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あの広場を見たときに、どことなく見覚えがあるような

気がしたのです


井戸も建物も、どこも壊れてなどいません

人も大勢います

けれど、それは、百年前の、という言葉で説明はつきました


「ここは、精霊界ではないのですね?」


「時代は違いますけれど、精霊界ではありません」


シルワさんはそうおっしゃいました


バネタロウさんの姿は、また見えなくなっていました

おそらくは、あの井戸を抜けたとき、あちら側へ

残られたのでしょう


精霊界は、距離も方角も、時間の流れさえも

私たちの世界とは違ってしまっている

それは分かっておりましたけれど

よもやまさか、現在の日の出村で井戸に落ちたら

百年前の日の出村の井戸に出られたなんて

なんだかもう、あまりにも予想外すぎて

くらくらします


「シルワさんも、日の出村にいらしたのですか?」


「ええ、少し、調べたいことがあって」


「もしかして、そのときに井戸に落ちました?」


「落ちた、というより、引きずり込まれました

 そうして、なんとか脱出すると、ここに来ていました」


どうやら、同じ経緯を辿ったようです

私も、フィオーリさんと私に起こったことを

お話ししました


「ここって、あの、疫病は…」


言いかけた言葉を、シルワさんは、しっ、と遮りました


「今はその話しはよしましょう

 それよりも聖女様、あれからどのくらい

 日数は経っていたのでしょうか」


私は、ちょっと指を折って数えてから答えました

まあ、そんなに、とシルワさんはおっしゃいました


「日の出村にむかったときには日帰りのつもりでした

 ひとつだけ、確かめたら、すぐに聖女様たちのところへ

 戻るつもりで

 軽い気持ちだったのです」


シルワさんの小さなため息が聞こえました


「魂の状態ならば、精霊界と行き来もできますから

 森に辿り着くのは、本当にすぐでした

 迷宮も、アイフィロスに頼んで裏口から通してもらって

 ええ、話しはできなくても、ほら、筆談はできますから

 そこらへんは、そんなに苦労はなかったんです

 聖女様にお暇を申し出たその日のうちに

 わたしは、元の姿に戻っておりました」


「そんなにすぐに?」


「ええ、そんなにすぐに

 わたし自身も思ってもみないほど、簡単でした

 だから、少し、欲を出してしまったのかもしれません」


シルワさんはまたひとつため息を吐きました


「ほんのちょっと行ってくるだけだから

 そう思って出発したのに、このようなことになって

 一度、絶望しかけました

 ただ、ノワゼットも一緒でしたし

 そうそう落ち込んでもいられなくて

 なんとかして戻れないものかと

 いろいろと調べてみることにいたしました

 ここが、およそ百年前の日の出村だということも

 その過程で知ったことです」


ふふふ、とシルワさんは、少し笑いました


「それを知ったとき、わたしが何を思ったか

 お分かりになりますか?

 未来ではなくて、過去に飛んでよかった、って

 そんなことを思ったんです

 どうしてだと思います?」


「さあ…」


私が首を傾げていると、シルワさんが答えを言って

くださいました


「あと百年待てば、聖女様とまたお会いできる、って

 そんなことを思い付きました

 この小指に巻いた、聖女様の髪を見てね?

 これは、再会の約束の印だ、と

 百年は、エルフにとっても、短い時間ではありませんが

 けれど、エルフは、百年は、待てるのですよ」


百年、待ってくださるおつもりだったのですか

私はちょっと、言葉を飲みました


「もちろん、それは、簡単なことではありません

 聖女様にお会いしたいという思いは、胸を焼くようで

 いま一度、霊魂に戻れば、すぐにも聖女様の元へ

 駆け付けられるのに、と何度も思いました

 けれども、そうしてしまっては、またわたしは

 ただの役立たずになってしまいます

 折角、聖女様にお暇を乞うて、こうして戻ったのも

 聖女様の御為に役に立ちたいという一心ですから

 ただ、自分が聖女様のお傍にいたいがためだけに

 そんな勝手なことをするわけにはまいりません

 それに、ここにはまだ、アイフィロスの迷宮は

 ありません

 魂の抜けたからだを守ってもらうことができなければ

 わたしの魂はもう二度と、からだに戻れなくなって

 しまいます

 それは、してはいけないと思いました」


「思いとどまってくださって、本当によかったです」


そんな恐ろしいことをシルワさんがほんの一時でも

お考えになったなんて、背中が寒くなります


「わたしもね

 あのとき、思いとどまってよかった、って

 本当にそう、思いますよ」


シルワさんは、少し明るい声になっておっしゃいました


「だって、聖女様も、こうして、ここに

 来てくださったのですから

 こうしてここにいたことすら、もしかしたら

 聖女様の御為に役に立つためかもしれない

 そんなことすら思ってしまいました

 今こそ、わたしは、聖女様の御為に

 持てる力のすべてを尽くしましょう」


それに、とシルワさんは、付け加えました


「ここへきて、少し驚いたことがあるんです

 何故か、わたしの魔力が、以前と同じくらいに

 なっているのですよ

 多少の魔法ならば、倒れたりせずに使えます」


確かに、と私は頷きました


「さきほどから、たくさん、魔法を使っておいででしたよね

 それも、とてもゴキゲンなご様子で」


通るところの扉を開けたり、お風呂を沸かしたり

シルワさんは次々と、魔法を使っていらっしゃいました


いつもなら、こんなことは、あり得ないのです


けれど、倒れるのではないかという心配など

吹き飛んでしまうくらい、シルワさんはお元気そうでした


「魔力が戻ってこられたのでしょうか?」


「…これは、わたしの憶測なのですけれど」


シルワさんは考えるようにしながらおっしゃいました


「ここにはまだ、ネムスの棺はありません

 だから、わたしの魔力も、消費されないのかもしれない」


「あの、もしかして、この世界にも

 ネムスさんはいらっしゃるのでしょうか?」


ふと思い付いて尋ねました

すると、シルワさんは、ふふ、と小さく笑いました


「いると思います

 もしかしたら、この時代のわたしも

 だからね、ノワゼットは、村長様に、友人だと

 間違われているのですよ」


「えっ?

 ノワゼットさんは、村長さんのお友だちだったの

 ですか?」


それにはちょっと驚きました

けれど、先ほどの親し気なご様子も、それなら少し

納得もいきます


「そうなのですよ

 このころ、ノワゼットは、日の出村と行き来があった

 そして、村長様とも、親しかった

 ああ、村長様というのは、さっきのご老人です」


なんとまあ


「成長したエルフは、百年程度では、そう外見は

 変わりません

 もちろん、ノワゼットのほうにも、村長様のことは

 記憶に残っています

 おかげで、わたしたちは、村長様たちのお家に

 客人として滞在させていただいているのです」


「それは、有難いですねえ」


「ええ、とっても、有難いのですよ」


シルワさんのお顔は見えませんでしたけれど

その声は、とっても明るく聞こえました


そして、なんだかその声を聞くと、とても心強く感じました




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