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9話

 文化祭1日目が無事に終わり、2日目に突入した。2日目ということは今日が梨音と一緒に文化祭を回る日である。

 家を出るまでに髪に寝癖がないかチェックしたり服装(そもそも学校の制服だ)に問題ないかを確認した。

 学校に着いて、川口に会うと、彼に背中を軽く叩かれた。


「頑張れよ」

「ありがとう、頑張るよ」


 川口は文化祭の当番を俺と代わってくれた。俺と梨音が一緒に回れるようにするためだ。この友達は本当にいい奴だ。


 俺は梨音のクラスの教室に向かった。彼女を迎えに行くためだ。昨日の夜に話し合って、俺が梨音のクラスに行くことになった。

 まるでデートの待ち合わせみたいだと思いながら廊下を歩いた。

 教室の前に1組の男女が何やら話をしていた。女子の方は見覚えのある黒髪ロング、つまり梨音だ。もう1人の男子の顔に覚えがなかった。多分梨音と同じクラスの男子だろう。


「梨音、行こう」


 俺の声が聞こえたのか、彼女はこちらを振り向いた。その顔は安心しているように見えた。


「もう呼ばれたから行くね。じゃあね」

「あっ、待ってくれ」


 梨音は俺の方へと歩き出した。男子はその梨音に手を伸ばそうとしたが、やがて腕を下ろした。そして、俺のことを鋭い目つきで睨んだ。明らかに俺のことをよく思っていない顔だ。


「ごめん、待った?」

「いや、大丈夫。今来たとこだ」


 何だか恋人みたいなやり取りだ。


「さっきは大丈夫だったか?」

「大丈夫だよ。あの男子が前に言ってた人だよ」


 梨音の言葉に俺は思い出した。同じクラスの男子から一緒に文化祭を回らないかと誘われていたことを。

 彼がなぜ俺のことを睨んでいたのかよく分かった。


「じゃあ、行こっか」

「ああ」


 俺と梨音は歩き出した。俺は梨音の手を取ろうと思ったが、先程の男子の顔が頭に思い浮かんでやめた。


 俺たちが向かったのは俺のクラスだ。前に言った通り、梨音はお化け屋敷に行きたいという。

 俺たちはお化け屋敷に入ろうと教室の入り口の前に立った。入り口には受付の男子がいた。


「はい、次はお2人さんね。って、楠木と平野さんじゃん」


 受付の男子は俺と梨音を見て興味深そうな顔をした。彼の名前は小田で、たまにクラスで話す仲だ。


「まさか話題の2人が来るとはな」

「何だよ、話題って?」

「楠木も聞いたことがあるだろ?お前と平野さんが付き合っているという噂だよ」


 梨音と付き合っている。そう小田から言われ、俺は心臓がドキリとした。今までは何とも思っていなかったのに、自分の気持ちを自覚してからそう言われると動揺してしまう。

 前に約束した話だと、俺と梨音の仲について聞かれたら、適当に誤魔化すというものだった。

 けれど、俺は動揺したせいで何と言って誤魔化せばいいのか分からなかった。


「ううん。私たちは付き合っていないよ」

 

 梨音が口を開いた。梨音の言葉を聞いて小田は俺の方を向いた。

  

「平野さんはこう言っているけど、そうなのか?」

「ああ、俺たちは幼馴染なんだ」


 小田は俺の言葉を聞いて驚いた顔をしていた。


「そうなんだ。それは知らなかったな」

「まあ、あまり人に言ったことはないから」

「そっか。変なことを聞いて悪かったな」


 小田は俺たち2人に謝った。


「ううん、私たちも気にしてないよ。ねえ、昌樹」


 梨音はその言葉の通り、何とも思っていないような顔をしていた。


「ああ、気にしてないから」

「それならいいけど。じゃあ、2人とも楽しんで」


 小田はそう言って、俺と梨音を中へと案内した。


「行こうよ、昌樹」


 彼女は俺に向かって明るく笑いかけた。


「分かった」


 俺も梨音へ笑いかけた。今のやり取りをなんとも思っていませんよと言うように。


 お化け屋敷となった俺のクラスの教室は真っ暗闇だ。窓は全て遮光性の暗幕を貼り付けて、外の光が入らないようにしてある。さらに、照明も全て落としている。このため教室は暗闇が広がっている。

 ちなみに、席や椅子は全て教室の外に出している。


「昌樹、いる?」

「いるよ」


 俺と梨音は並んで歩いていた。と思う。なぜなら暗闇で隣にいるはずの彼女すらよく見えないからだ。


「あっ、もう少しで」

「ネタバレはやめて! 楽しみが減るじゃん」


 俺がお化け屋敷の仕掛けをバラそうとすると梨音から怒られた。タネが分かっている手品なんて面白くないもんな。

 少し歩くと、ダーンと何かを叩きつけたような大きな音が聞こえた。もちろん、仕掛けの一種である。実際はただの録音したものを再生しているだけだ。


「キャー!」

「うおっ」


 隣から衝撃を感じて俺も声を上げてしまった。俺の右腕に柔らかな感触を感じた。もしやこれは。俺の心臓が高鳴った。


「あっ、ごめんね。思わず」


 梨音の声が聞こえた途端、右腕に感じていた感触は消え失せた。

 その後も壁から白い手が飛び出してきたり、ロッカーから突然幽霊(に扮した川口)が出てきたり、ブラックライトに照らされたゾンビの顔(作り物)が浮かび上がったりといった仕掛けが発動した。

 その度に梨音が声を上げて俺の腕にしがみつくので俺も驚きというかドキドキというかそういう感情で一杯だった。心臓に悪い。


「いやー、楽しかった」


 教室から出て一言梨音はそう言った。楽しんでくれたみたいで何よりだ。準備をしてきた甲斐があった。


「そういえば、昌樹も声を上げていたね。もしかして、怖かった?」


 彼女はこちらを振り向いて言った。その顔は面白がるような表情を浮かべていた。


「いや、あれは梨音の声に驚いていただけだから」


 まさか梨音に抱きつかれてドキドキしていたなんて素直に言えなかった。俺の言い訳を聞くと、彼女は揶揄うような笑みを浮かべた。

 

「ふーん、そうなんだ」


 梨音はそう言うと、いきなり申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ごめんね、昌樹」

「急にどうした?」

「ほら、お化け屋敷に入る前に昌樹のクラスの男子から私たちのことを聞かれたでしょ」


 それはもちろん覚えている。ある意味忘れられない。


「私、誤魔化す約束を破ってきっぱり否定しちゃった。だから、ごめんね」

「梨音が謝る必要はないよ。だって本当に付き合ってないんだし」

「そうだよね。私たちは幼馴染だよね」

 

 梨音は嬉しそうに笑っていた。何故だろうか、いつもは俺も嬉しく感じるはずなのに今はあまり嬉しくなかった。


「じゃあ、次に行こうよ」


 そう言って、梨音はこちらを振り向いたまま、歩き出そうとした。その時、廊下の向こうから走ってくる男子の姿が見えた。

 その男子生徒は急いでいるらしくの廊下を歩いている他の人は彼にぶつからないように避けていった。

 梨音は俺の方を向いたままだから、その男子に気づいていないようだ。このままだと男子と梨音がぶつかってしまう。


「梨音!」


 気がついたら俺は右手で彼女の手首を掴んでいた。左腕を彼女の背中に回し、抱き寄せた。

 走っている男子生徒はすみませんと声を上げて、俺たちのそばを通り過ぎていった。


「危なかったな」


 その時、俺は気がついた。思った以上に彼女の顔がすぐそばにあったからだ。梨音と目が合った。体温が上がるのを感じる。俺は慌てて梨音から離れていった。


「ご、ごめん。咄嗟のことで」

「う、ううん。助けてくれてありがとう」


 梨音は俯いていた。彼女の顔は俺から見えなかった。


「大丈夫か?」

「あー、ちょっと待ってね」


 梨音はどうしてか胸に手を当てて息を吸ったり吐いたりしていた。やがて顔を上げた。その顔はいつも通りの笑みを浮かべていた。


「ごめんね、もう大丈夫だよ」

「そうか。良かった」


 俺は安心したのか肩の力を抜いた。我ながらとんでもないことをしたものだ。危険を回避するためとはいえ、幼馴染を抱き寄せるなんて。


「じゃあ、行くか」


 俺は梨音に手を差し伸べた。自分でも無意識の行動だった。


「え?」


 梨音は差し伸べられた手を見てポカンとしていた。


「あっ、悪い、昔の癖で」


 俺と梨音は小学生の頃手を繋いで登下校していた。その時の癖が出てしまったのだ。

 今の俺たちには必要ないのに。俺は恥ずかしさのあまり手を引っ込めようとした。

 すると、柔らかな感触を感じた。ふと顔を上げると、梨音が俺の手を握っていた。


「いいよ。またさっきみたいなことがあるといけないからね」


 そう言って、梨音は笑った。好きな子から手を繋がれて俺は手に汗をかいていないだろうかと心配した。


「い、行くか」

「うん」


 俺たちは手を繋いで歩き出した。小学生の時は何とも思っていなかったのに、今は心臓が破裂しそうなほど高鳴っていた。

 その後も俺たちは文化祭を楽しんだ。途中、男子生徒からものすごく視線を感じたが、深く考えないようにした。


 そして、あっという間に文化祭も終了の時間になった。しかし、俺にとってはここからが本番だ。この後の後夜祭で梨音に想いを伝えるのだ。


「梨音、後夜祭なんだけどさ」

「私は友達といる予定だよ」


 俺は愕然した。事前に梨音を後夜祭に誘っていなかったことに気づいた。誘ったら一緒にいてくれるものだと思っていた。

 しかし、彼女にだって予定はある。それを思い至っていなかった。


「えーと」

「どうしたの?」


 俺の戸惑っている様子に彼女は首を傾げていた。


「後夜祭の時に付き合ってほしくてさ」

「え?」


 梨音は声を上げ、まじまじと俺の方を見た。少し俯いて考えた後、また俺の方を向いた。


「いいよ」

「え?」

「友達に断っておくね。今日は昌樹と一緒にいるよ」


 俺と一緒にいる。そう言われて俺は心が弾んだ。


「でも、いいのか?」

「うん。幼馴染だからね」

 

 梨音はそう言って柔らかく微笑んだ。


 

 文化祭の後片付けが終わると、後夜祭だ。校庭に生徒たちが集まっていた。

 時刻は夕方頃で、日が落ち、辺りが薄暗くなってきた。

 俺と梨音はその集まりから少し離れていたところにあるベンチに座っていた。俺も梨音も黙っていた。

 突然ボウっという音とともに歓声が聞こえた。顔を上げると、校庭の中央付近でキャンプファイヤーが点火されていた。その周りにはたくさんの生徒がいた。

 

「ねえ、聞いていい?」


 俺がどう切り出そうか迷っていると、梨音から話しかけられた。


「何だ?」

「どうして、あの日、私を部屋に誘ってくれたの?」


 彼女が言っているのは疎遠になって以来初めて梨音を部屋に招いた日のことだ。あの日から俺の日常が大きく変わっていった。


「梨音が困っているみたいだったからだ」

「そうなんだ。ありがとね。あの時、部屋に誘ってくれて。私、本当にここ最近楽しかったんだ。また昔みたいに昌樹と一緒に遊べてさ」

「俺も楽しかった。梨音と一緒にいて俺の日常は変わった。退屈だった日々が輝いているみたいだった」

「昌樹?」


 いつもと違う俺の様子を不思議に思ったのか、梨音は俺の顔を覗き込んでいた。

 俺は彼女と正面から向き合うように座る位置を変えた。俺と梨音の視線が交差した。顔が熱くなるのを感じる。


「俺、梨音に言いたいことがあるんだ」

「うん」


 俺の顔を見たのか梨音は真剣な顔つきをした。そんな表情は今まで見たことがなかった。


「あの日はただ困っている梨音のことをほっとけなかった。でも、あの日から梨音と一緒にいるようになって俺の中で別の気持ちが生まれた」


 彼女は黙って俺の言うことに耳を傾けていた。


「梨音と一緒にいると楽しい。これからも梨音と一緒にいたい。子供の頃と同じ、いや、それ以上の気持ちがあったことに気づいたんだ」


 俺は彼女を真っ直ぐに見つめた。梨音もまた俺の顔をじっと見つめていた。


「俺は梨音のことが好きだ。1人の女の子として。だから」


 俺は梨音に向かって頭を下げた。


「俺と付き合ってください」


 言った。言ってしまった。俺の人生にして初めての告白だった。

 俺は頭を下げたまま、彼女の返事を待った。俺の想いは伝えた。あとは彼女がどう返事をするのか。俺は沈黙が終わるのを待った。


「顔を上げて、昌樹」


 彼女の声が聞こえ、俺は顔を上げた。梨音は優しい笑顔を浮かべていた。


「告白してくれてありがとう。私を好きって言ってくれてとても嬉しい」


 その後、梨音は迷った顔をしていた。何に迷っているのだろうか。やがて彼女の表情は変わった。何かを決心したような顔だった。


「私、昌樹のことは幼馴染だと思っている。家族でも友達でも、……恋人でもない特別な存在なんだ。一度は疎遠になっちゃったけど、そんな昌樹とまた一緒に遊べて楽しかった。今日の文化祭も子供の頃に戻ったみたいに楽しかった」


 俺は彼女の言葉を黙って聞いていた。自分の手が震えているのを感じる。


「それで思ったんだ。私にとって昌樹はやっぱり幼馴染なんだよ。それ以外の何者でもない大切な人」

「そうか」


 俺は素っ気ない返事をした。そうするだけで精一杯だった。

 梨音は言った。俺のことは幼馴染以外に考えられないと。それはつまり。


「私は昌樹のことを男の子として見ていない。そう思ったこともないよ。今までも、これからもきっと」


 俺は全身の力が抜けた。どこかで分かっていたことだ。梨音は俺のことを男だと意識していないと。

 今日も小田から付き合っているのかと言われた時も梨音はあっさりと否定していた。手を繋いでいる時も恥ずかしがることもなくただ楽しそうにしていた。梨音からそう見られていないのは明らかだった。

 梨音の顔を視線から外した。俺の恋は終わった。でも、想いを伝えることはできたのだ。後悔はない。これまで通り梨音とは幼馴染でいよう。そう思った。


()()()()()()()()()

「え?」


 俺は顔を上げた。梨音と目が合った。彼女はどこか緊張しているように見えた。


「私の話も聞いて。私から昌樹への気持ちを」


 梨音は優しく微笑んでいた。校庭から後夜祭を楽しんでいる生徒たちの声が聞こえた。

次回、最終話です。

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