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その声はお師匠様とミールムさんにも
聞こえたみたいでした
おふたりは、目を丸くして、小さい人の周りに
しゃがみこみました
「これは、珍しいな
こんなところで、精霊を見かけるなんて」
「へえ、これが、精霊かいな
こんな近くにおるとは、思わへんかったわ」
「へへっ、僕は、精霊界でも、変わり者、って
呼ばれてるんだ!」
精霊さんは自慢げにそうおっしゃいました
お師匠様とミールムさんは、顔を見合わせて
こそこそとおっしゃいました
「変わり者って、誉め言葉だっけ?」
「しっ、聞こえるやろ
折角、気ぃ善ぅ、出てきてくれてはるのに」
精霊さんはそんなことは気にも留めずに
ぴょん、と飛んで、私のお膝に乗っかりました
「涙をくれたお礼に、なにか困ってるなら
力になってあげるよ
僕ってば、レイギタダシイ、精霊だから
もらったら、ちゃんと、お返し、するんだよ」
「自分から、礼儀正しい、言わはったよ?」
「しっ、いいから、今は黙って様子を見るよ」
ゴキゲンな精霊さんに、思わず、まじまじと
見入ってしまいます
精霊さんは私たちの注目を集めて嬉しいのか
くるくるくる、と爪先立ちで回ってから
優雅にお辞儀をしてみせました
その仕草があまりにも見事で可愛らしくて
みなさん一斉に拍手をしていました
すると精霊さんは、ますます嬉しそうに背中をそらせて…
そらせて…そらせて…
あ!危ない!
急いで出した手のひらに、こてん、と後ろ向きに倒れてから
大笑いを始めました
「あははは!あははは!
この世界って、なんって、楽しいんだろう!!」
「…あの、それは、なにより、です…」
「だよね~っ!」
精霊さんは、本当にゴキゲンに、今度は私のてのひらで
くるくると踊りながら歌いだしました
「さあ、願い事はなににする?
チイかメイヨかはたまた、トミか」
「ほんまに、あの精霊さん、そんな願い事
叶えてくれるんかな?」
「どうだろ
そもそも、チイ、とか、メイヨ、とか
意味分かって言ってるかも怪しい…」
おふたりとも、声をひそめてはいらっしゃいますけれど
それ、聞こえているような気もいたします…
私は、それならば、と精霊さんに尋ねました
「ここの畑をいつもお世話している、ノワゼットさんを
ご存知ですか?」
「ああ!もちろん!知ってるよ~
あの子はさあ、目の前に姿を現しても
全然、気づかなくて
髪、引っ張っても
音を立てて、道具、ひっくり返しても
それが精霊の仕業だなんて、これっぽっちも
思わないんだよね~」
「信じてないと精霊って見えないんだよね」
「あのお人は、真面目そうやからなあ」
「それはそれは
気づいてもらえなくて、少し淋しかったですね?」
「そう!そうなの!
僕、淋しかったの!」
精霊さんは、うんうんと頷くと、涙を抑える真似をしました
けれど、すぐにまた、ぴょ~んと飛び上がりました
「でも、今日、君に会えた!
だから、もう、淋しくなくなった!」
高く飛び上がった空中で、くるくるくる、と三回転
そのまままた手のひらに舞い降りて、フィニッシュと
ばかりの優雅なお辞儀
本当に、見ていて少しも飽きません
「それで?その子のことは知ってるけど
願い事は、なに?」
こくん、と首を傾げて、こっちを見ています
その愛らしさに、思わず、胸のあたりが、きゅん、と
してしまいました
「あっ!
あざと可愛いは、僕の任務なのに!」
「あははは、こいつはお役を取られはったな」
「あ!いえ、あの…
えっと…
その子…ノワゼットさんが、どこへ行ったか
ご存知ありませんか?」
「さあねえ
なんだかすごく慌てて出かけて行ったよ」
「おひとりでした?」
「ひとりだった
雨降ったら困る、とか言って、窓、閉めたり
なんだか、大きなカバンにいろんなもの、詰めたり
すごく、忙しそうだった」
独り言を言いながら、大急ぎで旅支度をするノワゼットさん
なんだか、その光景が目の前に見えた気がしました
「他には、なにか、言いませんでしたか?」
「忙しいの他に?
うーん、なんだっけ…」
精霊さんはしばらく頭をひねって考えていましたが
あっ、と手のひらを拳で叩きました
「シルワシ、って、何回も言ってた
でも、シルワシ、って、なんだろう?
そんな言葉、知らないなって、思ったんだ」
「それは、シルワ師、ですね?
シルワ先生、というくらいの意味かと」
「ああ!お師匠様の師、なんだね?
うん、勉強になったよ!」
精霊さんはとても物分かりがよいようでした
「僕さ、もうこっちに来て、結構長いんだけど
こっちの言葉って難しいでしょ?
だから、一所懸命、勉強、してるんだよ?」
「それは、たいそうご立派ですね」
「ふふ、褒められちゃった」
精霊さんはまたとても嬉しそうにしました
「そうそう、でね、そのシルワ師がぁ…
ヒノデムラ?
ああ!日の出村か!
でも、日の出村、ってなに?
もしかして、お日様の住んでる場所?」
「…あー…お日様は、天の高いところにいらっしゃるので
地上にはいらっしゃいません
日の出村というのは、どこかの村の名前…
えっ?…日の出村?
確かにそうおっしゃったのですか?」
「うん
シルワシがヒノデムラ、って…」
「シルワさんは、日の出村、というところに?」
私は急いでお師匠様とミールムさんを振り返りました
お二人は、うんうん、と頷かれました
「教えていただいて有難うございます!」
私は大急ぎで、精霊さんを土の上に下ろしました
とにかく、急いでその、日の出村、について
調べなくてはなりません
「なになに、お安い御用だよ」
精霊さんは地面に立って、にこにこと手を振りました
「それで?願い事は?」
「あっ、それはもう、叶いました!」
私は大急ぎで立ち上がると、精霊さんに
丁寧にお辞儀をしました
「いや、僕、何も、してないけど?」
「ノワゼットさんの行先を、というか
シルワさんの行先を、知りたかったのです
とても、助かりました」
「うーん…
こんなんじゃ、お礼になってない
僕はレイギタダシイ精霊、なんだよ?」
精霊さんはなにやらご不満なようでした
「それならば…」
私は畑を見ていいことを思い付きました
「この畑を守ってくださいませ
ここの主が、戻ってくるまで」
「そんなことでいいの?
それって、チイでもメイヨでもないよね?」
「畑の作物が枯れないことは、とっても大切なことです」
私は力を込めて申しました
すると、精霊さんは、ふ~ん、と納得したような
しないような顔をしました
「まあ、いいや
僕、君のことは、気に入った
また気がむいたら、ここにおいでよ
こっちの世界のこと、いろいろ教えてくれたら
今度こそ、チイとかメイヨとか、叶えてあげるよ」
「チイとかメイヨはともかく
また、お話しできると嬉しいです」
それでは、と手を振ると、私は大急ぎに急いで
駆け出しました




