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思わず振り返った、そのときでした


「余所者が、こんなところで、なにをしている!」


怒った声がして、いきなり、石が飛んできました

その石は、私の額をかすめて、どこかへ飛んで行きました

けれどもその後にまだばらばらと、たくさんの石が

続いて飛んできました


「聖女様!」


シルワさんの驚いたような声がして、がばりと

白い衣のなかに包み込まれました

シルワさんは、石の飛んでくる方へ背をむけていて

そうやって、私を庇ってくださっているのでした


「ちょ!なにするんっすか!」


フィオーリさんとノワゼットさんは、そのシルワさんの

むこうへ飛び出しました


ノワゼットさんが急いで作った魔法の盾が

飛んでくる石を防いでくれます


「…なぜ、こんなことを、する?」


ノワゼットさんが怒ったように言いました


「見たぞ!

 お前たち、今、井戸に毒を入れただろう!」


村人たちはそんなことを言いだしました


「そんなことは、していない!」


ノワゼットさんはそう言い返しました


「おいらたち、井戸の精霊様に祈ってただけっすよ」


フィオーリさんも説明しようとします


けれども、村人たちは聞き入れようとしませんでした


「嘘をつけ

 今、確かに、井戸になにか、投げ入れたような音が

 聞こえたんだ」


それは…確かに、私にも聞こえた気がいたしましたが


「なにも、投げ入れたりはしていない!」


「余所者の言うことなど、信じられるものか

 おおかた、泥水をかけられた腹いせに

 井戸に毒を投げ込んだんだろう」


まさか、そんな腹いせなんて、思い付きもしませんでしたし

そもそも、井戸に毒なんてこと、するわけもありません

けれど、どう言っても信じてもらえないのだとしたら

いったい、どうすればよいのでしょう


そうする間にも、村の人たちが、後から後からやってきて

私たちは、いつの間にか、何人もの村の人たちに

取り囲まれてしまっていました


すると、黙ったまま、フィオーリさんが

一歩前に出ました

村人たちは、ぎょっとしたように、みんなして

一歩後ろに下がりました

フィオーリさんは、無表情なまま、いきなり井戸の水を

汲み上げると、柄杓ですくって、直接ごくごくと

飲み始めました


「うん、うまいっす!」


にこっ、として、村人を見回します

村人たちは、また、一歩、後ろへ下がりました


「毒なんか、入ってないっすよ?」


フィオーリさんは、水でいっぱいにした柄杓を

村人のほうへ差し出しました


すると、村人はそれを手で払いのけました

ぴしゃり、と水が、フィオーリさんにかかりました


「お、お前、人間じゃないだろう?

 人間にしか効かない毒なんだろう!」


村人は焦ったように言いました


「そんな毒はありません」


思わず、私は、シルワさんの腕をすり抜けていました


そうして、フィオーリさんの持った柄杓の先に屈むと

そのお水を口にしました


「あ、ちょ、聖女様?」


驚いたフィオーリさんに、にっこり笑います


「大丈夫です

 ちゃんと、柄杓のこちら側から飲みました」


前に水筒のコップをお借りしたときに

気にしてらしたのを思い出して

思わず、ご説明いたしました


それから、村の人のほうへむかって申しました


「ほら、大丈夫です」


そのときです

ぽたり、となにか、私の額から零れました

それは、柄杓のなかに落ちて、じわっと

淡い、染みを作りました


「…あ…」


そっと額に手を触れると、ぬるっとした違和感があって

手をみると、血がついていました


どうやら、さっき石がかすめたときに、少し

切ってしまったみたいです


もっとも、私はしょっちゅう転んだりぶつけたりしますから

このくらいの怪我など珍しくもありません


と、ふと、なにやら、ごごご、という低い波動を感じました


何事か、と辺りをきょろきょろ見回していると

突然、柄杓の中から、真っ赤な蛇が飛び出しました


それは、とても太くて、大きな蛇でした

まったく、あの小さな柄杓のどこに入っていたのかと

思うくらいでした


もっとも、さっき水を飲んだときには、どこにも

そんな姿はなかったはずです


いったいどこから現れたのだろうと思いました


蛇は、地面にとぐろを巻くと、立派な鎌首を持ち上げて

村人たちにむかって牙を剥きました


かっと開いた大きな口に、白くて長い二本の牙

あまりに恐ろし気なその姿に、背中がぞくりといたしました


大きな蛇と言っても、人よりは小さいのです

おまけに蛇は、たった一匹だけなのです

なのに、どうしてこれほどに、恐ろしいのでしょう


村人たちは、蛇を見ると、倒つ転びつしながら

我先にと逃げ出しました


本当は私も、逃げだしたいくらい怖かったのですが

怖すぎて、足が動きませんでした


村人たちが去ってしまうと、蛇は、こちらを振り向きました

もう口は開いていなかったので、さっきほどは怖くは

ありませんでした


蛇は、くりくりした目で、じっとこっちを見ました

まるい頭は、つるんとしていて、口を開いていなければ

そんなに怖くはないなと、思いました


それから、蛇は、つい、とむきを変えると

いきなり井戸に飛び込みました


「あ!」


引き留める暇もありません

と言っても、どうやって引き留めたらいいのかも

分かりませんでしたけれども


「あれは、この井戸の精霊ですね?」


ノワゼットさんが、シルワさんに確認するように

おっしゃいました


シルワさんは、私の額の傷を魔法で治療しながら

ええ、と頷きました


「しまった

 折角、出てきてくださったのですから

 お話しをちゃんと伺うのでした!」


そもそも、そのために、お祈りをしていたのです

突然のことに、ぼんやりしてしまって、大事なことを

すっかり忘れておりました


「ぬかりましたわ!」


「けど、蛇に話しかけるのって、ちょっと、勇気

 いりません?」


フィオーリさんが困ったようにおっしゃいました


ええ、そうですよね?

やっぱり、蛇って、それだけで、なんとなく

怖いものですよね?


この世界に生きとし生けるもの、万物を差別してはならない

ということは、もちろん、神殿で習いましたけれども

やっぱり、蛇は、怖い、ですよね?

こんなだから、私、ぎりぎり神官から

いつまで経っても成長できないのですけれども


「あの蛇は、マリエを護ろうとしたように

 見えました」


ノワゼットさんは、シルワさんに確かめるように

じっと見つめました


シルワさんは、また、ええ、と頷きました


「本来、この井戸の精霊は、この地の者を守護するはず

 けれど、精霊は、土地の者にむかって、牙を見せました

 もちろん、聖女様がそれだけ特別な方だということなの

 かもしれませんけれど…

 土地を護る精霊にしては、おかしな行動ですね」


「もしも、守護する者たちに過ちがあって

 それを諫めるためだったとしても

 普通なら、牙は見せません

 穏やかに、教えて諭す

 守護の精霊というのは、そういうものなのでは?」


そこまで聞いて、私はようやく、ノワゼットさんが

違和感を感じていたことに気づきました


ええ、とシルワさんは、また頷きました


「…精霊は、彼らに、怒りを感じている

 のかもしれません…」


「じゃ、あの疫病ってのは、もしかして

 精霊の呪いだったんっすか?」


思わずそう言ったフィオーリさんの口を

シルワさんは急いで塞ぎました


「しっ

 滅多なことを口にするものではありません」


フィオーリさんは、すいません、と、目で謝ります

シルワさんは、油断なく辺りを見回してから

ふう、とため息を吐きました


「とにかく、村長様のお家へいったん戻りましょう」


「え?

 精霊様とお話しは?」


すぐに井戸に帰ってしまわれましたけれど

一度、姿を見せてくださったのですから

もう一度、呼べば、出てきてくださるのでは

ないでしょうか?

折角だから、いろいろとお話しもお伺いしたいなあ

と、思うのですけれども…


「大丈夫ですよ」


シルワさんは、にっこり微笑んでおっしゃいました


「霊力パターンは、さきほど、しっかりと

 心に刻みましたから

 泉の精霊様の鏡を使えば、あの精霊様とも

 お話しできるでしょう」


なんとなんと

シルワさん、すごいです


ちょっと、ノワゼットさんの気持ちが分かりました


「さすが、シルワ師です」


すかさず尊敬の眼差しで見上げるノワゼットさんに

思わず並んで、シルワさんを見つめてしまいました


それにしても、シルワさん、ご自分のことを

入門程度とおっしゃってましたけれど

どうしてどうして、私よりよほど、ご立派な神官様です


シルワさんは、ちょっと困ったように目を逸らせて

おっしゃいました


「…この井戸は、泉の精霊と同じ水脈

 泉の番人にとっては、縁のある水なので…」


そうでした

シルワさんは、神官としては入門程度かもしれませんけれど

本業は、泉の番人さんだったのです


とにかく、ここに長居していると、また村の人たちに

見つかって、何か、もめ事になるかもしれません


私たちはいそいそと村長さんのお家へ帰ることにしました

 




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