9、メイドやります
眩しい朝日を浴びて目が覚めた私は、昨日のことを思い出していた。
ああ、呪いにかかったことがエリーにバレてしまった。
ううん、1番の問題はソニアにもバレてしまったってことよ。
エリーとは違って、発作の現場を見たわけではなく、私とエリーの会話の部分から見ていたようだったけど。
一応口止めはしたけど、大丈夫かな……。
なんだか嫌な予感がするのよね。
私はそんな考えを振り切るようにして学園へ向かう準備を始めた。
馬車に揺られ学園に到着すると、なにやら視線を感じる。
なんだろう。
好奇の目で見られるのは今に始まった事ではないけれど。
いつものように、A1教室へ行くともうすでにいつものメンバーが揃っていた。
ん?なんだか攻略対象たちの顔が少し怖いような――――。
「やっぱりお前、企んでたんだな」
そう言ってロジェ様は冷ややかな表情で私を見下ろした。
「え?」
「……君が呪いにかかったと言って回っているという噂が流れているが」
シリルが私を警戒するような表情で言う。
?!?!?!
えっ?!そんな噂が?!
ふとソニアの顔が目に入ると、私にしか見えない角度でこちらを見つめニヤリと笑った。
――やっぱり、ソニアの仕業ね。
悔しい気持ちになるが、こればかりは事実だから否定のしようがない。
『言って回っている』っていうのは引っ掛かるけど――――。
「やはりそんなことだろうと思ったよ。君は以前から殿下に近づきたがっていたからね」
何も答えない私に、シリルはそう言いながら鋭い視線を向ける。
「違います――! あの、以前はそういう気持ちもありましたが……今は決して違います。本当にS級ダンジョンを探索したいだけなんです」
必死に訴える私に、ミカエル様もシリルもロジェ様も冷たい表情だ。
ソニアはニヤリとした笑顔から急に悲しそうな顔になり、彼ら3人に訴え始めた。
「ルーチェ様がそんな嘘をつくなんて……そんな方とダンジョンに出るなんて、私は賛成できませんわ。これを機会にメンバーの見直しをした方がよろしいのではないでしょうか」
えっ?!そんな!
それに、嘘なんかついてないし!
焦る私を尻目に、彼ら3人がソニアの言葉に同調している気配を見せ、ここを追い出されそうな気配を感じて私は焦った。
それは困る!なんとしてでも魔石を手に入れないと……!
「まあまあ、すぐにS級に挑戦したい生徒を見つけるのは難しいですし、ここから1週間ダンジョン探索はお休みですから、」
状況を見かねてエリーが慌ててみんなを取り成そうと言葉を続ける。
「――あ! それよりも、今は舞踏会の担当箇所を決めないといけないですし、話はその後ですね!」
重苦しい雰囲気を覆すようにエリーはみんなに向かって言った。
「ああ、もうそんな時期だったな」
ミカエル様がそう言うと、重苦しい雰囲気が少し晴れる。
そういえば、今日は来週に行われる学園の舞踏会の役割を決めなければいけないことになっていたんだっけ。
生徒同士の交流の一環として今から1週間後に舞踏会が開かれることになっているのだ。
準備から開催まで全部自分たちの手で行うことで、結束力をより深めようという目的らしい。
学園の恒例行事となっているらしく、このため1週間はダンジョン探索の休憩となる。
まあ、元いた国で言う文化祭みたいなものなのかな。
前回の交流パーティーといい、この学園は催しがたくさんあるのね。
それも乙女ゲームっぽいと言えばそうだけれど……。
でも、このタイミングでこれは、私にとっては酷なものね。
彼らの表情を見て、私はがっくりと落ち込む。
エリーは明るい声で私たちに舞踏会の資料を配ってくれる。
資料にはそれぞれの役割について詳細に書かれていた。
「S級ダンジョン挑戦者から順に希望が通るので、私たちは希望がほぼ決定となると思います」
「ふむ、そうか」
「それは有難い」
「はあ、面倒だな」
攻略対象たちはそれぞれ三者三様の反応を見せる。
「ということで、皆様は何を選びますか?」
エリーがそう言って、みんなの希望を書き込むためにペンを構えたそのとき――――
教室のドアがノックされて、真面目そうな男子生徒がおずおずと入ってきた。
「あ、あの今年の『花』の件なのですが――――」
そう言って、男子生徒は私とエリーを気まずそうに見て続ける。
「本年度はエリー様とルーチェ・ノバック様お二人が候補となっておりますが、ど、どのようにしたらよろしいでしょうか」
男子生徒はオロオロとした態度で私の顔色を窺っている。
花?候補?
よく分からず、隣にいたエリーにこそっと聞いてみると、素早く説明してくれた。
今年の花とは、学園で能力と美貌を持った女性に贈られる称号である。
その年の花になった女性は舞踏会のラストダンスを身分関係なく誰でも好きな相手と踊れるのだとか。
指名をされた相手は受けても断っても自由だが、その年の花に指名されることは、それはそれは名誉なこととされているらしい。
「なるほど……」
「あれ? でもルーチェが花になるんじゃ?」
「え?」
「だって、前に『今年の花になるから殿下とラストダンスを踊る』ってみんなに宣言されていましたよね?」
エリーがそう言いながら不思議そうな顔をしていると、男子生徒がもぞもぞと口を開く。
「あ……そうですね、舞踏会の実行委員長を脅し――じゃなくて、委員長にお願いされていましたよね……」
ぐ…………、ルーチェは一体どこまで図々しいのよ……。
一瞬頭を抱えるが、事態を把握した私はすぐに気を取り直して男子生徒に向き直った。
「私は辞退します」
「「「「「えっ?!?!」」」」
その場にいた全員が私の言葉に驚きの声を上げて目を丸くする。
「ですから、本来の花であるエリーにその称号をお返しします」
「そ、そうですか! ああ、良かった!」
そう言って、男子生徒は心から安堵したように返事をして戻って行った。
「そなたは俺と踊りたかったのではないのか?」
「その方がよかったですか?」
「…………」
私の言葉にミカエル様は一瞬、驚いたような焦ったような複雑な表情になる。
「でも……男爵家の私が公爵令嬢のルーチェを差し置いて花になるなんて」
エリーは本当に焦ったように呟く。
彼女とよく話すようになって、元々平民だった孤児のエリーは、その類稀な魔法の能力を買われ心優しい男爵家の夫妻に養子として引き取られたということを聞かせてくれた。
「そんなこと言ったら、私だって元々は男爵夫人だった母の娘ですもの!」
「……! 今まで母親の身分について触れる相手に制裁を加えていたというのに」
私の言葉を聞いたシリルが、驚いた表情を浮かべながら何かを小さく呟いた。
「でもお前、公爵家を笠に着てたよな?」
ロジェ様が冷ややかな表情で私を見下ろしながら言う。
シリルもミカエル様も、同じような反応を見せて私は頭を抱える。
ルーチェって本当にやりたい放題だったのね。
ああ、目に浮かぶようだわ、散々威張り散らすルーチェが……。
私は気を持ち直し、静かに首を振りながらロジェ様に言った。
「いいえ、心を改め直したんです」
「は?」
「学園生活でよくわかりました、身分など関係ないと。これまでの私は愚かでした」
「…………」
「だから、反省の意味も込めて今回はメイド役をします」
今度は声もなく、全員が驚愕の表情で私を見つめる。
「ルーチェ?!」
「舞踏会の役割は身分関係なく決めるんでしょ?」
驚くエリーに私は資料を見つめながら言う。
だって、だって、このメイド服、すごい可愛い!
今ロジェ様に言った『身分なんて関係ない』って言葉は私の価値観だから、この想いは嘘じゃない。
高い身分を笠に着て横柄な態度を取るのは決して良いことではないもの。
ルーチェの過去は私の行動ではないけれど、今は私がルーチェであることに変わりはないから……。
だから、私が行動しないとね。
これまでのルーチェの過ちをひとつひとつ直していくために。
だけど、それとは関係なく――――
こういうの一度着てみたかったのよね!
私はワクワクしながら宣言した。
「みんなのお役に立てるようにメイドの役割を全うしたいと思います!」




