12、和やかな空気
舞踏会も無事終わり、今日からダンジョン探索が再開となる。
ソニアは昨日のことなど何もなかったように、何食わぬ顔をしていた。
ミカエル様もシリルもロジェ様も、同様に変わりない。
いつものように洞窟へと入り、みんなで探索の続きをしていく。
区切りの良いところで、お昼休憩を挟むことにした私たちはエリーの作った料理を食べて腹ごしらえをすることにした。
食べ終わりみんなで片付けをしていると、エリーが傍にやってきて私に言う。
「そろそろ泉の出現が多くなってきたので気をつけてくださいねルーチェ」
「え? 何が?」
「ダンジョン内の泉は、呪いを受けた状態だと引き込まれてしまう危険性があるんです」
「えっ……!」
「だから、泉を見かけたら必要以上に近寄らないでくださいね」
真剣な顔で言うエリーに、私は泉に引き込まれる様子を想像して思わず背筋がぞくっとする。
「う、うん……わかった!」
必死にコクコクと頷いてみせる。
怖すぎる!
絶対、近寄らないようにしよう。
そう決意をしていると、少し離れた場所に立って私たちの会話を聞いていたロジェ様がふと呟くように言った。
「……呪いなんて、どうせ嘘なんだろ?」
そう言ってロジェ様は手のひらをかざして私へ向ける。
??
「っ! ダメです!!」
何かに気づいたエリーが叫ぶが、ロジェ様はあっという間に魔力を発動したようだった。
明らかに、ロジェ様から向けられた魔力が私の身体の中に入ってくるのが分かる。
え……?
ちょっと待って……!
これ、めちゃくちゃ苦しい!!
私はだんだん眩暈がし始め視界がぐるぐる回り、立っていられなくなりそうだった。
「かはっ……!」
途端に咳き込み始める。
咳が止まらない!なんなのこれ?!
「ルーチェ!」
私の様子を見て、エリーが青ざめた様子で叫んだ。
「やめてください! 通常の魔力を流し込んだら呪いが反応してしまうはずです!」
エリーの訴えも虚しく、ロジェ様は手を緩めない。
「ただでさえ魔力量の少ないルーチェにそんなことしたら……!」
「本当に呪いにかかってるのか……?」
シリルはエリーの本気で焦る様子を見て呟く。
あ――――ダメだ。
ついにいつもの黒いモヤモヤが私を取り囲み始め、息が苦しくなってきた。
倒れそうだ…………。
ああ、このまま倒れたら頭を打ってしまうかも……でも、もう限界。
あんまり痛くないといいな――
そう覚悟を決めた瞬間、頭上から低い声が響いて温かい何かが私を支えてくれた。
「そのくらいでやめておけ」
苦しみでぼんやりとする頭を必死で動かし見てみると、ミカエル様が私の肩を抱き支えてくれていた。
「この者の受けた呪いは恐らく本物だ」
ミカエル様は真剣な表情で私を見つめて言う。
そして、私の首元のスカーフを取り去り、みんなに痣を見せるようにした。
「昔、王家の文献で見たことがある。魔獣の呪いを受けた者は皆、特殊な痣が首にできてしまうと」
私の首にできた魔法陣のようなその痣が、不気味な光を放っている。
その様子を見てロジェ様は絶句していた。
エリーがみんなの様子を見て、慌てて声を張る。
「ルーチェは私を庇って呪いを受けてしまったんです!」
その瞬間、みんなハッとした顔でエリーを見る。
「学園のパーティーの日、まるで昨日と同じように、庭園である人たちに責められていた私を助けてくれた後、二人で話してたときに現れた見慣れぬ魔獣から庇って……」
「パーティーの日……?」
シリルが呆然として呟く。
「2ヶ月前の交流パーティーのことか」
ミカエル様がエリーに尋ねる。
「そうです。あのとき私のドレスが汚れていたのは魔獣に襲われかけて転んだだけです。ルーチェのせいではありません」
エリーは必死に続けた。
「誰に言っても信じてもらえなかったけど、本当にルーチェは私のことを助けてくれたんです!」
エリーの言葉を聞いて、みんなが戸惑いの表情を浮かべていた。
「昨日の様子を見ていた皆さんならもうお分かりですよね?!」
エリーは3人に必死で問い掛けている。
私はそんな様子を感じながら段々と体から力が抜けていた。
しっかりしなくちゃ――――。
そんな思いとは裏腹に力が入らない。
その瞬間、ミカエル様が私の身体を横抱きにしてスタスタと歩き始めた。
?!?!
慌てふためく私をミカエル様は草の茂った柔らかい場所まで来て優しく降ろし、上着を置いて寝かせてくれた。
「少し休め」
そう言ってこちらを見下ろすその瞳に、いつものような冷たさは消えている。
「ありがとう、ございます」
掠れる声でお礼を言うと、ミカエル様はふっと笑って手を私の目元に当てた。
「いいから喋るな」
温かい……。
優しい声音を聞きながら私は思わずうとうとしてしまい、そのまま意識が途切れた。
◇◇◇
しばらくして目を覚ますと、傍には座っているロジェ様が見えた。
片足を投げ出し、もう片方の立てた膝を置き場にして頬杖をついている。
その物憂げな様子はとてつもなく美しくて、寝ぼけた頭を抱えつつ見惚れてしまう。
目覚めた私に気づいたロジェ様は気まずそうに一瞬視線を彷徨わせながら声を出した。
「あのさ――」
ロジェ様は言いかけたところでまた押し黙る。
「?」
だんだんと意識がはっきりしてきた私は上半身を起こした。
ロジェ様が何を言おうとしているのか見当もつかずにハテナが浮かぶ。
「だから、その、」
「……??」
「悪かった」
そう言って、ロジェ様は真っ直ぐ私を見つめた。
!!!
謝った!あのロジェ様が!!
明日は大雪でも降るんじゃない?!
それか、魔獣がネギ背負って自らの身を捧げにやってくるかもよ!
「…………お前、なんか失礼なこと考えてないか?」
「ま、まさか!!」
やだ、なんで分かったんだろう。
私は必死で頭を横に振る。
そんな私の慌てる姿がおかしかったのか、振り続ける私の頭を止めるように手をポンと添えてロジェ様はふっと笑った。
!!!
笑った!あのロジェ様が!!
やっぱり明日は大雪だ!
ロジェ様の美貌が笑うとこんなに破壊力のある美しさになるのね。
「でも、その痣以外に特に変わったところはないんだろ?」
「あ……ええ、まあ大体は」
わりと頻繁にやってくる苦しいあの発作くらいなのよね。
それが一番問題なんだけど……。
発作は夜やってくることが多いけど、どういう条件で発動してしまうかはわからない。
しかし、余計なことを言ってこの和やかな雰囲気を壊したくなかった私は曖昧な言葉で誤魔化したのだった。
「あとさ、」
な、何?
固い表情のロジェ様にまた警戒する。
「はい、何でしょうロジェ様……」
「お前さ」
何だろう?
なんか顔が……こわいよ――――
「お前さ、その『様』づけやめてくんない?」
「へ?」
「あと、そのわざとらしい敬語も」
「いや、わざとらしいって……」
「だって、歳は同じだろ」
あ、そうなんだ。
なにしろこのゲームのPVしか見てないから、その辺り曖昧なんだよね。
「そうですね」
「だから! やめろって」
「あ、うん。わかった……ロジェ」
「ん」
納得したように頷くロジェが少し可愛く見えた。
こんな表情もするんだなあ。
初めて『怒る』『蔑む』以外の表情を見れた気がして、私は少しほっこりした気持ちでいた。
すると、ミカエル様が近づいてくるのが見えた。
「起きたか」
私の傍に来ると、膝をついて視線を合わせる。
「はい――あの殿下、先ほどはありがとうございました」
私がそう言うとミカエル様はじっとこちらを見つめた後、徐に私の顔に手を伸ばし指先を触れた。
そのまま端正な顔を近づけてくる。
…………っ!
繊細で長く美しいその指の温もりに、訳もなくドキドキしてしまう。
「……顔色は戻ったな」
そう言って、指を優しく頬に滑らせる。
「――っ、はいっ」
「そなたが休んでいる間にこの辺りの探索は完了した。魔石の欠片もないようだから、明日またここより下の階へ降りて探索を続けよう」
「はい、ありがとうございます」
私が答えると、ミカエル様は少し笑って指をパチンと弾いた。
どうやら、私が眠るこの辺りに魔獣が来ないよう保護魔法をかけてくれていたようだ。
私を運んで休ませてくれたことといい、優しさに触れて心がジーンとする。
そんな私を見て、ロジェが何かを言いかけたがすぐにその様子を引っ込めた。
これまで私を気に掛けることなど一切しなかった彼のその様子を不思議に思うも、こちらに駆け寄ってきたエリーに気を取られる。
「ルーチェ!! 良かった……」
私の顔色を見てホッとしたように叫ぶエリーを宥めるように言った。
「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう」
大袈裟なエリーに少し苦笑をしつつ、私は落ち着かせるようにエリーの背中をさする。
そんな私たちの様子をシリルは気まずそうに眺め、ソニアは何やら不満げな面持ちで眺めていたのだった。




