表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/127

63

すいません

調子に乗って、途中から、かなり脚色してしまいました


ジョヴェはそう言って頭を下げました


「いいえ

 とっても分かりやすく語ってくださいました

 本当に有難うございます」


すっかり話しに引き込まれていた私は

涙でぐしょぬれになったハンカチを軽く絞りました


いつの間にか話しに夢中になって

畑仕事もそっちのけに、その日は一日かけて

オクサンの物語を聞くことになってしまってました


フィオーリさんの家族のみなさんも

大事な調べものなんだから、いいよ、いいよ、と

話しを続けさせてくださいました


「それにしても、なんて悲しいお話しなのでしょう

 もう過去の、ずっと前に

 終わってしまったことですけれども

 自分がもしも、その場にいられたら

 もしかしたら何かして差し上げられたのかもしれないのに

 そう思うと、本当に、涙が止まりません…」


「流石、ホビットさんや

 やっぱり、語り部の才能あるなあ」


お師匠様もため息を吐きながらそうおっしゃいました


ミールムさんは少し離れたところから

さめた目をしてこちらを御覧になっていました


「そのなかでちゃんと記録にあったのは

 オクサンが恋人を守ろうとしたこと

 獣と戦うために、わざとオークになったこと

 オークになったオクサンをその友だちが

 氷室に閉じこめたこと、くらいかな?」


「ひとりで郷に戻ったのも

 その日、初雪が降ったのも

 記録にありました

 あと、恋人と喧嘩をした、というのも

 親友がひとりついていったというのも

 記録に残っています

 氷室の入り口に食料が残されていて

 それが何者かに食い荒らされていた、という

 記録も、ちゃんとあります」


ジョヴェは丁寧に付け加えました

その小さな点をつなげて、あのお話しになったのでしょうか

だとすると確かに、語り部の才能かもしれません


「それにしても、ひとりで戦おうとしなくったって

 仲間に言えば、みんな一緒に戦ってくれたでしょうに」


フィオーリさんは鼻のあたりを手の甲で抑えつつ

おっしゃいました


「元はと言えば、自分が恋人を連れて行ったせいだと

 思っていた

 自分の交渉の仕方が、まずかったと、責任を感じていた

 それに、獣と戦うとなると、仲間に犠牲を出す

 可能性もある

 なにより、仲間を傷つけたくなかった

 ってとこかな?」


ミールムさんは淡々とおっしゃいました


「獣のことも、記録にあったのかな

 その描写が正しいとすると、それは多分、精霊だね

 一度交わした契約を決して曲げないところも

 ものすごく精霊っぽいよね?」


それはお話しを伺いつつ、私も感じておりました


「それは、もしかして違う対処をなされば

 違った結果を得られたかもしれません」


「精霊と言葉を交わすには

 よくよく気を付けないといけないからね

 精霊ってのは、気まぐれに力を貸してもくれるけど

 いつも人間の都合のいいように動くわけでもない

 あいつらは、僕らとは違う世界則のなかで生きているから

 僕らの当たり前は精霊の当たり前と同じではないし

 僕らなら、このくらいは大丈夫だろうと思うことでも

 やつらには、絶対に譲れないこともある」


「そういうのはやっぱり神官さんの得意分野やろうけど

 ここには、神殿もないし、神官もおらんからなあ

 やっぱり、エルフさんや人間さんみたいに

 精霊の研究ってのもせなあかんのかなあ」


「もし誰か、もう少し精霊に詳しい人材があったら

 よかったのかもしれないけど

 それにしたって、時間もなかったからからねえ

 他所へ行って相談するってわけにもいかなかっただろうし

 まあ、どうしようもなかったんだろうなあ」

 

私たちは揃ってため息を吐きました


「もしかしたら、郷のみんなも

 オクサンにだけ辛い思いをさせた、って

 思ってたのかもしれないっす」


フィオーリさんはそんなことをおっしゃいました


「罪悪感があったから

 子どもたちに、この話しはしなかったってこと?」


「というより、話そうとして思い出すと

 涙が止まんなくなったんじゃないっすかね」


「あー…なんか、君、見てると

 よくわかるよ、その状況」


ミールムさんは、泣き腫らしたフィオーリさんの顔を見て

へへっ、と短く笑いました


「辛いことは忘れて前を向く

 ホビットはそういう生き物やしな」


お師匠様もうんうんと頷いています


「というより、小っさい子どもに、こんな悲しい話

 聞かせたくないっす」


フィオーリさんは、ずずっと鼻をすすりました


「そんなこと言ってるから

 大事な教訓も失われるんだけどね

 まあ、お気楽極楽なホビットに

 そんなこと言っても無理か」


「お気楽極楽とは、なんっすか!

 おいらたち、そんな呑気者の集まりじゃないっすよ!」


フィオーリさんは怒ったみたいに言い返しましたけれど

ミールムさんは、けっ、と言っただけでした


「それが三百年経って、なんも知らん子どもが

 オクサンを見つけて

 そんで、あれやったわけかあ」


お師匠様はしみじみとおっしゃいました


「あれは、ああなってよかったんじゃないの、って

 僕は思うけどね」


ミールムさんは、丘の上のオクサンの木を見上げました

みんなつられて、その木を見上げました


「とにかく、オクサンはホビットの殺戒を

 わざと犯して、オークになった

 つまり、シルワみたいな、オークになる病

 ではなかった

 それははっきりしたね」


オクサンのことを聞けば、シルワさんの病についても

何かわかるかもしれない

それについては、残念ながら、何もわからなかった

と言うしかありません


「それにしても、わざとオークになろうとする人が

 おるとは思わんかったなあ」


「まったくだね

 というか、わざとオークになる方法、なんてものが

 存在したことに驚いたよ」


「なんぼ大事なものを守るため、言うても

 オークになってしもたら、もう戻られへん

 それ分かってて、やるなんて…

 わたしなら、同じこと、できへんと思う」


「そんなこと、絶対にやらないでね?

 仲間を滅ぼす羽目になるのは、まっぴらごめんだ」


ミールムさんは私たちひとりひとりを見据えて

念を押すようにおっしゃいました


「それにしても、あの氷室にそんなことがあったとは」


フィオーリさんはそのことに少なからず

ショックを受けているようでした


「なんか、このままこの郷で幸せに暮らしていていいのか

 って、気になってきます」


「多分ね

 ほとんどのホビットは、君と同じこと思うんだと思う

 だからこそ、オクサンの色々は、秘密にされてたのかも

 多分さ、その親友は、オクサンの気持ちを無駄に

 したくなかっただろうから

 オクサンはさ、みんなが郷に戻って、平穏に暮らすことを

 何より、望んでいたんだろう?」


それにジョヴェも頷きました


「皆のところに戻った親友は、皆に言うんです

 オクサンが獣と戦って追い払ったから

 もうこの郷に住んでも大丈夫だ、って

 ただ、オクサンは、そのときに相討ちになった、って

 それを聞いたみんなは

 オクサンに感謝しつつ郷に戻った

 という記録があります」


「まあ、それ、完全に嘘ではないわなあ」


「戦って追い払った、は、事実だよね

 オークになって戦った、は言ってないんだろうけど」


「けど、氷室のなかには、オクサンが凍り付いておった

 わけやし、それ見て、本当のことには

 気づかんかったんかな?」


「オークになってしまったら、もう面影も何もないし

 もしかしたら、それがオクサンだとも気づかなかった

 って可能性はあると思う

 どこかからオークが迷いこんだかな?

 って、くらいじゃないの?

 だからって、退治しよう、とはならずに

 凍って動かないなら、とりあえず、そのままでいいか

 って地上最強お気楽極楽の民なら、思いそうだよね?」


「オクサン寝てはる横に、棚作って、チーズ貯めてはった

 もんなあ?」


「って、実際のところは知らないよ?

 なにせ、その辺りは、記録もなんにもないんでしょ?」


ミールムさんに視線をむけられて、ジョヴェは、ええ、と

頷きました


「いや、しかし、今、わたしらの調べることは

 それやない!」


お師匠様は突然拳を握ると、立ち上がりました


「わたしらのやらなあかんことは

 シルワさんの病を治す、っちゅうこっちゃ」


「オークになる病の原因と治療法、か」


ミールムさんは、うーん、と唸りました


「とにかく、ここにその答えはない、ということは

 分かった

 もうこれ以上ここにいる意味はないね」


「明日には、シルワさんを追っかけて出発するかな

 っても、むこうのほうから、こっちに合流してきはる

 かもしれんけど」


「…みなさん、もう、行ってしまわれるのですか?」


そう尋ねたジョヴェは、少し、淋しそうでした

けれど、ジョヴェは、すぐに付け足しました


「いえ

 みなさんが大事な使命を持って旅をしていらっしゃる

 ということは、僕も分かっています

 だから、お引き留めはしません」


「…ごめんなさい

 けれど、私たちは、またここに帰ってきます」


私はジョヴェの手を取ってじっとその目を見つめました


「みなさんは、私たちにも、家族のように

 温かく接してくださいますから

 私たちも、みなさんのことは、家族のように

 思っています」


「ぎょうさん、本読んで、ぎょうさん、勉強しといて

 今度、なんか困ったときには、真っ先に、あんたのとこに

 相談にくるわ」


お師匠様に励まされたジョヴェは、頬を赤くして

はい、と頷きました




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ