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エルフの森の泉に着いたのはまだお昼前でした

あれから、時間はまだそれほど経ってはいないようです


旅をしていた荒野には、日を遮るものはなくて

灼熱の大地と化しておりました

けれども、森に囲まれたここは

暑さも幾分かは和らいでいて

きらきらと跳ねる泉の水は

夏を心から楽しむかのように見えました


ここのところ、昼間寝て、夜、動く、という生活を

しておりました

だから、この時間ならば、これから休息を取らなければ

ならないはずでした

それでも、そのとき、私たちはそれほど疲れを感じては

いませんでした

これも、泉の精霊のおかげなのか

それとも、シルワさんにようやく追いついた、という喜びが

疲れを忘れさせていたのでしょうか


シルワさんは、きっと迷宮にむかったに違いありません

けれど、あの玉子の鍵なしに、あの迷宮を抜けることは

難しそうです

私たちは、まずは、アイフィロスさんの木のお家を

訪ねることにしました


「あいつにはさ、一言、言っておきたいことが

 あるんだよな」


道々、ミールムさんはぷりぷりとおっしゃいました


「あ、あれか?

 いきなりアニマの木、切り倒した」


「あれは、アイフィロスさんにも、事情があったのかも

 しれません」


もしかして、危険な目になど合ってなければ

よいと思います


「まあ、その事情ってやつは、一応、本人の口から

 聞いておこうかなあ」


お師匠様はため息を吐いていました


そうして、むかったアイフィロスさんのお家でしたけれど


アイフィロスさんは、ちゃんとお家に

いらっしゃいました


そして、私たちを見ると、驚いたようなお顔を

なさいました


「おや、君たちの到着はもっと後になるはずだ、って

 シルワは言ってたけど…」


独り言のように呟いたその台詞を、私たちは

聞き逃しませんでした


「シルワさんは、ここに来たんか?」

「それで?その後、シルワはどうした?」


おふたりとも、それから私も

シルワさんの名前を聞いた途端に

アニマの木のことは、すっかり忘れてしまっていました

そのくらい今は、アイフィロスさんを責めるよりも

シルワさんを探すことのほうが、私たちにとって

大切だったのです


同時に質問をなさるおふたりに、アイフィロスさんは

ちょっと顔をしかめてからおっしゃいました


「君たちと合流するつもりだ、って、言ってたよ

 ただ、その前に、ひとつだけ

 片付けておきたいことがある、とも」


「片付けておきたいこと?」


「それが何か、は、知らない」


アイフィロスさんは軽く肩を竦めました


「一刻も早く、君たちの元へ帰りたい

 だけど、これだけは、って、言ってた

 ただ、君たちがここへ着く前に戻るつもりだ

 とも言ってた」


もし、あのまま歩いてここへむかっていたとしたら

あと、ひと月はかかったことでしょう

けれども、泉の精霊のおかげで、それは大幅に

短縮できました


「ということは、シルワさんはあとひと月近くは

 帰ってこえへん、ということかいな?」


「どこへ行ったか、見当もつかないの?」


どうかな?とアイフィロスさんは首を傾げました


「ノワゼットなら、もしかしたら

 知っているかもしれない、けど…」


ノワゼットさん?

そういえば、ノワゼットさんは、シルワさんとの間に

なにか秘密があるようでした

けれども、その秘密については

どう尋ねても、教えてはくださらなかったのでした


「分かった

 そんならそっち行って尋ねてみるわ

 ところで

 ノワゼットさんの家って、どこかな?」


お師匠様の判断は、いつもながら素早いです


「あー、それは、玉子に案内させるよ

 今から、玉子にノワゼットの家の場所を入れるから

 その間、ちょっと待ってて」


アイフィロスさんは、その辺の木の葉の茂った辺りに

手を突っ込みました

その手を引き抜くと、手の中にはあの、迷宮を案内

してくれたのと同じ玉子がひとつ握られていました


「あの、シルワさんは、霊体のお姿でしたか?

 それとも、からだに戻ったのでしょうか?」


行きかけるアイフィロスさんの背中を引き留めるように

私は声をかけました

アイフィロスさんはふと足を止めて

こちらを振り返りました


「最初に来たときには、霊体だった

 全身に妖精の粉をつけてさ

 きらきら光ってるから、何事かと思ったのさ

 そんな姿をして、迷宮の裏口を開けろって言うから

 素直に開けてやった」


そうでした!

あの迷宮には裏口があって、そこからなら

迷わずに最奥部まで入ることも可能ですし

そこから一瞬で戻ってくることも可能なのです


「すぐに戻るから裏口は開けておいてほしいって言うから

 その通りにした

 そうしたら、しばらくしてから、エルフの姿になって

 戻ってきた

 だから、今のシルワは、霊体じゃなくて

 実体になっている、と言えばいいのかな?」


つまり、シルワさんはここへ戻った目的は

ちゃんと果たしたということです


「それにしても、一度、裏口を教えたら

 何度もそこを通せって言うんだからね

 迷宮の意味、ないよね?」


アイフィロスさんはちょっとご不満のようでした


「ネムスの棺を守る、っていう意味はあるんじゃない?

 あれって、同族に見つかったら

 けっこう、ヤバいんでしょ?」


ミールムさんの指摘に、ああ、そうだった、と

アイフィロスさんはおっしゃいました


それから、背をむけたまま、ぽつり、と

おっしゃいました


「なんか、さっきから、普通に喋ってるけど…」


そこでいったん言葉を切って深呼吸をしてから

思い切ったように、続けられました


「シルワに、怒られた

 なんで、いきなりアニマの木を伐ったんだ、って」


みなさんすっかり忘れていたお話しを

わざわざアイフィロスさんの方から

始められて、かえってちょっと

驚かれたようでした


「長老に見つかった、とか、そういう理由なら

 仕方ない、って言うからさ

 最初は、そう言おうかな、って

 思ったんだけどさ」


そういう言い方をなさると、嘘をついて誤魔化そうと

したけれど、誤魔化すのはやめた、と聞こえます


「どうせ、あいつには、嘘をついたって、すぐバレる

 だから、正直に言った

 お前とネムスを、半永久的にあの迷宮で眠らせて

 おきたかったんだ、って

 もう二度と、誰にも、お前たちのことは傷つけさせない

 お前たちふたり、オレが、ずっと守っていてやる、って」


アイフィロスさんは少し深いため息を吐きました


「聖女ちゃんたちを精霊界に閉じ込めれば

 霊体のシルワなら、絶対にそっちへ行くだろうって

 考えた

 帰り道をなくした聖女ちゃんたちは

 もう二度と、こっちには戻ってこられないかもしれない

 聖女ちゃんたちは、巻き込んで悪かったとも思うけど

 精霊界じゃ、時間も経たないし、飢えも渇きもしない

 って言うじゃないか

 なら、シルワと一緒に、永遠にそこにいられるなら

 それも悪くないんじゃないか、って」


アイフィロスさんはゆっくりとこちらを振り返ると

許しを乞うように、膝をつきました


「悪かった

 あのときは、魔が差した、んだと思う

 シルワもネムスも、絶対に失いたくない

 ずっと、そう思っていたから」


「シルワさんは、そんなアイフィロスさんのお気持ちを

 ちゃんと分かっていらっしゃいましたよ」


私はアイフィロスさんに歩み寄って

自分もその前に膝をつきました


「それに、それを聞いても、どなたも

 怒ったりはなさいませんでした

 ただ、みなさん、アイフィロスさんもノワゼットさんも

 シルワさんのことが、それほどにまで大切なんだ、って

 おっしゃってました」


「もう、それは、ええやんか

 なんにせよ、わたしらかて、こうして

 戻ってこられたんやし」


「フィオーリだって久しぶりに家族に会えたしね

 僕も、久しぶりにホビット料理をたらふく食べたから

 それでよしとしておいてあげるよ」


お師匠様とミールムさんもおっしゃいました


「まあ、暑いとこ歩かされてえらい目にあったとか

 フィオーリがまた迷子になったとか

 いろいろあったけども

 それも、アイフィロスだけのせい、ってわけじゃ

 ないしね」


ただ、ミールムさんは、ちょっとだけ不満そうに

付け足しておられましたけど


「本当に、申し訳ない」


アイフィロスさんは本当に後悔しているように

頭を何度も下げました

私はアイフィロスさんの手を取って

そのお顔を覗き込みました


「アイフィロスさん、もうどうか

 この手をお上げくださいな

 そもそも、謝っていただく必要もありませんし

 お気持ちも、ちゃんと届きました」


アイフィロスさんは、私の目をじっと見つめ返しました

それから、ふっと、微笑まれました


「嫌になるな、もう、本当

 シルワの気持ち、すごくよく分かる

 それにしても、あいつってば、本当

 幸せなやつだな」


アイフィロスさんは、どこか楽しそうにおっしゃいました


「シルワは、聖女ちゃんに迷惑をかけたくないから

 霊体になった、んだってさ

 けど、いざ、本当にそうなったら

 今度は、あまりの役立たずっぷりに

 呆然としたんだと

 まあ、シルワらしいといえば

 究極にシルワらしい、よね?

 いつも、何をするのも、君のため

 君が一番、大切なんだ」


アイフィロスさんは、くくっと苦笑いをしました


「あいつはずっと、誰かのために生きているようなやつ

 なんだ

 親がいたころは、親のために

 ネムスが生まれてからは、ネムスのために

 そして、今は、聖女ちゃんのために

 オレはずっと、シルワ自身の幸せのために生きれば

 って、思ってたんだけどさ

 そうやって誰かのために生きることが

 シルワにとっての幸せなんだな」


それから、さっきよりもっと、鮮やかな

笑顔になりました


「だけど、あんたのためなら、それも悪くないかな

 だって、あんたなら、そんなシルワのこと

 絶対、幸せにして、くれるよね?」


それはまた、過大な期待というものです

けれども、私は、お断りはできませんでした


「あの、私、至らないこともあるかもしれませんけれど

 精一杯、努力、いたします」


すると、アイフィロスさんは、満足そうに

笑ってくださいました


「迷宮なんて、もう、いらないんだ

 そんなふうに、閉じ込めて守るんじゃなくて

 君たちなら、シルワのこと、本当に救ってくれる

 シルワを絡め取ろうとしている暗い闇から

 本当の意味で、シルワを守って、解放してくれる」


アイフィロスさんは私の手を握って

よろしくお願いします、とふり絞るような声で

おっしゃいました


「どうか、シルワのこと、本当に幸せに

 してやってください」


あ、はい、頑張ります、と

私も、精一杯お答えしました






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