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アイフィロスさんが玉子を作っている間に
その疫病について、少し、尋ねることができました
「ある日突然、何の前触れもなく、高熱が出て
なにも食べられなくなり、夜も眠れなくなる
熱にうかされ、譫言を言い、幻覚を見た者もいる」
アイフィロスさんは疫病にかかった人のことを
そう説明しました
「そんな症状は、森のエルフも、日の出村の人間も
同じだったんだ」
「…それだけで同じ疫病やと決めつけるのは
ちょい、早いんやないかな?
熱の出る病気なんて、ようさん、あるやん」
お師匠様は用心深くおっしゃいます
「いやでも、近隣の土地で、ほぼ同じ時期になんでしょ?
交易もしていた、ってんなら、互いに行き来もあった
だろうし、それは同じ病気だった、って
可能性は高いんじゃないかな」
ミールムさんは指を振りながらそう説明しました
お師匠様は、アイフィロスさんに重ねて尋ねました
「他にその病気の特徴は?
咳が出る、とか、お腹壊す、とか…」
「他にこれといった症状はないよ
ただ、高い熱が出るってだけ
それは、この森も、日の出村も同じ」
「なんか、それってさあ
いっそ、呪い、っぽい、よね?
まあ、だから、シルワも、ネムスのせいだ、って
思い込んだのかもしれないなあ」
お師匠様とミールムさんは同時にため息を吐きます
シルワさんのその懸念は、完全に誤解だったのだと
泉の精霊に伺っています
「ただね、違ってるところもあってさ」
アイフィロスさんは目と手は玉子に集中しながらも
話しを続けました
「日の出村の疫病は、人から人へ感染して
あっという間に村中に拡がったらしいんだ
ただ、この森じゃ、エルフからエルフには
うつらなかった
最初に、かなりの数のエルフが、一斉に発病してさ
そのときは大変だったんだけど、それ以上に状況は
深刻になることはなくて
徐々にだけど、疫病は収束していったんだ
もちろん、シルワや、治癒魔術師たちの指示を
みんなが真面目に守ったってのも、あるかもだけど」
「確かに、エルフさんは基本、真面目やし
自分らが病気に弱い、っちゅうのは
嫌ってほど、自覚してはるからね
いろいろと用心はするんやろうけど」
「それにしたって、そんなに感染力の強い病気なら
エルフに拡がらなかったってのは妙だね」
「エルフと人間の体質の違い?とか?」
「いや、それはあるだろうけど
でも、どっちかと言うと
エルフの方が、病気には弱いよね
同じ病気に罹ったって、エルフの方がたいてい
症状も重くなるし、回復にも時間がかかるもんだ
エルフの方が軽く済むって
やっぱり、妙だよ、この病気」
「シルワさんや治癒術師の手当が早くて
めっちゃよかったとか?」
「対処が早かった、はあるかもね
シルワは、ずっと、何かあるかも、と思って
構えてたんだろうし、そのおかげで
すぐさま、手を打てたのかもしれない
術師の人数もたくさんいたんだろうし
いざってときのエルフの団結力も
侮れないとは思う
だけど…
にしたって、やっぱり、妙な気が…
いや、そっか
エルフが人間よりも強い領域っ、てのも
ないこともない、よね?
それってさ…」
ミールムさんは腕を組んで首を傾げました
「やっぱ、これ、ただの病気じゃなくて
呪いだったんじゃないの?」
お師匠様は目を丸くしてミールムさんを見ました
「え?けど、泉の精霊さんは、ネムスさんのせいやない
って、はっきり…」
「泉の精霊じゃなくて、別の呪い、とか」
「そんなあっちこっちに、呪いみたいなもん
あるんか?」
「それは分からないけどね」
お二人は互いに首を傾げ合いました
「…けれど、今も、その日の出村は
呪われている、んですよね?」
何気なく言った私を、お師匠様もミールムさんも
まじまじと見つめられました
「まさか、とは思うけど」
「もしかして、疫病の原因は日の出村のほう、とか?」
お二人はお互いのお顔をまじまじと見合わせました
「いやなんで、その可能性を考えへんかったんやろ?」
「日の出村の連中はエルフにうつされた、って
言ったんだっけ?」
「そんなん、そっちのほうが言いがかりやったかも
しれんやんか」
「むしろ、原因は自分たちって分かってたから
余計にエルフに責任を押し付けようとした?」
お二人は、同時にうんと頷きました
「シルワさんは、それを調べに行ったんか?」
「いや、だけど、百年も経ってるんでしょ?
そんなこと、調べられるわけ…」
いや、呪いなら、なにか残ってるかも、と
ミールムさんは付け足しました
「シルワにしてみれば、ネムスにも関わることだ
はっきりさせておきたいって思ったかもしれないな」
アイフィロスさんは玉子の仕上がりを確かめるように
あっちこっちひっくり返してみながら、おっしゃいました
「けど、なんでまた、今になって、そんなこと…」
言いかけたお師匠様と、ミールムさんとは
ほとんど同時に叫びました
「そうか、ノワゼットさんや!」
「そうか、ノワゼットか!」
「あのお人、なんや、秘密があるとか
ぬかしてはったもんなあ」
「シルワの許しがなければ、誰にも話せない
なんて、はぐらかされて、その後、いろいろ忙しくて
すっかり忘れてた!」
「なあんでまた、話してくれんかったんやろ?」
「なにかさ、話せない事情っての?あったのかもだけど
その事情ごと、話してくれりゃよかったのに」
お二人は同時にため息を吐いてから
お師匠様は、少しだけ恨めしそうにミールムさんを
見ました
「ミールムさんが怒るから、怖くて話せへんかったんと
ちゃう?」
「僕よりグランのほうが、よっぽど怖い顔をしてると
思うけどね」
お二人は、むぅ、とにらみ合ってから
いやいや、こんなことを言っている場合じゃない、と
同時におっしゃいました
「やっぱり、その日の出村には
是非とも、行ってみなあかんわ」
勢いよく言い切るお師匠様に
ミールムさんは、やれやれ、と肩を竦めました
「僕ってさあ、実は、アイフィロスに賛成なんだ
余計なことに首突っ込んで、マリエを危険な目に
合わせるくらいなら、じっと待ってるほうがいい、って
本来なら、どっちかってっと、そっち側なんだけどさ」
ミールムさんはどこか諦めた笑みを浮かべました
「猪突猛進のグランはもう、言わずもがなだし
マリエだって、神官としての務めもあるだろうから
行かないって選択肢は、君らにはないだろう?
なら、行くしかないよね?
でも、行くからには、ちゃんと準備もしておかないと
って思うし、事前に打てる手は打っておきたいんだよね」
ミールムさんは、ちらり、と
アイフィロスさんを横目で見ました
「奇遇やなあ
それ、わたしも、めっちゃ、そう思うわ」
お師匠様はにこにこ笑って何度も頷きました
それからアイフィロスさんにむかっておっしゃいました
「呪いを回避する道具、とか、アイフィロスさん
なんか、ええもん、ないのん?」
アイフィロスさんは、げっ、とおっしゃいました
「なんで、オレにそんなこと…」
お師匠様は、にやり、と笑いました
「あんたのあの小屋
め~っちゃ、いろんなもん、入ってるやんか
あんな、いろいろ、あったら
呪い避けのひとつやふたつ、ありそうやんか?」
「この森にいたって、使い道はないよね?
ちゃんと壊さずに返すし、もし壊したら
ちゃんと、もう一度、買ってきて返す
だから、貸してくれないかな?」
ミールムさんもダメ押しとばかりに付け加えます
アイフィロスさんは、はいはい、と
諦めたようにおっしゃいました
「いいよ、別に、壊しても
返してくれとも言わないよ
本当に、ただ溜めてあるだけで
取り立てて使う予定もないものだし
好きなだけ、持って行きなよ」
おふたりは、わーい、と歓声をあげると
早速、物色をしに、物入れの小屋へと
一緒に走って行かれました




