3話
俺たちが座っているテーブルに置かれたのは豪華なパフェだった。高さは座っている俺の目線と同じくらいだ。
頂上には丸められたアイスクリームの塊がどんと置かれ、その下はイチゴやシャインマスカット、メロン、オレンジなどのカットされたフルーツが飾られていた。
真ん中部分は生クリームとスポンジケーキがこれでもかと詰め込まれ、下層にはコーンフレークがかわいそうなほど押し込まれていた。
「……いただきます」
「いただきます」
巨大なパフェに圧倒されている俺と違い、梨音は嬉しそうに手を合わせていた。今、俺たちがいるのはとある喫茶店だった。
昨日のゲームによって俺は梨音のお願いを聞くことになった。彼女のお願いというのがここの喫茶店のパフェを一緒に食べることだった。
今日の放課後、LINEで連絡を取って、学校の昇降口で待ち合わせた俺たちはそのまま今いる喫茶店へ向かった。そして、梨音がお目当てのパフェを注文し、そのパフェがテーブルまで届いたところだった。
「いやー、これは一回食べてみたかったんだよね。付き合ってくれてありがとう」
梨音はパフェからメロンを器用にパフェから外して口に入れた。俺も慎重にイチゴや生クリームを取り分け用のお皿に載せた。
「俺じゃなくて友達と行かなくてもよかったのか?」
周囲のテーブルに目を向けると、友達同士と思わしき女子の集まりが複数あった。だから、梨音も同じように友達と来ればいいのにと思っていた。
「友達が皆ダイエット中なんだよね。これは結構量があるから誘いづらくてさ」
梨音はスプーンで目の前のパフェを指さしていた。確かにかなりの量がある。このパフェを皆でシェアするとはいえ、中々のカロリーを摂取してしまうだろう。
むしろ俺と2人だけで食べるつもりの梨音は大丈夫だろうかと心配になる。
「何考えているの?」
梨音は怪しむような目つきで俺を見ていた。ここで太るぞと正直に言ってしまえば面倒くさいことになるだろう。
「いや、本当に梨音は甘いものが好きだよなって思ってさ」
誤魔化すようにそう言った。梨音は子供の頃から甘いものに目がなく、おやつをよく食べていた。
夜ご飯の前に一緒にチョコのお菓子をたくさん食べてしまい親から怒られたことがある。
「よく覚えているね」
「忘れるわけないだろ。俺が楽しみに取っておいたアイスをいつの間にか食べたのはどこの誰だろうな?」
「へー、そんなひどいことするなんて誰だろうね―」
俺の追及に梨音は明後日の方向を向いていた。その棒読みの口調で明らかだ。犯人はお前だろ。
「こんなに食べて夜ご飯は大丈夫なのか?」
「大丈夫。デザートは別腹だよ」
梨音は明るくそう言った。それは普通ご飯を食べてから言う言葉じゃないかと思ったが、何も言わないでおいた。
「そんなことよりも早く食べなよ。私が全部食べちゃうよ」
「おい、洒落にならない冗談はやめろ」
彼女からそう言われ、俺も再びパフェへスプーンを伸ばした。俺と話している間に、梨音は着々と食べ進めていたようで、パフェの高さはどんどん縮んでいた。
ちなみに俺も梨音ほどではないが甘いものは好きだ。男1人でこういうスイーツを食べに行くのは行きづらいため、こうして梨音と一緒にパフェを食べに行くのは楽しい。
「それにしても本当に割り勘でいいのか?」
今度は食べながら梨音に問いかけた。最初にこのお願いを聞いた時、パフェの代金も全て俺が出すものだと思っていた。昨日、ネットでパフェの値段を調べて俺は戦々恐々していた。
しかし、今日、席について注文を済ませると、梨音は割り勘にしようねと言った。その対応に俺は拍子抜けした。
「え? 払いたいなら払ってもいいけど」
「払いたいわけじゃないぞ。でも、こういうのって男が出すものだと思っていたからさ」
友達から聞くところによると、こういう場面では男がお金を出すのが甲斐性というものらしい。女子と付き合ったことがないから知らないが。
「へえー、昌樹もそういうこと気にするんだね。いやー、幼馴染としては嬉しいよ」
「バカにするなよ。俺もそういうことぐらい知っているんだからな」
「じゃあ昌樹はこれをデートだと思っているんだね」
幼馴染の言葉に俺は固まった。デート。デートとは付き合っている男女、あるいは付き合う前の段階の男女が出かけることだ。
それを俺と梨音が今している。そう意識した途端、俺の心がざわついた。
「えっ、あっ、デートなのか?」
「動揺しすぎだよ。でも、確かにデートなら昌樹に払って欲しいかな」
梨音はパフェからフルーツを取りながらそう言った。期待しているような目で俺を見ていた。
「そうか、そうなのか……」
俺はというと未だ衝撃から立ち直れずにいた。この状況は梨音と、幼馴染とデートしていると今さらながら気付いた。まさか梨音からそう言われると思わなかった。
そんなことを考えていると、梨音は突如プッと吹き出した。
「ごめん、ごめん。反応が面白くて」
「何だよ?」
突然笑う梨音を不思議に思い、俺は聞いた。
「そんな真剣に考えないでよ。今日は幼馴染とただパフェを食べるだけだから」
梨音の言葉に俺は少し体が軽くなった。そうだ、俺と梨音は幼馴染だ。別に付き合っているわけでも、お互いそういう気持ちを持っているわけでもない。俺は自分にそう言い聞かせた。
「まあ、お金を出してくれる気持ちは嬉しいけどさ、そういうのは昌樹が本当に好きな子にしてあげなよ」
そう言って、彼女は笑った。今までと違い、温かく見守るような雰囲気のある笑顔だった。俺はその笑顔を見てようやく落ち着いた。
これはデートじゃない。梨音がそう言ってくれて、俺の心は静かになった。しかし、その静けさが妙に気になった。