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そのときでした


突然、ぶくぶくと、小屋の中から

異様な音が聞こえてきました


「え?なんでしょう?」


私がそう尋ねる前に、ネムスさんは

小屋の中へとすっ飛んで行きました


私たちも、慌ててネムスさんを追いかけます


小屋の中は、周囲をしっかりと布で覆って

光を遮ってありました


小屋の中の薄暗さに次第に目が慣れてくると

大きな壺の前で立ち尽くすネムスさんの姿が見えました


「…ネムスさん…」


「…これは…

 いったい、どういうことだ…」


ネムスさんは、壺の中を見て呆然としていました

つられて壺の中を覗き込んだ私たちは、それを見て

ぎょっとしました


壺の中には、どろりとした液体が入っていました

かき混ぜるためなのか、舟の櫂のような大きな棒が

そこに突き立ててあります


ネムスさんはいきなりその櫂を掴むと

ぐりぐりと壺の中身をかき混ぜ始めました


壺の中身は、ぱっと見て分かるくらいに

どろどろになっていました

櫂を回すネムスさんの腕には、力が入っているように

見えました


「…さっきまで、ちゃんと、清んでいたのに…」


フィオーリさんは慌ててネムスさんの隣に行くと

一緒に櫂を持ってかき混ぜ始めます

けれど、二人がかりでも、櫂は動かしにくそうでした


「…その薬は、やめたほうがいい…」


さっきまでずっと黙っていたヒノデさんが

ぽつりと言いました


「瘴気が、入ってしまってる

 それを飲んだら、病気が治るどころか

 大変なことになるよ」


ネムスさんは、信じられないという目をして

ヒノデさんを見つめました


「君、なんかしたの?」


「…いいや、何もしてない

 けど、その薬は、ダメだよ」


ヒノデさんは淡々と首を振りました


「何か、嫌な感じがして…

 ずっと、瘴気を探ってたんだけど…

 こんなところにあったか…」


ヒノデさんは壺の傍に落ちていた小さな紙を

拾い上げました


「これ、なんの紙?」


「え?

 それは、お菓子を包んであった…」


「君、それを、ここで食べた?」


ヒノデさんの質問に、ネムスさんは恐る恐る頷きました


「まさか、けど、それが、何か、いけなかったの?」


「この紙からも、かすかに瘴気を感じるんだよね…」


「もしかして、そのお菓子って、最近、ノワゼットさんから

 もらった、とか?」


フィオーリさんの質問に、ネムスさんはまた頷きました

がぁ、と唸ると、フィオーリさんは

その場にしゃがみ込みました


けれど、最後の砦に縋るように

ヒノデさんの方を見ました


「…そんな、そんな瘴気、とか、影響、するんっすかね?」


「まさか!僕は余計なものなんか、入れないように

 ちゃんと、気をつけて…」


ネムスさんは嫌々をするように首を振ります


「それでも、ここで、紙を開けて、食べたんだよね?

 ほんの僅かな欠片でも、たとえ、粉クズくらいだとしても

 風に吹かれて、紛れ込んだとしたら…」


ヒノデさんは後は辛そうに口を閉じました


「…まさか、そんな…

 僕は、薬作りに、失敗したの?」


ネムスさんは、ずるずるとその場に崩れ落ちました


薬作りに失敗した

その言葉は、さっきのお話しの中にも出てきていました


「…そんな、じゃあ、僕は、父様みたいに…」


「いいえ!

 そんなことはありませんよ!」


強くそう断言したのは、フィオーリさんでした


「このベアは、おいらが倒したやつです

 ネムスさんは、殺戒にはひっかかりません!」


「…けど、じゃあ、君が代わりに、殺戒に…」


「大丈夫

 ホビットは自分と仲間を守るためなら

 戦っても殺戒にはひっかかりません!

 こいつは、いきなり道で襲い掛かってきたんっすから

 おいらは問題ありません」


「ちょっと、待って

 このベアだけどさ…」


ヒノデさんは、さっき避けたベアの毛皮を取り上げると

くんくんと臭いを嗅ぎました


「こいつからも、瘴気を感じる

 いや、そっちの紙より、こっちのほうが、よっぽど強いよ

 これは、同じ、疫病の臭いだ…」


「まさか、ベアも、あの疫病にかかっていた?」


フィオーリさんが呆然と尋ねました

ヒノデさんは、それに重々しく頷きました

そっか、とフィオーリさんは何かに気づいたようでした


「あのとき、えらくしつこく攻撃をしてくると

 思っていたんです

 クロウベアは、あんなに好戦的な性格じゃありません

 元々、好物は、川の魚や蟹なんかだし

 食べもしない人間が、自分に危害も加えなかったら

 さっさと逃げていくもんなんっすよ

 それなのに、あのとき、ベアは、執拗に

 何度も何度も、シールドを攻撃し続けました

 あれって、疫病にかかってたから、なんっすね?」


なんということなのでしょう

このベアは、そもそも、疫病にかかっていたのです


「だから、この失敗は君のせいじゃない」


ヒノデさんはネムスさんに断言しました

ネムスさんは、そのヒノデさんを、ぼんやりと

見上げました


ゆらり、ジ、ジ、ジ…


そのネムスさんの姿が、突然揺れたかと思うと

何か、違う生き物の影が、重なったように見えました


はっとして、目をこすりました

見間違いかと思いました

小屋の中は嫌になるくらい薄暗くて

ものがはっきり見えません


「すいません、ネムスさん、すいません

 おいらが、病気のベアなんか、あげたばっかりに」


フィオーリさんはそう言って、ネムスさんに

しがみつきました

それは、まるでネムスさんを、ここへ引き留めようと

しているかのようでした


「ネムスさん!

 違う!」


フィオーリさんの絶叫が響きました

ちっ、とヒノデさんが小さく舌打ちをしたのが

聞こえました


その途端、そこに、大きな魔法陣が出現しました

こんなにいきなり、こんなに大きな魔法陣を

出現させる魔法使いを見たことはありませんでした


「…時間は稼いであげる

 君の中の水の流れを遅くする

 だから、その間に、君を救う……」


探して、とだけ、最後に聞こえた気がしました


そして、ヒノデさんの姿は、もう、どこにも

見えなくなっていました


フィオーリさんは、小屋の壁になっていた布を

力いっぱい引っこ抜いて、ばさり、とネムスさんに

被せました


「…聖女様

 ネムスさんを、連れて帰りましょう」


フィオーリさんはネムスさんを抱えるようにして

よろよろと立ち上がりました








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