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シルワさんはなんだかゴキゲンで

鼻歌など歌っておられました

こんなシルワさんを見たのは初めてです


お家の間取りはよくご存知なのか

足取りに迷いもありません


仕切りも扉も、シルワさんが通りかかると

ひょいと魔法で開きます


そこをシルワさんは、知らん顔をして

すいすいと通り抜けていきました


すっと、開いたカーテンの向こう側には

つるんとした大きな湯舟がありました


そこまで来ても、シルワさんは私を下ろそうとはせず

小さくなにか、呟きました


するとすると


湯舟のちょうど上辺りから、まるで突然、沁み出すように

とぷとぷと水が流れ出しました


「ええっ?

 これは、いったい…?」


「ああ、魔法です

 学校で習ったんですよ」


シルワさんは上機嫌で答えてくれました


「学校の寮生活では、魔法を使うように指示されましてね?

 最初は、ここの人たちはなんて無精者なのだろうなんて

 思っていたのですけれど

 けれど、これって、実際には、辺りの精霊力の

 四元素を読み取って、自在に使う基礎訓練だったんです」


辺りの精霊力を読み取る…

それ、なんだか前に、ミールムさんも

似たようなことを、おっしゃっていた気がします


どこからともなく沁み出した水は、湯舟に溜まって

ふわふわと湯気をあげだしました

どうやら、あれは水ではなく、お湯だったようです


「湯浴みという習慣を、私は王都に行って

 初めて知ったのですよ

 森にいたころは、年中、水浴びをしておりましたから

 王都の習俗にはあまり馴染まなかったのですけれど

 湯浴みの習慣だけは、森にも持ち帰りたかったです」


シルワさんは溜まっていくお湯を眺めながら

楽しそうに微笑まれました


「このお湯にねえ、ゆっくりと浸かると

 疲れも悩みも、全部、溶けて流れていく気が

 するんですよねえ」


あ、そうだ、とシルワさんは私を見てお尋ねになりました


「少し、香りを足してもよろしいですか?」


「はい、いい匂いは大好きです」


それはよかった、とシルワさんはにっこりなさって

また小さく唱えられました

すると、ふわりと湯気の中に、お花のような果物のような

甘い香りが混じりました


「リラックス効果と、それから、心が浮き立つ香りです

 少し、わたしの好みに偏っているかもしれませんが」


「いいえ

 とってもいい匂いだと思います

 私も、大好きです」


「それは、よかった」


シルワさんはにこっとしてから

ゆっくりと私をそこへ下ろしてくれました


「さあ、聖女様

 どうぞ、ごゆるりと、お楽しみくださいませ」


「え?

 あ、シルワさん、せっかくですから

 お先にどうぞ?」


思わず譲ろうとしたら、ちょっと苦笑いされました


「まさか

 それより、わたしは外に出ていますから

 もしなにかあれば、お呼びください」


「え?

 あ、あの…」


何か言う暇もなく、シルワさんは

さっさと外に行ってしまいました


…仕方ありません


折角、こんなにご用意してくださったのに

使わないのも、申し訳ないでしょう


それに、あの、実は、私…

お風呂が大好きなのです


故郷の神殿には、大きな公共浴場がありました

大地からこんこんと湧くお湯を

大きな浴槽にはってあるのです

そこには、いつでも、誰でも

入ってよいことになっていました


旅を始めてから、少しだけ物足りないのは

あまりゆっくりお風呂に入ることができないことです

ほとんどの場所では、水を浴びるか

せいぜい、お湯でからだを流す程度です


ですから、このお風呂は、本当に!本当に!

嬉しかったのです


ほくほくと、思わずにやけてしまうのを

必死に押し殺しながら、ぱっぱと服を脱ぐと

ゆっくり足から、お湯に浸かりました


う、う、う…

この湯舟のお湯を独り占めだなんて

なんだか、ものすごく、もったいない


ふわりと湯気が香りたち、まるで天国のようです


「ふわぁぁぁ~、生き返る~~~」


思わず、故郷にいたころのように声をあげたら

衝立の向こうから、くすくす笑う声が聞こえました


「あ

 え?

 シルワさん?

 そこにいらしたのですか?」


私は思わず恥ずかしくなって、お湯に潜りたくなりました

もっとも、そんなことをすれば、折角のお湯が溢れて

しまいますから、そこはなんとか思いとどまります


シルワさんは、くすくす笑いながらおっしゃいました


「申し訳ありません

 決して、聞き耳を立てていたわけではありませんよ?

 などと、言い訳に聞こえるかもしれませんけれど

 お湯が、熱すぎたり、ぬるすぎたりしてはいけませんから

 それを、確かめたかっただけなのです」


なんとまあ

いろいろと至れり尽くせりなことです


シルワさんは、ちょっと咳払いをすると、言い直しました


「お湯加減は、如何ですか?聖女様?」


「もちろん、絶好調です!」


あ、いえ、とってもいいです、と言いたかったのですけれど

絶好調なのは、私のようです


シルワさんはまた、くすくす笑われました


「それは、よかった

 今、ちょうど、御内儀様が、からだを拭く布と

 着替えを持ってきてくださいました

 ここへ置いておきますから

 どうぞ、お使いくださいませ」


シルワさんはそれだけ言うと、立ち去ろうとする

気配がしました


私は、そのシルワさんに、慌てて、話しかけました


「あの!

 シルワさん!

 もう少し、そこにいていただいては、いけませんか?」


よくもまあ、そんな大胆なことを、言えたものだと

後々、思い出しては、赤面いたしましたけれど

そのときは、私、久しぶりにお会いできたシルワさんと

もう少し、お話ししたかったのです


シルワさんは、え?と少し驚かれたようですけれど

そのまま床に座る衣擦れの音が聞こえました


「このようなこと、してもよいものか

 大いに悩むところなのですけれども

 折角、お許しも出たことですから

 ここは、つけこむことにいたします」


それから、少し、心配そうに付け足されました


「知らない土地でお心細い思いをなさっておいででしょうか

 あのような酷い目に合わされたのですから

 それもいたしかたありません

 けれど」


今度は少し、強い調子でおっしゃいました


「もう、ご心配は必要ありません

 これからは、決して、聖女様のお傍を離れないと

 きっと、誓います

 不埒な真似をする輩は、決して

 聖女様には近づかせません」


私は嬉しいような、ちょっと、申し訳ないような

複雑な気持ちになりました


やっぱり、いつも、私は、こんなふうに

守っていただいているのだな、と思ったり

けれども、シルワさんがずっと一緒にいてくだされば

こんなに嬉しいことはないな、と思ったり

心の中は、ぐちゃぐちゃしておりました


そんなことを考えていたせいで、黙ってしまっていて

すると、シルワさんが、心配そうにおっしゃるのが

聞こえました


「聖女様?

 申し訳ありません

 嫌なことを、思い出させてしまいました

 どうか、お忘れください…」


その声があまりにも悲し気で

私は、慌てて、何か言わなければと思いました


「すみません!

 ええ、そのことなら、もう、大丈夫です

 というか、そんなこと、もう、とっくに

 シルワさんのお顔を拝見した途端に

 すっからかんに、忘れてました!」


「まあ、すっからかん?

 ふふふ、それは、面白い言い回しですね?」


しまった…

つい、地が出てしまいました

シルワさんのようにお上品になりたくて

日々、見習おうとしているのですけれど

所詮、地はこの程度なものですから

ついうっかりやってしまうのです


私は急いで、話しを変えました


「そうだ!

 シルワさん!

 この村のことなんですけど!」


「ここは、日の出村です

 およそ、百年前の…」


シルワさんは何でもないことのように

淡々とそうおっしゃいました


そっか、やっぱり、日の出村だったのか、と

私は思いました






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