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そうこうしているうちに、足の下に

固い地面を感じました

どうやら、穴の底に辿り着いたようでした


穴の底にもフィオーリさんの姿は見えません


穴の底は、井戸のように円くなっていて

両手を広げると、ちょうど指先が両端につくくらいの

広さがありました


お師匠様は光をかざして、穴の周囲の壁を

ゆっくりと観察しました

すると、ぼんやり照らされた明りのなかに

小さな、丸い、横穴が見えました


「とりあえず、あっち、行ってみるかな?」


「その前に、ミールムさんの羽を少し見せてください」


穴の底は乾いた地面で、草や土はなく、少し固い岩場の

ようなところでした


お師匠様は急いでご自身のフードを脱ぐと

それを枕にして、ミールムさんを地面に横たえました


ミールムさんは、小さく、う、と声を漏らしましたけれど

目は開きませんでした


「けど、聖水は、ないやろ?」


心配そうにこちらを御覧になるお師匠様に

私は、はい、とお答えしました


「けれど、シルワさんの泉で汲んできた水があります

 あれなら、癒しの効果もあると思うのです」


「あ!そうか!

 あれが、あったか!」


お師匠様は、嬉しそうに手を叩きました

その声は、穴の中にわんわんと響いて

ミールムさんが、また少し、うぅ、とおっしゃいました


私は頷くと、リュックの中から、泉の水の入った瓶を

取り出しました

本当に、これをもらっておいてよかったです


泉の水はこんな暗闇の中でも、ほんのりと光を

放っていました

これは、期待できるような気がいたしました


道中、必要なときに使ってきたので

それは、最後の一本でした

大事なところで、大事な水をこぼしたりしたら大変です

私は、全身全霊を込めて、慎重に、慎重に、瓶の蓋を

取りました


「…嬢ちゃん、わたし、代わろうか?」


私の手つきを見て、お師匠様がおっしゃいました


「いえ

 …あ、でも…

 やっぱり、お願いします」


最初は、自分でやらなければ、と思いましたけれど

やっぱり、お師匠様にお任せした方が安心な気がして

私は、瓶をお師匠様にお渡ししようと…


「あっ!!!」

「あ!ごめんっ!」


なんということなのでしょう!

こんなところで、お約束、などいらないのです!

大事な大事な、最後の一本だったというのに!


私は手を滑らせ、瓶はお師匠様の手もすり抜けて

落ちて割れてしまいました

そして、大切は水はすべて地面に零れてしまいました


「ごめん!いらんこと言うた!

 わたしのせいや!ごめん!」


お師匠様は頭をかかえて嘆きます

そんなふうにおっしゃってくださいますが

もちろん、お師匠様に非はありません


「せめて!」


私は濡れた地面に自分の手をこすりつけると

その手でミールムさんの羽に触れました

何度も、何度も…

こんなことに癒しの効果があるのかは分かりません

というか、これは却って、逆効果かも?

けれども、そのときは、とにかく、必死でした

貴重な水を、一滴でも、ミールムさんのために

使いたいと思ったのでした


「っ、たっ…」


思わず、小さな声が漏れてしまいました

見ると、瓶の破片で切ったのか、あちこち

傷になっていました


これは!いけません

泉の水に、私の血が混じってしまいます


慌てて、ミールムさんに触れる手を留めました


そのとき、でした

ずっと、目を閉じていたミールムさんは

急にかっと目を開くと

さっきまで気を失っていたのは嘘のように

突然、起き上がりました


そして、宙で止めたままの私の手首を

強い力でぎゅっと掴みました


「マリエ!」


その声の調子に、私は驚いて、息を呑みました

ミールムさんは…

割と、普段から怒りんぼさんで、ぷりぷり怒っているのは

日常茶飯事なのですけれど

そのときの怒り方は、そのいつもの、とはまったく違って

いました


強く掴まれた手首は痛いくらいです

けれども、私の目をじっと見つめたミールムさんの視線の

方が、ずっと痛みを感じました


「…あの、申し訳、ありません…」


思わず、謝ってしまいます

すると、ミールムさんは、はっとした顔をして

いや、ごめん、と呟きました


「マリエ、怪我、してるでしょ?

 僕は癒しの術は使えないし

 ここにはシルワもいないのに…」


ミールムさんは少し大きめのため息を吐きました


「グラン、薬草と清潔な布、持ってる?」


「あ?

 ああ!傷薬やったら、あるで?」


お師匠様はそう言うと、急いでウエストポーチから

小さな薬瓶と綺麗な布を取り出しました


「君のそのポーチも、いい加減、マリエの

 リュック並だね…」


ミールムさんはぼそりとおっしゃると

私の手に薬を塗って、布を、ぐるぐる、ぐるぐる、

ぐるぐるぐる…


「あの、わたし、やろか?」


思わず、というように、お師匠様は手を伸ばしました

ミールムさんは、ふん、と言って、お師匠様に

布を渡しました


「まあ、まあ、何事も、得意分野っちゅうもんは

 あるもんや」


お師匠様は、ちょっと苦笑してから、私の手に

器用に布を巻いてくださいました


手当をして頂きながら、私はミールムさんに

謝りました


「ごめんなさい

 …私、あの、大切な水を、やっぱり、零して

 しまいました…」


「そこに、やっぱり、って付けるの

 いい加減、やめた方がいいよ

 君はいっつも自分が失敗するんじゃないかって

 思ってるでしょ?

 その気持ちが強すぎて、だから、却って失敗するんだ」


そう言ったミールムさんの怒り方は

いつのも怒り方、くらいでした


「…あの…、それは、申し訳、ありません…」


「謝らなくていいから、気を付けて

 少しでも気を付けていれば、それなりに

 少しずつ、改善する」


「分かりました」


励ますように笑ってくださるミールムさんに

私も笑い返します

本当に、私の周りの方々は、みなさん

お優しい方ばかりです


「それに…」


とミールムさんは言いかけて

私のほうへ背中を向けてみせました


「おかげさまで

 僕の羽、治った」


「あら!

 本当、です」


ミールムさんの羽は、すっかり元通りになって

いえ、いっそ、前より少し立派になったようにも

見えました


零れた水でしたけれど、必死に急いでこすりつけた

甲斐があったかもしれません


「もしかして、その羽、光ってます?」


立派になって見える理由はすぐに分かりました

この暗闇のなかで、ミールムさんの羽は

七色にきらきらと光っていたのです


「…君のおかげだよ」


ミールムさんはそう言うと、立ち上がって

軽く羽を羽ばたかせました

ちらちらちら、と妖精の粉が

そこから零れ落ちるのが見えました


「これは、すごい

 僕、レベルアップしちゃったかも」


ミールムさんは嬉しそうに肩を竦めました


様子を見ていたお師匠様は

よかったなあ、と私の頭を撫でてくださいました

私も、嬉しくなって、はい、と頷きました


そのとき、でした


地面に零れた泉の水が、突然、眩しく光り始めました


「え?なに?

 今度は、なに?」


お師匠様は慌てて立ち上がると

ミールムさんとふたりで、私を背に庇うようにして

壁際に寄りました


その私たちの目の前で、泉の水はますます青く光り

そこにゆっくりと、人の影が立ち上がるのが見えました




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