4、神官さんのアドバイス
あれからみんなの冷たい視線に耐えられなくなった私は、早々に馬車で屋敷に帰ることにした。
シリルの態度で私がエリーに危害を加えようとしていたと勘違いされてしまったようだ。
もう、違うのに……!
とにかく、ヒロインと攻略対象の3人に、私はもう害を与えるような人物ではないってことを分かってもらわなくちゃ!
……って言っても具体的にどうしたらいいんだろう。
悶々と考えながら屋敷に無事着いた私は着替えを済ませてから寝支度を整えた。
明日、学園は休日とのことだから、丸一日考える余裕もあるし今日はもう寝てしまおう。
色々ありすぎてさすがに疲れたし……。
そう思って、ふかふかのベッドで眠りについたのだった。
そのまま、朝までぐっすり!
とはいかなかった。
――――――――
――――――――なんか、息苦しい。
パッと目を覚ますと辺りは真っ暗闇に包まれている。
まだまだ夜が明ける気配もないから寝よう。
そう思って再び眠りにつこうとしたその時。
急に心臓をぎゅっと掴まれたように息ができなくなった。
何これ?!
苦しい…………!!
居ても立っても居られなくなり、這いつくばるようにして上体を起こしシーツを掴んだ。
「っ……はぁっ……!!」
誰かを呼ぼうとしても声にならない。
息苦しさはどんどん増していき、目がぐるぐると回り始める。
うまく思考が回らず苦しみだけが渦巻いている。
心臓がどくどくとやけに大きな音を立てているのを肌で感じていた。
苦しさが募る中、真っ黒なモヤのようなものが私を包んでいるのが見える。
辺りは暗いというのに、なぜかそのモヤに取り囲まれていることが私にはわかった。
何?!怖い!
そう思った瞬間、眩い閃光に包まれる。
「っ…………!!」
そのまま私は気を失うようにしてベッドへ倒れ込んだのだった。
◇◇◇
朝だ……。
明るい陽の光に顔を照らされて私は目が覚めた。
あのまま気を失ってしまったようだ。
長かった夜を超えた私はぐったりしていた。
あの苦しみは一体なんだったんだろう……?
ルーチェは持病でもあるのだろうか。
そんな設定があったのかな?
でも、昨日1日過ごした感じだと至って健康体って感じだったけどなあ。
薬を飲む習慣だってなさそうだったし。
そう思いながら気怠い身体をなんとか動かし、ベッドから抜け出した。
窓辺に近寄り思い切り伸びをした瞬間。
ふと、窓ガラスに映った自分の首を見て驚愕する。
な、何これ?!?!?
私の首元にくっきりと魔法陣のようなシルエットが浮かび上がっていた。
まるでタトゥーのようにくっきりと黒い痣ができているのだ。
慌てて手でこすってみるが、消えることはない。
やだ、何なのこれ。まるで呪われた紋章みたいな……。
ん?呪い?
そこまで考えて、昨日の夜エリーが最後に言っていたことをふと思い出す。
『念の為に神殿で見てもらった方が――』
確かそう言っていた気がする。
そういえば昨日、苦しんでいるときに閃光が発動して気を失ったのよね。
あの魔獣から受けた閃光と同じだったような気がする。
もしかして、あの光って何かの魔術だったりして……!
神殿か――――。
ヒロインが言うってことはきっと何かしら関係があるのかもしれない。
ここはゲームの世界なわけだし、神殿にいけば浄化したり祝福してもらったり、何かしらの対応策がありそうだし……。
幸い今日は学園はお休みということもあって、私は神殿へ出向くことに決めた。
メイドたちには隠しようもなく、誰にも言わないようにお願いしつつ痣ができたことを話すとスカーフで上手に隠れるよう着付けをしてくれた。
しばらくはスカーフが必需品だわ。
こんな痣を見られたらみんなから益々恐れられちゃいそうだもの。
そう思い、入念な準備をして神殿へと出発した。
◇◇◇
神殿へ着くと、入り口にいた神官さんが丁寧に出迎えてくれた。
私の乗ってきた馬車を見ただけで、どこの家か分かったようだ。
うーん、さすが公爵家パワーね。
あれよあれよという間に案内されて、優しそうな女性の神官さんと面談することになった。
「ルーチェ様、本日はいかがされましたか?」
神官さんは優しく微笑みながら私に問いかける。
私は昨日の夜中に起こった異変と、その原因であろうパーティーの夜に起きた魔獣との遭遇について説明をした。
「…………なるほど。大体わかりました」
神官さんはふむふむと深く頷きながら私の痣に手をかざしながら言った。
「これは、呪いですね」
や、やっぱり呪いなの?!
私が深刻な表情で考えを巡らせていると、神官さんはまるで安心させるように笑顔を崩さずに言った。
「大丈夫ですよ、これなら光魔法を流し込めば治癒可能です」
「本当ですか?!」
「ええ、光魔法の保持者は、この王国だと現在は3人が該当しますね」
よかった、じゃあその中の誰かに光魔法をかけてもらえばいいのね!
私がホッとしたように息をつくと、神官さんはニコッとし笑って続けた。
「光魔法をお持ちなのは、ミカエル王太子殿下と王国騎士団のシリル団長様、それから王宮魔術師のロジェ様ですね」
えっ?
「ちょうど皆様セントロア学園に在学中ですよね。それにシリル団長様はルーチェ様の兄上でいらっしゃいますし」
………………。
これって誰にも頼めなくて詰んだってやつでは?
私のお願いなんて聞いてくれるわけがないもの。
どうしよう。
「……え、えーとつまり、その3人の誰かに光魔法をかけてもらわないと治らないってことでしょうか……?」
「ええ。あ、かけるというか魔力を流し込んでもらうんです」
「ふむふむ。どのようにして?」
「その痣に直接唇を当ててもらうんです」
「ええええ?!?!?!」
「あ、唇と唇を合わせて直接体の中に光の魔力を送ってもらうのが一番手っ取り早い治癒方法なんですけどね! 5分間ほど」
?!?!?!
ご、5分間も?!
キスしなくちゃいけないの?!
そんなに長く?!
私の焦る表情を見て、神官さんも顔を曇らせながら言った。
「そうなんです、そんなにも長時間魔力を流し続けるのは体への負担が非常に大きいというのが難点なんです。ですから治癒の際は慎重に進めなければなりません」
……っ!!
そ、そうだよね、魔力を扱うことはとても繊細で身体に負担が掛かることなのよね。
うん、元の世界でプレイしていたRPGだって、魔力がなくなったら命に関わっていたもの。
相手の身体の心配もせずにキスのことばかり考えて、私はなんて思いやりのないことかしら。
しかも破廉恥な想像まで……!
うわあぁ、恥ずかしい!!
しかし、どうりでPVでやたらとヒロインと攻略対象たちのキスシーンが多いなとは思っていたのよね。
キス……。
彼らの誰かにお願いする場面を想像した私は背筋にゾクッとしたものが走り、頭をぶるぶると振った。
できるわけない!!
私がそんなこと言おうものなら、シリルは剣を持ち出してきそうだし、ロジェ様はあの冷たい顔のまま魔法で一撃してきて、ミカエル様にいたっては権力で私のことをあっという間に断罪するであろう。
私は瞬間的にPVの断罪シーンを思い返していた。
あのシーンかなり迫力あって怖かったのよね……。
うわああああ、絶対にダメだ!!!
ああ、私の人生ここで詰んだかも!