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バシャッ!

いきなり水を浴びせかけられて、ぎょっとしました


「おやまあ、そんなところにいるから悪いんだよ」


そんな声が水に続けて飛んできました


掃除か何かをした水だったのか

ほこりや泥が混じっていて

嫌な臭いもします


「ちょっと、人に水かけておいて

 その言い方はないでしょう?」


フィオーリさんは咎めるようにおっしゃいました

すると、私たちに水をかけた女性は

ぎろり、と音がしそうな目で私たちを睨みました


「あんたたち、何者だい?

 どこから入ってきた!

 おい、誰か、来ておくれ!

 ここに余所者がいるよ!」


うっ、まずいっ、とフィオーリさんが呟くのが聞こえました


ホビット族のフィオーリさんは、場所によっては

ひどく忌み嫌われていることもあるのです


フィオーリさんは、私の手を引いて

急いで囲みを抜けようとしましたけれど

間に合いませんでした


「余所者だと?

 何を盗みに来た!」

「泥棒が入ったのか?」

「悪い泥棒は、こん棒で叩きのめしてしまえ!」


みるみる間に、辺りは、こん棒や剣や槌や斧や

何か武器になりそうなものを手に持った人たちで

いっぱいになりました


「ちょっ、誤解っす

 おいらたち、泥棒じゃありません!」


フィオーリさんは誤解を解こうと大声を張り上げますが

周りの人々は酷く恐ろし気な顔をして、誰も聞く耳を

持っていませんでした


私は、ただただ、びっくりして

何もできないまま、突っ立っていました


こんなふうに真正面から敵意をぶつけられたのは

初めてでした


世の中、親切な方ばかりではない、ということくらいは

もちろん、知っているつもりでした

けれども、こんなふうに、いきなり、敵意をむき出しにして

対応されたことは、一度もありません

本当に、心底、びっくりしてしまいました


けれども、すぐに、あっ、と思いました

そして、私が今まで、そんな目にあったことがなかったのは

幸運だったのだと思いました


ホビット族のフィオーリさんも

ドワーフ族のお師匠様も

エルフ族のシルワさんも

妖精族のミールムさんも

旅の途中で、冷たい視線をむけられたことは

何度もありました


知らんもんは、怖いんや

怖いから、睨むんや


お師匠様はそうおっしゃるだけで

そんなふうに睨む人たちには

あえて近づこうとはしませんでした


けれど、私は、そのような目をむけられたことはありません

それは、たまたま私が、人間だったから

神官という、修行のための旅をしていても

おかしいと思われることのない職業だったから


それに、私はいつも、どなたかに守っていただいてきました


思えば、幼い頃はお父様や故郷の人たちみんなに

守っていただいておりました

一念発起し、旅に出てからも、すぐに出会ったみなさんに

やっぱり、守っていだたいておりました


けれど、私は、まだ、どなたのことも守れていません

今こそ、フィオーリさんを私がお守りしなければ


私は意を決して、一歩前に、進み出ました


「あの、みなさん!」


くしゃり


なにか、つぶれる音がして、どろりとしたものが

顔の前にたれてきました

玉子をぶつけられたらしい、と気づいたのは

そのどろりとしたものを手に取ったときでした


それが皮切りとなって、人々は私たちに

腐った玉子や野菜を、次々とぶつけ始めました


「あの、どうか、おやめ、ください」


顔に当たらないように両手で庇いながら

なんとか、声を張り上げます

けれども、効果はありませんでした

人々は、ますます興奮して、次々と物を投げつけました


「うわっ、ちょっ、やめっ」


フィオーリさんは飛び跳ねながら

私に物がぶつからないように庇ってくださいます

器用なフィオーリさんは

宙を舞うように飛び跳ねながら

手も足もからだも使って

私を守ってくださいました


もしかしたら、その様子が、滑稽に見えたのでしょうか

人々は、高らかな笑い声を上げながら

楽しそうに物を投げ始めました

そうして、フィオーリさんの手をすり抜けた玉子が

私の頭にぶつかると、大喜びをして快哉を叫びました


「おやおや、これはいったい、なんの騒ぎなんだ」


突然、そんな声がして、人垣を割って現れたのは

白いお髭のおじいさんでした

ちょっと、神殿で見た聖人に似ています


おじいさんは、フィオーリさんと私の前に立って

集まっている人たちを見回しました


人々は、物を投げるのはやめて

つまらなさそうな顔をしました

それから、ちらほら、と背中をむけて立ち去り始めました


「じいさん、そいつらは、泥棒なんだよ!」


最初、水をかけた人が、怒ったように私たちを指さしながら

おじいさんに言いました


「そんな…私たち、なにも盗んだりしていません」


「おいらたち、この人に、水、かけられたっすよ」


訴えかける私たちを、おじいさんは、じっと見てから

怒っている女の人に言いました


「お前さん、何か、盗まれたのかい?」


「ぃ、ぃゃ…あたしは、何も、盗まれてないけど…」


女の人はそう言って視線を逸らせます


「だけど、きっと、誰か、被害に合ってるに違いない!

 だって、余所者なんだ

 この村に、他所からやってくるなんて

 泥棒以外に、いないだろう?」


「私たちは、気が付いたら、ここにいて…」


私は精霊界を通ってここに来たことを

説明しようとしました

ところが、フィオーリさんは、話しを邪魔するように

腕をくいくいと引っ張りました

そちらを見ると、話してはいけない、というように

私をじっと見つめながら、首を横に振りました


「とにかく、誰も何も盗まれていないのなら

 ただの旅のお方かもしれないではないか

 それより、お前さん…」


おじいさんは、女の人が手に持った大きなバケツを

ちらりと見ました


「まさか、と思うが、汚した水を、地にまいたのでは

 あるまいな?」


女の人を見つめるおじいさんの目は、一瞬だけ、厳しく

光りました

それを見た途端、女の人から、さっきまでの勢いが

消え去りました


「あ、あたしは、汚れた水なんて、まいて…」


「汚れた水は、あっちの汚水桶に捨てなさい

 井戸の周りに汚水をまいてはいけない…」


おじいさんは、神官様のお説教のように

ゆっくりと教え諭す口調でおっしゃいました


けれども、女の人は、それを最後までは

聞いていませんでした


「あ、あたしゃ、知らないよ

 とにかく、その泥棒は、じいさん、あんたが

 見張っといておくれよね」


それだけ言うと、ぷりぷり怒って

バケツを振り回しながら、行ってしまいました


「…あの、助けてくださって、有難うございます」


いつの間にか、周りには誰もいなくなっていました

私は、おじいさんにむかって、なるべく丁寧に

お礼を申し上げました


「なんの、まだまだ

 その酷い格好を、なんとかしなければ

 まずは、おふたりとも、うちにきてください」


「いえ、そんな

 怪しい余所者が、そんなにご親切に

 していただくわけには…」


私は慌てて固辞しようとしましたが

フィオーリさんは、そっすか?と明るくおっしゃいました


「それは助かります

 あ、ついでに、洗い桶と、着替えも

 お借りしちゃっていいっすか?

 夏だし、ささっと水浴びして、ついでに洗濯もしますよ

 なあに、ちょいと干しておけば、すぐに乾きます」


「そんなそんな

 お前さんはそれでもいいかもしれんが

 そちらのお嬢さんは、庭で水浴びというわけにも

 いかんじゃろう…

 なになに、ばあさんに頼めば、すぐに風呂を沸かして

 くれるじゃろう

 年寄りの物でよければ、洗った着替えもありますから

 ひとまずは、その汚れた服を脱いで、さっぱりなさい」


「えーっ、それは、助かりますっ!

 んじゃ、ご厚意に甘えさせていただきますっ!」


おふたりはそんなことをお話ししながら

仲よさそうに歩いて行かれます


ちょっと置いていかれた私を振り返って

フィオーリさんは、おいでおいでと手招きをしました


「聖女様

 お風呂とご飯もご馳走してくれるそうっす

 早く行きましょう!」


いえ、そんな、いつの間に?

それはあまりに厚かましいのでは?


「遠慮はいりません

 ばあさんも、客人を迎えるのは大好きなのじゃ

 少しゆっくりして、旅の話でも聞かせてくだされ」


そんなことでよろしければ、いくらでも

ですけれども


なんだか、フィオーリさんの勢いに流されて

にこにこした聖人さんに、ついて行ってしまったのでした



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