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シルワさんの潔斎の期間、夜の間に私たちは働いて

昼間は休ませていただいておりました

休む場所には、シルワさんの小屋をお借りしました


もしも、この時代のシルワさんにお会いできるならば

と、ちょっと、期待もいたしましたけれど

やっぱり、会えませんでした

確か、この期間、シルワさんは、一度も家に戻らず

森のエルフたちを治療して回ったのだ、と

以前、お話しに伺っておりました


ならば、ネムスさんはいらっしゃるのでは?

とちょっと、思ったのですけれど

実は、ネムスさんも、お家にはおられませんでした


疫病の収束後、久しぶりにお家に戻ったシルワさんは

オークになりかけているネムスさんを発見することに

なっています


だから、もしかしたら、今、お家に行けば

オークになりかける前のネムスさんと

お会いできるかもしれないと思ったのです


けれど、ネムスさんは、どこへ行かれたのか

一度もお家には戻ってこられませんでした


いったん狩りに行ってしまえば、何日も家に帰らない

こともあった

と、シルワさんは以前、おっしゃっていました


もしかしたら、今、ネムスさんは、どこかで狩りを

していらっしゃるのでしょうか?


オークになりかけながら?


流石にそれは難しいのでは?


いろいろと、想像はいたしますが

そのどれも、何か違うような気もいたします


何より、正解はご本人にお会いして伺うしか

ないのでしょう


そんなふうに日々を過ごしておりましたが

ふと、ある日、泉に祈るシルワさんを、遠目に見ていて

思い出しました


「そういえば、あの鏡、どうなったでしょう?」


道に迷った私は、泉の精霊と話そうと鏡を取り出したら

そこにヒノデさんが現れて、鏡を使って泉に連れて行って

くださったのです


そのとき、地面に置きっぱなしにした鏡は

もしかしたら、まだ、そのままそこにあるかも

しれません


あれは、確か、ノワゼットさんの隠れ家の近くでした


お借りしたものを粗末にしてはいけません

今からでも、それを取りに行こうと思いました


しかし、ひとりで出歩いては、また前の二の舞です


ある朝、日の出村に水を配り歩いて帰ってきたとき

私は、フィオーリさんとヒノデさんのおふたりに

このことを相談してみました


「ノワゼットさんの隠れ家?

 あ、いいっすよ、おいら、道、分かりますから

 連れて行ってあげます」


フィオーリさんはあっさりおっしゃいました

フィオーリさんは、森の地理も、私よりはよく

お分かりになっておられるようです

近くであれば、エルフさんとご一緒でなくても

すいすいと行ってこられるのです


「鏡に直接、転移すれば、早いんじゃないの?」


ヒノデさんはそうおっしゃいましたけれど

それは、少し考えて、遠慮いたしました


今のところ、日の出村の井戸への通路では

時間を超える事態にはなっておりませんけれど

鏡への転移は、もしかしたら、また時間を超えて

しまうこともあり得ると思ったのです


この大事なときに、転移してみたら、百年後だった

というのは、避けたいです


そう申し上げたら、ヒノデさんは、う~ん、と

唸りました


「その、時間を超える、っての?

 それって、いったい、どんな力が働いてるんだろうね」


「ヒノデさんのお力なのでは?」


「違う

 そんなことは、まったくしていない」


泉の精霊も、それは自分の能力ではないと

おっしゃいました


確か、時間を超えられるほどのお力は

大精霊様くらいにしか、あり得ない、と

伺ったような気もいたします


もしかしたら、私が時間を超えたのは

大精霊様の思し召し、なのでしょうか


だとしたら、大精霊様は、いったい何を、私に

ご期待なのでしょう


…申し訳ないことに、やっぱり分かりません


時間を遡り、辛い現実を変えようとしても

それは、いっこうに変えることはかないませんし

むしろ、辛さをいっそう身近に実感するために

わざわざ自ら体験しているようにも、思えます


ともあれ

お話しが逸れてしまいました


とりあえず、私たちは、歩いて鏡を取りに行くことに

いたしました


隠れ家は泉のすぐ裏手でしたから

歩いても、そう遠くもなかったのです


隠れ家にむかう道の途中に

きらり、と光る光を見つけて、近づいてみると

鏡は、あのときのまま、開いて落ちていました


まずは、借り物を無事に見つけられてよかった、と

思いました


案外あっさり見つかってしまったからか

ヒノデさんとフィオーリさんは

少々、物足りないようにおっしゃいました


「そうだ、ちょっと隠れ家でも、見に行って

 みませんか?」


フィオーリさんは、何気なくそんなことを

おっしゃいました


毎日、夜中に水を運び往復するばかりで

お日様を浴びることもほとんどありません

少し、ひなたを歩きたいとおっしゃいました


もっともだと思いましたし、隠れ家はもう

すぐそこです

少し、お散歩してもいいかな、と思いました


けれど、隠れ家のすぐ近くまで来たとき

フィオーリさんは、突然、私たちに

立ち止まるように、合図をしました


「しっ、中に、誰か、います!」


隠れ家は周囲を布で覆ってありました

それが、はらり、と風にめくれます

その、ほんの一瞬の隙間に、確かに

人の影のようなものが見えた気がしました


「…なんか、嫌な臭いもする」


風の匂いを嗅いだヒノデさんは

顔をしかめて言いました

それに、フィオーリさんも頷きました


「聖女様は、ここにいてください

 おいら、ちょっと、見てきます」


フィオーリさんはそう言うと、足音を忍ばせて

ゆっくりと隠れ家に近づいて行きました

ヒノデさんも、そのフィオーリさんにくっついて

一緒に近づいていきます


と、そのとき

がばり、と隠れ家の戸口の布が捲り上げられて

そこに、大きな姿が現れました


それは、立ち上がり、威嚇の姿勢を取って

今にも襲い掛かってこようとしている、クロウベアでした


「ひ、ひぇ~」


フィオーリさんはいったん尻もちをついてから

急いで逃げ出しました


けれども、ヒノデさんのほうは、物珍しそうに

クロウベアに近づいていってしまいました


「えっ?ちょっ、ヒノデさん?」


慌ててヒノデさんを連れ戻そうと

フィオーリさんは戻りかけました


すると、突然、クロウベアは、言葉を話し始めました


「やあ、君たち

 驚かして悪かったね」


そう言って、クロウベアは愛想よく?

右手を上げて振りました


ひぃえ~、とフィオーリさんは頭を抱えましたが

はっとしたように振り返りました


「って、その声は…、ネムスさん?」


「やあ!」


クロウベアの毛皮の後ろからにっこり笑いかけたのは

なんと、ネムスさんでした




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