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ノワゼットさんは、驚いたように目を見開きました
「なんということを
シルワ師のご帰還を喜ばぬ者などおりません
早速、宴の手配をいたしましょう」
シルワさんはノワゼットさんの前に自分も膝をつきました
それから、穏やかにおっしゃいました
「…あまり、大袈裟なことはしてくださいますな
わたしは、罪人ゆえ…」
ノワゼットさんはちょっと言い淀みながら続けました
「…ネムス様、は…」
シルワさんは黙ってただ首を振りました
それでノワゼットさんは静かに目を伏せました
「弟様を失われたこと、お悔やみ申し上げます
しかし、それならばもう、ここから去る理由は…」
「わたしは、ここへ戻るつもりはありません
今回は、たまたま、旅の途中に寄っただけのこと
すぐにここから立ち去るつもりです」
シルワさんは固い声でノワゼットさんの言葉を遮りました
ノワゼットさんははっとしたように目をあげました
「ここに、泉に、戻ってきてはくださらないのですか?」
それは、信じられないことを聞いた、という顔でした
シルワさんは、心苦しそうにそこから視線を逸らせました
「聖なる泉にわたしはもう、相応しくはありませんから」
「そんなことはありません
シルワ師以上に泉に相応しい者などおりませんとも
何故、そのようなこと、おっしゃいます?」
それにはシルワさんは何も答えようとはしませんでした
ノワゼットさんは、ふうとひとつ息を吐くと宣言しました
「そのご決意、きっと翻していただきます」
きっぱりと言い切ると、答えも待たずに立ち去りました
シルワさんは、ゆっくりと立ち上がりました
それから、小さなため息を吐きました
そして、私たちを振り返ると、うっすらと微笑まれました
「足を止めさせてしまってすみません
さあ、先を急ぎましょうか」
「あんた、師、とか呼ばれてたん?
なんや、偉い人やったんか?」
お師匠様はシルワさんを見上げて尋ねました
シルワさんはまた困ったように微笑みました
「泉の番人は、そう呼ばれるのが慣習になっているだけです
わたしが偉いとか、そういうわけではありません」
それにミールムさんは、ふん、と鼻を鳴らしました
「聖地の番人だからね
尊い聖職だろうよ
まあ、人間で言うところの、神官みたいなもんだよね?」
「まあ、ではご同業でしたの?」
思わず大きな声を出してしまいました
シルワさんは、はは、と小さく笑われました
「罪人が聖職とは片腹痛い
昔のわたしならいざ知らず
今はただの罪人です
聖女様と同列に扱うことなどできませんよ」
そうはおっしゃいますけれど
わたしは、なんだか納得しておりました
やっぱり、という思いがとても強くありました
精霊様に仕える敬虔な信徒
シルワさんには元々そういう雰囲気があったからです
「ノワゼットだって、本当のことを知れば…
きっとわたしを軽蔑するに違いありません」
シルワさんは辛そうに首を振りました
私は何と言っていいか分かりませんでした
「オークになりかけてるって、分ったら…
捕まっちまうんっすか?」
フィオーリは恐る恐る尋ねました
「それはそうだろうね」
ミールムさんは容赦なく断言しました
その場の全員が、同時にため息を吐きました
「ごめんな、なんか、いろいろ…」
お師匠様は全員の気持ちを代表するようにおっしゃいました
「あんた、帰ってきたがらんかったのに
なんや、無理やり、帰らせるようなことして…」
いえ、とシルワさんは首を振りました
「わたしも、久しぶりに泉を見られてよかったです
やはり、ここは心が落ち着きます」
シルワさんは私にむかって微笑んでくださいました
「どうかそんなお顔をなさらないでください、聖女様
貴女の聖なる祈りを受けて、泉も輝きを増しました
そんな光景を見られるなんて、この上ない幸せです」
それは、少し違います
泉は私が祈る前からとても綺麗でしたし
あまりにも綺麗だから、思わず祈ってしまったのです
「わたしも少々、やり残したことがあります
グランにあの壁を修理してもらって
今宵はあの小屋に泊まっていただくとしましょう」
「かまへんのかな?」
「ええ…
どのみち、今日はもう森からは出られません
今頃は達人に術をかけ直されているでしょうから」
「そんな達人、おんのん?」
お師匠様は目を丸くなさいます
「ええ
わたしの幼馴染
もしまだ、こう呼ぶことを許してもらえるのなら
親友、と言ってもいい方です
昔から、迷路を作ることがとても得意で
彼の術を解くのは、なかなかに骨の折れる仕事なのです
これから、板を分けてもらいに行くのも
その人のところですよ」
そう言ったシルワさんの前に綺麗な蝶が飛んできました
まるで何かの意志を持つように、ひらひらと飛び回ります
「ああ、ほら、お迎えを寄越してくれました」
シルワさんは蝶を見て楽しそうにおっしゃいました
「この蝶が案内してくれるそうです
ついていくとしましょう」
なんとまあ、素敵なお迎えでしょうか
私たちは、蝶について行くことにしました




