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あっという間にお片付けは終わってしまいました


おじいさんとおばあさんは、少しお昼寝をすると言って

お部屋に行ってしまいました


私たちは、お茶を淹れ直して、なんとなく

テーブルに戻っていました


「わたしたち、どうしてここに集められたのだろう」


誰も、何も言い出さないなか、口火を切ったのは

ノワゼットさんでした


「おいらたち、誰かに集められた、んっすか?」


フィオーリさんはきょとんとして聞き返しました


「まあ、そうかもしれませんし

 そうではないかもしれませんし」


シルワさんはにこっとしておっしゃいました


「誰かが集めた、のか、それとも

 わたしたち自身の意識が、ここを選んだ、のか…」


わたしたち自身の意識がここを選んだ

それもあり得るかもしれない、と思いました


「お師匠様とミールムさんと私は

 シルワさんを探すために、日の出村へ行きました

 そこで見つけた古い井戸に、落ちてしまったら

 ここへ辿り着いたのです」


「シルワ師とわたしが落ちたのも、同じ井戸だ

 わたしたちは、日の出村を調査しようと訪れたんだ

 けれど、たいした収穫も得られないまま、何気なく

 古い井戸を覗き込んだら、引きずり込まれた」


「そうして気がついたら、ここにいた、というわけです」


「おいらはね?

 シルワさんをおっかけて、エルフの森へ行こうと

 街道を旅してたときに

 なんか、黒い手に足、つかまれそうになって

 逃げたら、なんか、穴に落っこって

 そしたら、聖女様も同じ穴に落ちてきたんっす」


その黒い手の正体は泉の精霊で、泉の精霊は

私たちに力を貸そうとしてくれたのだということを

私はみなさんにお話ししました


「フィオーリさんとは、そこで再会しました

 フィオーリさんは、ついさっき穴に落ちたんだと

 おっしゃいましたけれど、私たちにとっては

 それはもう、何日も前のことだったのです」


「つまり、わたしたちは、三者三様、それぞれ

 違った時間、違った場所、から

 同じところへ辿り着いたわけですね」


シルワさんは、ふむ、と頷きました


「ここにはまだ、あの疫病は流行していない

 もしかしたら、わたしたちはそれを

 止めることはできないでしょうか?」


ノワゼットさんは、さっき私が思ったのと同じことを

おっしゃいました


けれど、シルワさんは、うーん、と

それを控え目に否定なさいました


「過去はどうしたって、変わらない

 多少の些末なことなら、変えることもできますけれど

 大きな時間の流れというものは、変えられない、と

 学校では習いましたかねえ」


「つまり、この村が滅びることは、変えられない?」


「おそらく

 そもそも、時を渡る術は、禁術扱いになっていて

 一応、体系はあるらしいのですけれど

 その情報を調べようとするだけで

 罪に問われるという恐ろしい代物でして

 あまり、熱心に調べたわけではありませんけれど」


「太古の昔、大精霊様には時を渡るお力があった、と

 神殿には伝えられております

 けれども、大精霊様がお隠れになった後

 そのお力を継承するものはない、と」


「時を渡る術を使うには、世界中の魔術師が

 心をひとつにして、協力し合わないといけないほどの

 魔力が必要だ、という噂は聞いたことがあります

 まさしく、大精霊様のお力に匹敵するほどの魔力

 つまり、かなり、非現実的な術だといえると思います

 もし、誰かが意志を持って、ここにわたしたちを

 集めたのだとしたら、その方は、かなりすごい

 魔力をお持ちだということになりますかねえ」


「泉の精霊には、そのお力はありませんか?

 もしかして、ここに私たちを集めたのは泉の精霊では?」


「はて、あの精霊様は、確かに、お力をお持ちですけれど

 そこまでのお力をお持ちだったか…」


シルワさんはちょっと困った顔をなさいました


私は、ふと思い出して、ポケットから手鏡を取り出しました

あの、泉の精霊にもらった手鏡です


びっしりとヒビの入ってしまったその鏡を開いて

私はみなさんの前に置きました


「泉の精霊は、連絡を取るために、この鏡をくださいました

 私の不注意でこのように壊してしまったのですけれど

 泉のお水をかければ、少しだけ、使えます

 ここに来る前、泉の精霊は、確かに、日の出村、と

 おっしゃったように思うのです

 もっとも、このような状態ですから、きちんと

 お言葉を聞き取ることは、できなかったのですけれども

 あの、これにもう一度水をかけて、泉の精霊と

 お話ししてみるのは如何でしょうか」


私は、リュックのところに、泉の水の入った瓶を

取りに行こうとしました


その私を、シルワさんは呼び止めました


「聖女様、しばし、お待ちを

 泉の精霊にゆかりの物なら、今のわたしには

 使えるかもしれません」


シルワさんはそう言うと、鏡の上に手をかざしました


ふわり、とシルワさんの手のひらが、碧色に輝きます

その光が拡がって、鏡の面も包み込みました


すると、ばらばらに砕けていた鏡の面は

少しずつ、ヒビが直って、元のぴかぴかの面に

戻っていきました


やがて鏡が完全に元通りになると、シルワさんは

手のひらの光を消して、ふぅ、とため息を吐きました

思わず、また倒れるのかと、慌てて支えようとしましたが

そんな私に、シルワさんは、笑って、大丈夫、と

おっしゃいました


「なかなかに、強い魔力の込められた魔道具だったので

 修復にはたくさん魔力が必要だったのです

 けれど、まずまず、なんとかなりましたね」


「流石、シルワ師です」


ノワゼットさんは尊敬の眼差しをむけられます

それにシルワさんはちらっと笑ってから

鏡を手に取りました


シルワさんは鏡にむかって、歌うような言葉で

語りかけました

それは、高位の神官もお使いになる、古代の言葉で

精霊に直接話しかけられる言葉です

さわりくらいは、一応、私も、神官の資格のお勉強を

するときに、教わりましたけれど、今となっては

ミールム、という言葉が、すごい!、という意味だと

いうことしか、覚えておりません


鏡は、あの清らかな水面のように、ゆらゆらと揺れ

そのゆらぎのなかに、泉の精霊の姿が浮かびあがりました


「マリエ?

 いいえ、この力は…シルワ?」


泉の精霊は、意外そうな声を出しました


「はい、わたしです

 もちろん、聖女様も、ここにいらっしゃいます」


シルワさんは鏡をテーブルの中央に置きました

私たちは、一斉に乗り出して、鏡を覗き込みました


「まあ、みなさん、ごきげんよう」


鏡の中の精霊は、にっこり微笑んでそう挨拶をします

なんだか、その長閑さに、ちょっとほっとしてしまいます

思わず、精霊様も、ごきげんよう!と

大きな声で返してしまいました


「ご無事なご様子、なによりです

 シルワがマリエを見つけたのですか?」


鏡の中で精霊はそう尋ねました

シルワさんは、ちょっと考えてから答えました


「はて、それは…

 もしかしたら、聖女様が、わたしを見つけてくださった

 のかもしれませんけれど」


「なるほど、確かに」


精霊はなにやら納得したように頷きました


「マリエは、フィオーリも見つけましたね?」


「え?

 あれは、見つけた、というか、たまたま、出会った

 というか…」


たまたま運よく出会った、のだと思います


泉の精霊は、ふふ、と鷹揚に笑うと、それで?と

おっしゃいました


「シルワの力が戻ったということは

 何か、特別なことが起こった、という

 ことでしょうか?」


「…特別…なのでしょうか…

 今、わたしたちのいるここは、おそらく、ですけれど

 百年前の日の出村、のようなのです」


「まあ!時を渡った、というのですか?」


その驚きようは、時を渡らせた、のは、泉の精霊ではない

ということの、証拠のように思えました


シルワさんも同じことを考えたのか

泉の精霊に確かめるように質問しました


「これを起こしたのは、精霊様ではないのですか?」


「時渡りの技は、大精霊様でもなければ、不可能ですよ」


泉の精霊は明るく断言しました


「つまり、そこにあなた方を集めたのは

 大精霊様のご意志に違いありません」


「なるほど

 そうとも考えられますか」


大精霊様は、もうずっと前に、姿をお隠しになり

それ以降、この世界には現れていないと伝えられています

けれども、今も大いなる慈悲のお心で

陰から、私たちを助けてくださっている、と

多くの神官たちは、そう考えています


「では、大精霊様は、この村を救え、と?

 そうお考えでしょうか?」


「…それは、どうでしょう?

 過去の事実は変えられない

 それは、大精霊様にとっても

 同じなはず」


……?


それじゃあ、大精霊様は、いったい、何のために…


鏡のなかで、泉の精霊は、ふふ、と笑いました


「せっかく、お仲間がいらっしゃるのですから

 みなさんで、ご相談、なさっては?

 歴史を変えることはできません

 けれど、小さな事実ならば

 あるいは、変えられるかもしれない

 それは、世界にとっては小さなことでも

 誰かにとっては、決して小さなことではないかも

 しれませんよ?」


ゆらゆら、と鏡が、水面のようにゆらぎます

あ、待ってください、精霊様、と私は

慌てて呼びかけました


「誰の?

 誰の運命を、わたしたちは、変えるのですか?」


…ゆらゆらゆら…


けれども、精霊の答えはもう聞くことはできませんでした







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