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ネムスさんは、ちょっと、待っててね、と言い残すと

小屋に入って、何やら作業をしていらっしゃいました


「固まってしまわないように

 こうやって、ときどき

 かき混ぜないといけないんだ

 だから、薬作りを始めると

 途中で家にも帰れないんだよ」


戻ってきたネムスさんは、ちょっと苦笑して

そう説明してくださいました


「本当は、もう少し放っておいても

 大丈夫なのかもしれないんだけどさ

 誰かに直接習ったわけじゃないから

 その辺の見極めが難しくて」


ネムスさんは困ったように首を傾げて続けます


「夜中も昼間も構わずに続けないとだから

 おかげで、もうずっと、まともに寝てなくて

 だけど、折角のベアの命を無駄にするわけには

 いかないし

 だいたい、もし失敗したら、殺戒に触れてしまう

 わけだし」


「大変なお仕事なのですね?」


「そうなんだ

 これで命を落とす狩人も多いんだよ

 母様もこれで亡くなったようなものだし」


えっ?

そうだった、のですか?


それは、以前、シルワさんから伺ったお話しとは

少し違っているように思います

けれど、それをネムスさんに確かめることは

できません

シルワさんから伺ったお話しでは

お母様は、ネムスさんと引き換えに

亡くなった、ということでしたから


気まずく黙っていると、ネムスさんのほうから

話してくださいました


「母様は、身重のからだにも関わらず

 薬を作っていたんだ

 たまたま、大きなベアが手に入ってしまってさ

 殺戒を犯すわけにはいかなかったから

 だけど、無理をした母様は、産み月でもなかったのに

 産気づいてしまって

 それで、僕が生まれたんだけど

 ぎりぎりまで薬を作ろうとしていた母様には

 大きな負担がかかったんだ」


そんなご事情だったのですか

それは、お気の毒としか言いようがないです


「僕の母様はね、狩人だったんだ

 狩人ってのは、必要な仕事なのに

 エルフの森じゃ、なんか、忌み嫌われててさ

 だけど、父様は、そこんとこよく分かってて

 父様の方から、母様には求婚したんだって

 ふふ、父様、やるよね?」


それにしても、ネムスさんは、どうしてそのようなことを

ご存知なのでしょう

シルワさんのお話しでは、お父様もまた

お母様のあとを追うように、すぐに亡くなった、とか


同じことをフィオーリさんも疑問に思ったようでした

そして、フィオーリさんはあっさりとそれを

ネムスさんに尋ねてしまいました


「そんな話し、ネムスさんは、誰から聞いたんっすか?」


ネムスさんは、ちょっと得意そうになって

それはね?ともったいぶってみせました


「ふふ、僕、父様の日記を見つけたんだ

 それって、兄様も知らないものだよ

 上手に隠してあったからね

 兄様は、いっつも、番人のおつとめが忙しかったし

 家にいるときも、のんびりしてる暇なんか

 なかったから

 だけど、僕は、家にひとりで留守番してることも

 多かったし

 ひとりであっちこっち、家の中を探検していて

 見つけたんだ」


ネムスさんは得意気に打ち明けてから

少し、淋しそうな顔に変わりました


「兄様は、父様や母様と一緒に暮らしたこともあるけど

 僕には、そんな時間はなかったから

 だけど、僕は兄様の知らない秘密を知ってるんだ、って

 そう思ったら、なんか、それも嬉しくなって

 だから、ずっと、兄様には、内緒にしてた」


ごめんなさい、とネムスさんは誰にともなく

謝りました

私は、ちゃんと覚えていて、シルワさんに

お伝えしなければ、と思いました


「父様は母様が恋し過ぎて

 母様のあとを追ったんだ、とか

 みんなには言われてるけど

 兄様も、みんなにそう言われるもんだから

 すっかり、それを信じちゃってるんだけど

 実際には違うんだ

 父様は、母様の残した薬作りを引き継ごうとして

 失敗した

 それで、オークになってしまったんだ

 ベアの命を無駄にしてしまったから

 エルフの殺戒に触れたんだよ」


ええっ?

それはまた、初耳です

シルワさんのお父様が、オークに?


「だけどさ、聖なる泉の番人がオークになった、なんて

 前代未聞の不祥事だった

 だからみんな、ひた隠しにした

 父様は、同族の手で捉えられて、籠に入れられて

 吊るされた

 そのまま、自分から光を浴びるまで、放置された」


エルフはオークになった同族をどうするかは

シルワさんから聞いたことがありました

けれど、シルワさんのお父様までそうされていたとは


「あの

 シルワさんは、そのお話しは?」


「知らない、んじゃないかな

 流石に、兄様もまだ子どもだったし

 同族たちも、兄様にそれを知らせるほどには

 冷酷じゃないからさ

 僕も、ずっと知らなかったんだけど」


「え?でも、ネムスさん

 流石にそんなお話しは、日記には書いてなかったでしょ?

 オークになったら、日記なんて書けないっすよね?」


思わず尋ねたフィオーリさんに

ネムスさんはすぐには答えませんでした


そんなネムスさんに、私は、何も言えませんでした


けれど、しばらくしてから、ネムスさんは

再び、口を開きました


「僕はさ、兄様ほどよくできた子どもじゃなかった

 だから、森じゃ、陰口もよくきかれてた

 あれって、聞こえないように言ってるつもりかもだけど

 案外、本人にもよく聞こえてるんだよね

 でさ、僕の母様は狩人だったんだ、って

 それから、父様はオークになった、って

 いつの間にか、知ってしまってた」


…それは、また…

こんなに素直で、明るくて、お優しいお人柄なのに

いったい誰が陰口など、きくのでしょうか

もしも、直接目にしたら、きっと、一言

申し上げなければ、と思います


ただ、今となってはもう、陰口をきいた人のことを

探すことすら、ネムスさんもシルワさんも

望まないようにも思います


だから、私も、その人をあえて探すことは

いたしますまいと思います


ただ、そんな陰口よりも、実際に

自分の目で見て、耳で聞いた、ネムスさんのお人柄を

よく分かっておりますから、もうそれで十分です


「薬の作り方も、父様の日記に書いてあったんだ

 それを読んで、真似してやってみたら

 なんとなく、うまくいってさ

 みんな、あんなに陰口をきいたくせに

 薬をもらうときだけは、有難う有難うって言うんだ

 そうして、兄様を、あのネムスをよく立派に育てた、って

 褒めるんだよ

 そうしたら、兄様は、ちょっと嬉しそうにしてさ

 だから、僕、兄様のためなら、薬を作ってやるかな、って

 思って

 なんだかんだ、兄様に迷惑をかけたのは

 間違いないからね」


へへ、とちょっと照れたように笑うネムスさんは

やっぱり、シルワさんのことが大好きなのだなと

思いました


「だけどさ

 僕も、父様の二の舞は嫌だし

 だから、薬を作ってる間は、気を抜けないんだ」


そんな無理をしても

そんな危険をおかしても

ネムスさんは、シルワさんのために

それから、森のみなさんのために

薬を作っておられたのです


「そのお薬作り、私にも何か

 お手伝い、できないでしょうか」


思わず、そう申し出ておりました





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