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1話

 空にはどんよりとした曇り空が広がっていた。

 月曜日の放課後、俺、楠木昌樹(くすのき まさき)は学校から家へ帰っていた。また明日から4日間も学校があることを考えると少し憂鬱だ。

 長かった高校1年生の夏休みが終わり、2学期が始まって、1か月近くが経った。朝起きて、学校に行き、夕方になると家へと帰る。そんな日常が始まってしまった。

 きっと明日も今日と変わり映えのない1日が過ぎるのだろう。そう思っていた。


 家に着いて、玄関のドアに手をかけると、視界の隅に何かが掠めた。俺は左に目を向けた。

 俺の家の左隣には同じくらいの大きさの一軒家がある。その家の玄関の前で1人の女子が所在なさげに座り込んでいた。

 彼女の名前は平野梨音(ひらの りの)。艶やかな黒髪を腰のあたりまで伸ばし、大人びた雰囲気を纏った女子だ。

 彼女のことが何故か俺は気になり、目が離せなかった。すると、彼女は俺の視線に気付いたのか顔を上げた。その瞬間、俺と目が合った。


「何?」

「いや、何してるのかなって」


 梨音から鋭い視線を浴びて、俺はビビりながらも聞いてみた。彼女は大人びて整った容姿をしていて、美人は睨むと怖いとは本当のことだと実感した。

 梨音は立ち上がり、俺の方へと歩き出した。


「鍵を失くした」

「え?」

「家の鍵を失くしたの!」


 彼女はそう声を上げた。俺の家と彼女の家には塀があるため、彼女は塀の上から頭を出していた。


「おばさんには連絡したのか?」

「したけど、仕事で遅くなるって。ああ、本当に最悪」


 梨音は頭を抱えていた。誰だって家に入れないのは嫌だろう。それに、せっかく家まで帰ってきたのにまたどこかへ出かけるというのも大変だ。


「暇なら俺の家に来るか?」

「え? いいの?」


 梨音は目を丸くした。俺もふと思いつきで言っただけで断られると思っていた。だから、彼女の反応に戸惑った。


「え? 本当に来るのか?」

「提案したのはそっちじゃん。いいよ、行く。行きたい」


 先程の不機嫌な顔から一変して彼女の顔は明るくなった。


「分かった。じゃあこっちに来てくれ」

「うん」


 彼女は家の敷地から道路に出て、俺の家の敷地に入ってきた。そして、俺の後ろに立った。俺と梨音の背は同じくらいだった。

 俺が男子にしては背が低いのか梨音が女子にしては背が高いのか分からない。この世には気づかない方がいい事実がある。


「早く開けてよ」

「今開けるって」


 彼女から急かされながら俺は玄関のドアを開けた。先に俺が家に入り、続いて彼女が入った。


「お邪魔します。うわー、すごい久しぶり。なんか色々変わったね」


 感慨深そうに我が家の感想を述べる梨音の声を聞きながら俺は妙なことになったと思っていた。まさか疎遠になった幼馴染を家に招くとは。


 俺と梨音は同い年の幼馴染である。家が隣同士のため家族ぐるみで付き合いがあり、俺もいつ梨音と知り合ったのか分からないし、覚えてもいない。それほどまでに幼馴染なのだ。

 そのため、子供の頃は四六時中一緒にいた。小学校まで必ず一緒に登下校していた。お互いの家に泊まったこともある。

 そんな俺たちだったが、中学校に入ると自然と一緒にいることは無くなった。別に何か喧嘩をして仲が悪くなったと言う訳ではない。

 思春期に入り、お互い何かしらの変化により、俺と梨音は話をすることすらなくなっていった。

 高校は偶然同じだった。かと言って今日まで会話をしたことがない。だから、当たり前のように俺と話をする梨音に驚いているし、思いつきで彼女を家に上げた俺自身のことも不思議に思っていた。


 部屋に行きたいという梨音の提案により、2階に上がり、俺の部屋に入った。

 梨音は部屋に入るなり、散らかっているねと苦笑した。まさか幼馴染を部屋に入れるなんて今朝の俺は思わなかったから仕方がない。


「適当に座っててくれ」

「うん、分かった」


 返事をするなり梨音はベッドへとダイブした。そのままうつ伏せでベッドの上に寝転がった。もちろん俺が普段使っているベッドだ。


「いや、自由か」

「別にいいじゃん。ずっと座ったままで疲れたんだもん」


 梨音は両腕を伸ばし、ぐっと背伸びをした。スカートから伸びる健康的な足が目に入ってしまった。俺はいけないものを見た気になって、目を逸らした。


「あ、漫画あるじゃん。読んでもいい?」

「ああ、いいぞ」


 彼女は一旦ベッドから立ち上がり、本棚から何冊か漫画を取り出した。漫画は有名な週間少年誌に連載されているものだ。

 梨音は再びベッドに戻り、またうつ伏せで寝転がった。そして、漫画を読み始めた。

 部屋の中に沈黙が漂った。別に話がしたくて部屋に入れた訳じゃないからいいんだけど。

 俺は着替えを持って一旦部屋を出て、廊下で制服から部屋着に着替えた。流石に女子の前で着替える勇気はなかった。

 部屋に戻ると、梨音は漫画に集中していた。部屋に入ってきた時の様子が嘘みたいに静かだ。

 彼女は昔から何かに集中しているとものすごく静かになる。好きなアニメをテレビの前でじっと見ている時もあったし、勉強をしている時もそうだ。いくら俺が遊びに誘っても中々反応しなかった。

 俺はベッドのそばに腰掛けて、スマホをいじり始めた。お気に入りのソシャゲを立ち上げ、日課の無料ガチャを回す。


「ねえ」


 ふと声が聞こえた。スマホから顔を上げると、梨音の顔が目の前にあった。


「うおっ!」

「いや、そんなに驚く?」


 声を上げた俺に彼女は腰に手を当てて、呆れた表情を浮かべていた。


「まさかそんなに近くにいるとは思わないだろ」

「何回も呼んだんだけど。本当、昌樹って集中すると周りが見えなくなるよね」


 それはお前のことだろと思ったが、口には出さなかった。口喧嘩で梨音に勝てるわけがない。


「それより何だ?」

「これ、読み終わったんだけど、続きってある?」


 彼女が俺に差し出したのは先程まで読んでいた漫画だった。どうやら俺がソシャゲをやっている間に読み終わってしまったらしい。


「ないよ。それで全部だ。続きは来月出るみたいだぞ」

「ふーん、じゃあ続き買ったら教えてね。読みに来るから」


 俺は梨音の言葉に引っかかりを覚えた。いや、漫画ぐらい自分で買えとは思ったが、それ以外のことでだ。


「また来るのか?」


 彼女の口ぶりはまた俺の家に来るような言い方だった。

 俺の問いかけに今度は梨音が目を丸くした。まるでそんなことを言われると思っていなかった顔だ。


「来ちゃダメ?」


 彼女は上目遣いでこちらを見ていた。その顔を見ると思わずいいよと言ってしまいそうだ。そういえば、梨音は学校の男子から人気があることを思い出した。


「まあ、ダメじゃないけど」

「分かった。楽しみにしてるね」


 梨音は嬉しそうに笑った。その笑顔は勢いで好きですと叫んでしまうほど魅力的だった。

 その後、おばさんから連絡を受け取った梨音は自分の家へ帰ることにした。俺は玄関まで彼女を見送った。帰り際、彼女は俺の方を振り向いてこう言った。


「またね」


 子供の頃に何度も聞いたフレーズだ。あの頃の俺は彼女のその言葉を聞いて1日の終わりを実感し、また次の日に梨音と遊べることを楽しみにしていた。

 あの頃は明日が来ることをとても楽しみにしていた。明日は何をして梨音と遊ぼうか。そんなことを考えながらベッドで横になっていた。


「ふう」


 幼馴染が去った部屋に戻ると、いつもより静かに感じた。別に話が盛り上がった訳ではない。

 あの後も梨音は本棚から漫画を読んでいた。それほど話をしていない。

 しかし、何が変わるような予感がしていた。窓の外を見ると曇り空の隙間から少し青空が見えたような気がした。

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