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明るい陽光の眩しい、そこはとびきり綺麗な場所でした

泉の中央からは、こんこんと水が湧いています

小さな川があって、泉の水はその川へと流れていました


泉の水も、川の水も、光を反射してきらきらしています

それどころか、木の葉も草花も、みんなきらきらしています

よく見ると小さな露が下りていてそれが光っているのです

まるい玉のような透明の露は触るところりと転がりました

綺麗な綺麗な水滴なのです


確かにここは綺麗な場所でした

綺麗だというだけではなく、神聖な場所にも思えました

私は思わず膝をついて、祈っておりました

作法は違っているかもしれませんけれど

精霊様に祈るのは、どの種族も変わらないはずです

そんな私に、シルワさんは微笑んでくださいました

何故だかその微笑みを、とても温かく感じました


泉の傍に、小さな小屋がありました

戸口から中全体が見渡せるくらいの小さな小屋です


「ここが、わたしたちの暮らしていた家です」


シルワさんは小屋に私たちを案内してくれました


小屋の戸に鍵はかかっていませんでした

悪さをする人なんて、きっとここにはいないのでしょう

けれどもそれは、簡単には開きませんでした

シルワさんは慣れた手つきで、戸を少し揺さぶりました

すると、きぃ、と音を立てて、扉は開きました


小屋のなかは閉め切ってあった部屋の匂いがしました

カーテンを開くと、大きな窓から光が差し込みました

小さなほこりが、きらきらと舞い上がります

明るくなった部屋の片方の壁に、大きな傷がありました

前に伺ったお話しを思い出しました


シルワさんは弟さんを連れて逃げようとなさいました

そこへたまたま訪れたご友人を思わず攻撃してしまいました

壁の傷はそのときにできたものです


弟さんのことも

ご友人のことも

シルワさんはとても後悔なさっているようでした


けれども、もし同じ状況にあったら

私にもどうしたらいいか分からなかったと思います

なんて悲しい運命だろうと思いました

あのときああしていたら

このときこうしていたら

そういう後悔がきっとたくさんおありでしょう


シルワさんのお人柄は、この一年で多少は存じております

いつも穏やかで、お優しい方です

自分のことより、他の人を優先する

それが当たり前になっているような方です


弟さんをお育てになったのはシルワさんでした

きっと想像もつかないようなご苦労もあったことでしょう

それでもシルワさんは辛かったとはおっしゃいません

むしろあの頃はとても幸せだったとおっしゃるのです


小屋は柱も壁も丁寧に磨かれてすべすべしていました

ただ、壁についた傷だけが、ぎざぎざにささくれていました

私は、思わずその傷に手を触れようとしました

その手をそっと押しとどめたのはシルワさんでした


「聖女様

 お怪我をなさいますよ?」


私ははっとして手を引っ込めました

それは、シルワさんの心の傷のようにも思えました

軽々しく触れてはいけないものだったのだと思いました


「そんな傷、ちょちょいと直したるわ」


横で見ていたお師匠様がおっしゃいました


「道具はあるし

 板、ないんか?

 森の木は勝手に切ったらあかんやんな?」


なんだかちょっと怒っているような口ぶりでした


「板なら郷の方に頼めば分けていただけると思いますけど」


シルワさんはちょっと困ったように答えました


「ほうか

 ほんなら、さっさともらいに行こうか」


お師匠様はそそくさと行こうとします

けれど、ちょっと足を止めて振り返りました


「て、わたし一人やと、郷に辿り着かへんやん

 あの妙な歩き方せなあかんのやろ?

 シルワさん、ちょっと、案内してんか」


シルワさんは戸惑っていらっしゃるようでした


「…いや…あの…

 まだみなさんにお茶もお出ししてませんし…」


「お茶なんか

 後でわたしがなんぼでも淹れたる

 それより、その辛気臭い傷

 放っておいたって、なあんもええことあらへん

 嬢ちゃんかて、悲しそうな顔してるし

 ええから、早よ、案内し」


お師匠様は追い立てるようにおっしゃます

仕方なく、シルワさんは郷に行くことになりました

私たちも、成り行きでそれについて行くことにしました


「異種族がこんな大勢でぞろぞろ行ったら

 エルフさんたち、怒りませんかね?」


フィオーリさんは軽くそうおっしゃいました

言ってる割には取り立てて心配しているふうでもありません


「あの人たちなら、もうとっくに僕らには気づいているさ

 それでも攻撃も咎めだてもされてないからね

 まあ、我関せず、ってとこじゃないの?」


「エルフさんってのは、つくづく謎な種族やなあ」


お師匠様はちらりとシルワさんを見ておっしゃいました


「気になるなら、気になる、て、見に来たらええし

 お前ら何しに来てん、て、直接聞いたらええやんか」


「いや、別に気にならないんじゃないんっすか?」


「気にならへんの?

 ぞろぞろと家の中、入ってきてんのに?

 それは、かまへんのん?」


「森はエルフだけのものではありませんから

 生きとし生ける、この世界に存在する全てのものです」


「って、ここ、あんたらの家みたいなものなんやろ?」


お師匠様は首を傾げました


「あんな妙な目くらましや迷いの術までかけて」


「同族の招いた客人なら、知らん顔をする

 ってとこかな?」


「そうですね

 エルフがいなければ、入ってくることすら不可能なので」


ふうん、とお師匠様は、返しました


「まあ、ええわ

 それがエルフさんの流儀や、っちゅうこっちゃ」


まだなんだか不満そうにお師匠様は頷きました


そのときでした


くるりと木を回ったところに、ひとりのエルフがいました

突然現れたその姿に、私たちは全員、驚いて足を止めました


エルフは真っ直ぐにシルワさんを見つめていました

周りの私たちのことは、目に入っていないようでした

それから、シルワさんに駆け寄ってくると

いきなりその前にひざまずきました


「ごきげんよう、シルワ師

 よくお帰りになられました」


「…ごきげんよう…、ノワゼット

 申し訳ないことに、帰ってきてしまいました…」


「ご、ごき?ごき?」


思わずそう繰り返したら、お師匠様に嫌な顔をされました


「その言葉、なんや不吉な響き、するから

 あんま連呼せんといて」


それはどうも申し訳ありません


しかし、あまりにも聞き慣れないご挨拶だったので

ちょっと驚いてしまったのです


それにしても、ごきげんよう

なんて、シルワさんに相応しい

どこか雅やかな香りさえいたします

妙なところに感動してしまいました






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