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村長さんのお家に帰ると、お昼寝から起きてきたご夫婦が

何か、騒ぎがあったのかい?とお尋ねになりました


「ええ、井戸の祭壇で祈りを捧げていたら

 村の方たちに、毒を投げ込んだのではないかと

 疑われて…」


シルワさんは正直におっしゃいました

おじいさんもおばあさんも、なんとまあ、と

同時に目を丸くしました


「どうしてまた、そんなことを…」


「あの、悪い噂のせいですよ

 だけど、どうしてあんな噂が出たんだろう…?」


お二人は心配そうに視線を交わしあいました


「申し訳ありません

 けれど、わたしたちがこのままここにいると

 お二人にご迷惑をおかけすることになるかもしれません

 わたしたちは、急いでここを立ち去ろうと思います」


シルワさんはそう言うと、丁寧にお辞儀をしました


「ご親切にしてくださったのに

 何もお礼をできずに、心苦しいのですが

 この御恩は決して忘れません

 いつか必ず、お返しします」


「そんなそんな、お礼など、なにもいりませんよ?

 むしろ、わしらは、エルフさんにお世話になったお礼を

 しなければならないのだから」


そう言ってくださるおじいさんに丁寧に一礼してから

シルワさんは、わたしたちのほうを振り返りました


「急いで、ここを出ましょう」


「ここを出て、どこへ行くんっすか?」


不安そうなフィオーリさんに、シルワさんは

安心させるように笑ってみせました


「まずは、エルフの森へ」


「わたしも、それがよいと思います

 あそこなら、土地勘もあるし、なにかと便利です」


ノワゼットさんも、そう強くおっしゃいました


出発と言っても、取り立てて、荷物もありません

私はいつものリュックひとつを背負っただけ

他のみなさんは、手ぶらです


おじいさんとおばあさんは、食料や薬をたくさん

持って行くようにと出してくださいましたが

それも、丁寧にお断りしました


森に行けば、食料も水も手に入りますし

ここから森までは、ミールムさんの補助魔法がなくとも

半日も歩けば、着いてしまいます


シルワさんは治癒魔法を使えますし

私も、聖水さえあれば、そこそこは、なんとか

なので、お薬の類も持っていかなくても大丈夫でした


とにかく急いで出発しようとしましたが

村人たちは、それよりも早く、やってきました


こつん、こつん、と投げられた石が壁に当たったかと思うと

窓から飛び込んできた石が、カップに当たって割れました


ぱりん、というその甲高い音が鳴り響くと

まるでそれが合図だったかのように

一斉に、石が投げ込まれ始めました


「なんてことを!」


シルワさんは家を取り囲むようにシールドを張りました

おかげで、なんとか石は防ぐことができましたが

結界のむこうで怒りを募らせる人々の真っ赤なお顔が

とても恐ろしく見えました


「これはいかん

 みなさん、今はまだ、家を出ないほうがよいのでは?」


老夫婦は心配そうに言ってくださいますが

長くいればいるほど、混乱も大きくなるように思います


「みなさんのお怒りを、過小評価していたようです

 こんな騒ぎになってしまって

 お二人の今度のお暮しに、支障が出るかもしれません」


シルワさんは、困ったようにおっしゃいました


「そんな!

 それはなんとかなりませんか?」


私は、軽々しく井戸へ行ったことを後悔しておりました

赤い蛇の姿で現れた精霊も、村人たちを傷つけたりする

つもりはなかったと思いましたけれど

よくよく思い返してみれば

あれを見た方々には、恐ろしい魔物を井戸に放ったと

思われてしまったのかもしれません


とにかく、私たちは、今や、すっかり

この村の人々にとっての、敵、になってしまったのでした


ノワゼットさんは、しばらく何か考えているご様子でした

けれど、ふと、顔を上げて、老夫婦をじっと御覧に

なりました


「昔、家出をして迷子になったのを助けていただいてから

 長い間、お世話になりました」


いったい何を言い出すんだ?というお顔をして

ご夫婦はノワゼットさんを御覧になりました


「わたしは、実の両親とはあまり縁がありませんでしたが

 お二人のことを、本当の親のように思っていました」


「それは、わしたちだって

 ノワゼットのことは、自分たちの子どものように

 思っていたのだよ?」


「わたしたちには子どもはなかったから

 ノワゼットが会いに来てくれるのが

 とても嬉しかったのですよ」


お二人はご両親のようにノワゼットさんの

左右からおっしゃいました


ノワゼットさんはそのお二人に微笑みかけました

それは、滅多に見られない、ノワゼットさんの

優しそうなお顔でした


けれど、またすぐに、ノワゼットさんは

いつもの様子に戻りました


「失礼!」


ノワゼットさんはそう言うと、いきなりおじいさんの

両腕を背中に回して、捕まえました

それから、右手に小刀をもって、おじいさんの喉元に

突きつけました


「まあ!ノワゼット?」


驚いたようにおろおろするおばあさんに

ノワゼットさんは、もう一度、ごめんなさい、と

おっしゃいました


「決して、傷つけたりはしないと、約束します

 少しだけ、我慢してください」


そう言いながらも、ノワゼットさんは

まるでおじいさんを人質にした悪者のように

玄関先へと連れて行きました


「シルワ師!」


「あ、はい!」


シルワさんは、いったい何をやりだすのかと

驚いた顔をしてノワゼットさんのすることを

見ていましたけれど

声をかけられて我に返ったようでした


「その、悪者の役、おいら、代わりますよ」


フィオーリさんは、悲しそうな顔をして

ノワゼットさんの手から小刀を取ろうとしました

けれども、ノワゼットさんは、ダメだと首を振りました


「万が一にも、怪我をさせられちゃ、困る

 これは、わたしがやる」


「う

 おいら、信用ないっすかね?」


フィオーリさんはわざとおどけて見せましたけれど

それには誰も笑いませんでした


「…仕方ない、っか…」


フィオーリさんは、ため息をひとつ吐くと

みなさんにむかっておっしゃいました


「んじゃ、突破口を開くのは、おいらに任せてください

 シルワさんは、聖女様のこと、よろしくっす」


「分かりました

 外に出たら、シールドを解除します

 そうしたら、一斉に走ってください」


私たちは、同時に頷きました


お世話になったおじいさんおばあさんに

ご迷惑をおかけすることになってしまって

本当に申し訳ないと思いました


お優しいお二人と、こんなふうにお別れするのも

とても悲しいと思いました


けれど、きっと、私以上に、ノワゼットさんのほうが

悲しいに違いありません


その気持ちを必死に押し殺していらっしゃるのです

なのに私が泣き言など言っている場合ではないのです


ともかくこれ以上状況が悪くなる前に、ここを出なくては


おじいさんを人質にしたノワゼットさんを先頭にして

私たちは、ゆっくりと家から出ていきました


村長?

村長をどうする!


人々は、人質にされたおじいさんを見て

口々に言いました


ノワゼットさんの作戦はうまくいったのだなと思いました


挫けそうな気持ちを抑え込んで

思い付く限り、凶悪そうな顔をして

村の人たちを睨んでみました


悪者め!

村長を離せ!


そういう言葉を聞いて、これなら大丈夫と思いました


シールドのおかげで石は飛んできませんが

人々から放たれる怒りは、石と同じくらい

痛みを感じました

あまり長くは、ここにいたくありませんでした


「行きますよ」


シルワさんの合図で、フィオーリさんはいきなり跳ぶと

懐に突っ込んだ手に何かを持って、それを群衆の

人の一番少なそうな辺りにむかって投げました


ぱんっ


軽い爆発音と共に、その辺りにもうもうと煙が上がります

驚いた人々が一斉に逃げ惑いました


誰かが私の手を引いて走り出します

ほっそりとした長い指の、少しひんやりとした手触り

シルワさんだとすぐに分かりました


「お元気で」


ノワゼットさんは短くそう言うと

おじいさんから手を離しました


おじいさんは、よろよろとその場に座り込みました

そのお顔には、涙が光っているように見えました


けれども、すぐに私たちは煙の中に入っていて

何も見えなくなりました


まったく効かない視界の中を

シルワさんは迷いのない足取りで走っていきます

私はただただ、足を動かしてついていきました


淋しくて、悲しくて、とても辛い

どうしてこんなことに、と

必死に走りながらも、ずっと考えていました





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