすがヒロイン。
攻略対象たちを宥めつつ悪役令嬢にもこんなに優しいなんて。
思えば最初の出会いからずっと彼女だけはルーチェを――――私を悪役令嬢として蔑むことはない。
きちんと「人」として扱ってくれている。
その一方で、男性陣3人からはとても厳しい視線を浴びているけれど。
あ、ついでにソニアからもね……。
――――でも、よくよく考えたらここまで嫌われてると、もうこれ以上評価が下がることもないんだし、逆に気楽かも。
だからこそ、ちゃんと役割をこなして大人しく害はないってことさえ印象づけられたら断罪ルートは回避できるんじゃない……?!
そもそもヒロインをいじめるなんてしなければいい話だし。
エリーはとってもいい子だからむしろ仲良くしていきたいもの。
冒険していく中で、ついでに攻略対象たちとうまくいくようにサポートしてあげたら、逆に感謝されちゃったりして?!
そう考えたら心が楽になってきた。
うん、それがいい!そうしよう。
よーし頑張ろっと!
「じゃあ、早いところ行くか」
そう言ってロジェ様が歩き出し扉に向かう。
ミハイル様が肩をすくめてやれやれといった表情を作ってから彼の後に続く。
シリルはミハイル様に付き従うように歩き出した。
そんな様子を見てソニアも慌てて彼らについていく。
えっ?!
ひょっとしてもうダンジョンに行くってこと?
「私たちも行きましょう!」
力強くそう言ってエリーは私を促す。
「そ、そうだね」
私は慌ててエリーに答えて、机にあった布バッグを手に取りハンマーを入れてから歩き出す彼女と肩を並べた。
学園の外へ出て、S級ダンジョンがある裏山へと入っていく。
辺りは草木が鬱蒼として、いかにもダンジョンへ潜るといった雰囲気が漂っていてワクワクしてきてしまう。
私は布バッグに忍ばせたハンマーを袋の上から握りしめて気合いを入れた。
みんなで洞窟の入り口に足を踏み入れ、奥へと進んでいく。
うわあ、本当にゲームの世界って感じだ。
いちいち感動している私に構うことなく、攻略対象たちはどんどん前へ進む。
洞窟内をしばらく歩いて行くと狭い道から大きな空間へと出た。
辺りは草木が生えて、ところどころ水が滴っている。
あっ、あの岩のようなものは――
元の世界でプレイしていたゲームに出てくるような岩を見つけ、すぐに採掘できる岩であることがわかる。
とりあえず叩いてみよう。
そう思い、ハンマーを取り出して握りしめ、思い切り岩を叩いた。
カンカンカンと3回ほど叩くと、パカっという小気味のいい音を立てて岩が割れた。
割れ目から透明に輝く鉱石が覗いている。
わあ!これはきっと水晶だ!
ルーチェの微かな知識の記憶が脳裏にかすめ、瞬間的に理解する。
「わ、水晶ですね。ルーチェ様やりましたね!」
エリーがニコニコした表情を私に向けて言った。
「うん、うん!」
苦労して入手したものだから、感動もひとしおだ。
なにしろハンマーが重すぎる。
岩を割るだけでこんなに体力使うなんて……。
攻略対象たちはそれぞれ周囲を確認している。
きっと魔石の欠片がないか探しているのだろう。
魔石は彼らに任せて、この間にこの辺りにある鉱石の採掘をしてしまおう。
そう思い、頑張って岩を叩いた。
ハンマーで岩を叩くのは大変だけど…………楽しい!!
なんと言ってもリアルダンジョン探索だもんね!
岩を叩くのに夢中になりすぎて一瞬スカーフが取れそうになったこと以外は順調!
採れた鉱石の入った布バッグを覗きながら満足な気持ちになる。
とはいえ、さすがにちょっと疲れたかも。
ルーチェの細い身体には堪える。
そう思いながらへたり込んでいると、突如大きな影が私を覆った。