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8話

 梨音を文化祭に誘った次の日、俺は川口を呼び出した。

 今は昼休みだ。教室で話すわけにはいかないので、適当な空き教室に彼を呼んだ。


「答えは出たか」

 

 空き教室に入り、俺の顔を見て川口はそう言った。恐らく俺が今までにないほど真剣な表情をしていることに気づいたのだろう。


「ああ、そうだ」

「よし。じゃあ、聞かせてもらおうか。楠木が出した答えを」


 彼は腕を組んで俺の言葉を待ってくれた。この友人の一言がきっかけで俺は自分の気持ちを理解できたのだ。だから、川口には言いたかった。

 

「俺は梨音と一緒にいると楽しい。心が弾むんだ」


 俺は話し出した。目の前の彼は黙って聞いている。


「それだけじゃない。梨音と一緒だと胸が高鳴るし、梨音が男子から言い寄られているのを聞くと俺は焦ってしまう」


 何故そんなことを感じるのか。今までの俺には分からなかった。


「梨音とはただの幼馴染だと思った。子供の時みたいに仲良くなればいいと思っていた。けど、俺が抱いていた気持ちはそれだけじゃなかった」


 でも、昨日の梨音の笑顔を見て分かった。自分の中のあやふやだった気持ちがはっきり形となって現れた。


「俺は梨音のことが好きだ。梨音と恋人になりたい。これが俺の気持ちだ」


 俺は言い切った。まさかこんなことを川口に言う時が来るなんて思わなかった。俺は緊張感から解放されたせいか深い息を吐いた。


「そうか、言っちまったな」


 彼は明るくそして、満足そうに笑いかけた。


「これからどうするつもりだ?」

「梨音に想いを伝えるよ」


 自分の気持ちを自覚した時、真っ先に考えたことだ。梨音は男子から人気だ。だから、このまま何もしないでいるよりも早く伝えた方がいい。


「いつ伝えるんだ?」

「文化祭の2日目の後夜祭だ」


 後夜祭は文化祭の終わりを締めくくるイベントだ。校庭でキャンプファイヤーを焚き、その周りに生徒たちが集まり様々な企画が繰り広げられる。

 梨音と一緒に回るのは2日目だからちょうどいい。


「後夜祭っていったら、明後日じゃないか。もう告白するのは早くないか? ラブコメ漫画でももう少しゆっくりとしているものだぞ」 


 ラブコメ漫画に詳しい川口は俺にそうアドバイスした。確かに俺は早計かもしれない。自分の気持ちを自覚してすぐに告白する。中々のスピード展開だ。


「それでも俺は梨音に伝えるよ。幼馴染のままでいるのも悪くないと思った。でも、このままの関係がずっと続くわけじゃないと思うんだ」


 いつか梨音が誰かと結ばれる時が来るかもしれない。もしくは、また彼女と疎遠になってしまうかもしれない。

 

「だから、俺は梨音に自分の気持ちを伝えたい。結果がどうなるか分からない。フラれるかもしれない。でも、俺はもう決めたんだ」

「そうか。そこまで覚悟しているのなら何も言うまい」


 川口は腕を解いた。そして、俺に拳を突きつけた。


「頑張れよ、楠木。お前ならきっと上手くいく」

「ありがとう、川口」


 正直、梨音が俺のことをどう思っているか分からない。ただの幼馴染だとしか思っていないかもしれない。

 しかし、それでも俺は彼女に想いを伝えようと思った。


「悪いな。同盟とやらを破ってしまって」


 いつかの時、彼から聞かされていた非モテ同盟のことを持ち出した。もっとも俺はそんな同盟を結んだ覚えがないのだが。


「気にするな。非モテ同盟はモテない俺たちが彼女を作るためにお互い頑張ろうと誓い合ったものなんだ。お前がこそこそせずに堂々と頑張るなら文句はねえよ」


 川口はへへっと鼻の下のあたりを指でこすった。俺は今更ながら同盟の内容を知った。

 それに、川口の中で俺はモテないカテゴリに属していることを知った。まあ、その通りだからいいけど。

 


 そして、ついに待ち望んでいた日がやってきた。文化祭当日だ。といっても、俺が待ち望んでいるのは2日目だ。今日はまだ1日目だ。

 けれど、今日に行ってみたいところがあった。


「おおっ、やっぱり並んでいるな」


 川口は行列を見てそう言った。俺と川口が来ているのはメイド喫茶と書かれた看板がある教室、つまり梨音のクラスの教室だ。

 梨音のクラスは人気らしく、教室の入り口の前で何人かの生徒が並んでいた。


「俺たちも並ぶぞ!」

「分かったって」


 テンションの高い川口に連れられて俺は行列の最後尾に並んだ。


「楠木も楽しみだろ?」

「まあな」


 俺はそっけなく言った。梨音にはああ言ったが、やはり彼女のメイド姿を一目見たい。きっと似合っているに違いない。


「あれ?」


 川口はどこかを見て首を傾げていた。


「どうした?」


 川口に釣られて、彼の視線の先を見た。そこには教室の出口から出ていく2人の男子がいた。

 彼らはメイド喫茶から出てきたとは思えないほど浮かない顔をしていた。まるで期待を裏切られた顔だ。

 

「なんか評判は良くないのか?」

「いや、たまたまじゃないのか」


 心配そうな顔をした川口を俺は宥めた。確かに男子たちの様子が気になるが、俺はそれ以上に梨音のメイド姿が気になっていた。


「あれ? 今度の奴らは満足そうだ」


 再び教室の出口に目を向けると、4人の男子たちが出てきていた。彼らは幸せそうな顔をしていた。 どう見ても最初に出てきた生徒たちと同じところに入ったとは思えなかった。


「あっ」


 ここで俺は突然あることを思い出した。数日前に幼馴染が教えてくれたことだ。


「そういえば、このメイド喫茶って男子も接客するかもしれない」

「は?」


 険しい目つきをした川口が俺の方を向いた。その目は充血していた。


「梨音が言っていたんだ。男子も女子もメイドになるって。もしかして最初の奴らは男子に当たったんじゃないのか」

「何だそれ、聞いてないぞ。俺は女子のメイド姿を拝めるから来たんだぞ」


 川口は暴れ出しそうになった。俺だってメイド姿の男子に接客して欲しくない。


「そもそもメイド喫茶ってメイドさんを選べるのか?」


 俺は隣にいるメイド喫茶の識者、つまり川口に尋ねた。彼は行きつけのメイド喫茶があるというほどその道のプロだ。

 俺の質問を聞いた川口は腕を組んでうーんと唸った。

 

「大体は最初についてくれたメイドさんがずっといる感じだ。つまり、もし、男子に当たったら……」


 川口はその後を想像したのか青ざめた。俺も野太い声で『いらっしゃいませ、ご主人様』と言われたくない。一部の人には需要があるかもしれないが、俺たちにはない。


「くっそー、天に祈るしかないのか。頼みます、神様。可愛いメイドさんに当たりますように」


 川口は両手を合わせ、天に向かって祈りを捧げた。甲子園に行けなくてもとか呟いているが、高校球児がそんなことを言ってもいいのだろうか。

 しかし、俺も心の中で梨音に接客してもらえますようにと神様にお願いした。最初は一目見るだけでいいと思っていたが、やはりメイド姿の梨音に接客されたい。

 別にメイドさんが好きなわけではない。俺が好きなのは梨音だ。

 俺たちは順番が来るまで神に向かって祈り続けた。

 そして、とうとう順番が回ってきた。何だか心臓がドキドキしている。高校受験の合格発表を見る時ぐらい緊張している。


「次でお待ちの方、どうぞ〜」


 俺と川口が呼ばれた。呼んだのは教室の入り口で受付をしている女子生徒だ。女子生徒は椅子に座り、机に名簿か何かを広げていた。


「2名様ですね、中に入るとメイドさんが案内してくれます。ごゆっくりどうぞ」


 そう言われ、受付の女子生徒は俺たちを送り出した。川口は火を起こすんじゃないかと思うぐらい両手を擦り合わせていた。

 俺と川口は教室へと足を踏み入れた。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 俺たちを出迎えてくれたのは見たことがないほど可愛い笑顔を浮かべたメイドさんだ。断じて男子ではなかった。

 彼女は腰まで伸ばした黒髪ロングで、大人びて整った容姿をしていた。その顔はどこかで見覚えがあった。


「あれ? 昌樹じゃん。来てくれたんだね」


 俺たちを出迎えてくれたのは梨音だった。彼女は露出的ではないクラシカル式のメイド服を着ていた。頭にはヘッドドレスを着け、紺色のドレスの上に白いエプロンを着ていた。ドレスはつま先まで届きそうなロングスカートだ。そんな清楚な雰囲気の服装が梨音にとても似合っていた。

 俺は心の中で神様にありったけの感謝を捧げた。今度、家の近くの神社にお礼参りをしよう。


「本当に来てくれてありがとうね」


 メイド姿の梨音に俺たちは席を案内された。席に腰掛けた後、彼女からお礼を言われた。


「まあ、折角だからな」

「ふふっ。そんなに私のメイド服が見たかった?」

「えっ、いや、まあ、そうだ」


 俺は焦ってしまい、自分でも訳が分からず口に出した。口に出した後、自分が梨音の言葉を肯定したことに気づいた。


「ふーん」


 梨音は一瞬だけ目を見開いた後、俺にニヤニヤと笑いかけた。しまった、これは後で揶揄われるやつだ。


「ところで何か頼む?」

「ああ、そうだな。川口、何か頼むか?」


 俺が目の前の席に座っている友達の方を見た。どうやら彼は衝撃を受けて固まっているみたいだった。一時停止のボタンを押されたみたいに動かなくなっていた。


「おい、川口? 大丈夫か?」

「平野さん」


 唐突に彼は口を開いた。問いかけた俺ではなく、梨音の方を見ていた。


「どうしたの?」

「俺と一緒に写真を撮って欲しい!」


 川口はテーブルに両手をつき、頭を下げた。いっそ男らしいと思えるほどに堂々とした態度だった。いや、言っている内容は全く男らしくないな。


「ごめん、そういうサービスはやってないから」


 梨音は冷静に坊主頭のお願いを断った。川口はこの世の終わりだという表情を浮かべていた。


「昌樹もごめんね。楽しみにしてたところ悪いけど決まりなんだ」


 梨音は俺の方を向き、両手を合わせて俺に向かって申し訳なさそうにした。


「別に撮って欲しいなんて思ってないし」


 本当は思っていた。川口ほどではないが、俺も梨音と写真を撮れなくて残念だと思っていた。


「その代わりメニューは色々あるよ。はい、これがメニューね」


 そう言って、彼女は持っていたメニューを開き、俺と川口に見せた。そこには様々な種類のドリンクやオムライス等の軽食が書かれていた。


「メイドさんに食べさせてもらうサービスはありますか?」


 諦めきれていない川口が再びアホな質問をした。


「ごめんね、そういうサービスもないよ」


 梨音はあっさりと否定した。やっていないのか。全然全く少しも気にしてないけど。


「けど、オムライスを頼んでくれたらケチャップで好きな文字を書くよ」

「それでお願いします! 楠木もいいよな?」

「もちろん」


 川口の問いについ条件反射で答えてしまった。梨音がますます面白そうな笑みを浮かべていた。


「では、オムライス2つの注文を承りました。少々お待ちください」


 先程の気安い態度から一変して、メイドらしい礼儀正しくお辞儀をした梨音は俺たちの席から離れていった。


「はぁー、まさか平野さんになるなんてな。生きていてよかったな!」

「それは言い過ぎじゃないか」


 川口の大げさな言い方に俺はツッコミを入れた。まあ、俺も梨音が接客してくれて嬉しいけど。


「しかし、本当に幼馴染なんだな」

「どういう意味だ?」


 友達の問いに俺は首を傾げた。


「お前、さっき平野さんとすげえ仲良さそうに話していたじゃないか。あんな平野さんは初めて見た」


 川口曰く学校での梨音はあんな揶揄うように笑うことはないそうだ。俺としては学校にいる時の梨音を知らないからそっちの方が違和感を覚える。


「そうなのか。俺といる時はいつもあんな感じだけどな」


 俺がそう言うと、川口の目が光った。


「それなんだよ。平野さんがああいう態度でいるのは幼馴染であるお前だけなんだ」

「そういうものか」

「そうだ!お前は本当に恵まれているな」


 川口からそう言われ、俺は梨音と幼馴染でいることがどれほど貴重なのか分かった気がする。



「で、何を書くの?」


 オムライス2つを運んできた梨音はケチャップが入った容器を構えて問いかけてきた。


「川口くん、大好きでお願いします!」

「えー、あんまり長いのは……。大好きだけでいい?」

「はい! 大丈夫です!」


 先程から梨音が川口を雑に扱っているような気がする。俺といるせいだろうか。いや、こいつがアホな質問をしたせいだな。

 梨音はケチャップの容器の蓋を外し、テーブルに置かれたオムライスに向けた。容器に軽く力を入れて文字を書くように容器を動かした。

 川口のオムライスに『ダイスキ』の文字とその隣にハートマークが書かれた。


「はい、できた。サービスでハートマークをつけといたよ」

「ありがとうございます!」


 川口はスマホを取り出し、様々な角度から撮った。まるでオムライスが高価な美術品であるかのような撮り方だ。

 写真を夢中で撮っている川口から視線を外し、梨音はこちらを向いた。


「昌樹はどうする? というか、漢字で『一』って書いてもいい?」

「おい、それは雑すぎるだろう。ちょっと待ってくれ」


 俺は必死に頭を働かせた。好きな子が自分のオムライスに何かを書いてくれるのだ。こんな機会は中々ない。しかし、中々いい考えが浮かばなかった。


「……ハートマークを大きく書いて欲しい」


 ようやく俺の口から出たのはそれだった。自分でも何を言っているのか分からなかった。

俺の言葉を聞いて梨音はふふっと小さく笑った。


「何? そんなの書いて欲しいの?」

「メイド喫茶といえばハートだろ」

「そうなの?」

「そうだ。友達から聞いた」


 もちろんそんなことを川口から聞いた覚えがない。俺の考えた嘘だ。


「まあ、やってあげるよ。幼馴染だからね」


 梨音の言葉を聞いて心が弾んだ。彼女の中で俺は幼馴染という特別な枠に入っているのを感じたからだ。と同時に心の中で引っかかりを覚えた。


「ほら、できたよ」

「ああ、ありがとう。って」


 俺が目の前のオムライスに目を向けるとリクエストしたものと少し違っていた。

 確かにオムライスの中央には注文通り大きなハートマークが書かれているが、問題はその周りだ。

 オムライスの左部分に『マサキへ』とあり、反対の右側には『リノより』と書かれていた。

 俺が穴が空くほどオムライスを見つめていると、梨音が俺の肩に手を置いて顔を近づけた。


「いつもありがとう。これはお礼だよ」


 梨音は川口に聞こえないようにそっと耳打ちした。彼女の声が耳元で聞こえた。体温が上がるのを感じる。


「梨音……」

「みんなには内緒ね」


 俺が梨音の顔を見ると、彼女は明るく笑った。その笑顔を見た時、俺は心底彼女に惚れた。いや、元々心底惚れている。


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