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獣は、オクサンにむかって、シャア、と白い息を吐きました

それは、冷たく鋭い吹雪の息でした

それから、突然、頭の中に声が響きました


お前か、我の寝床を荒らしたのは


寝床?

オクサンは首を傾げました


ここだ


と声が響いて、獣が氷室のほうに目をむけました


見つけたとき、氷室のなかには、たくさんのゴミが

うずたかく積もっていました

それは全部掃除して、綺麗に片付けました


けれどもあれは、この獣の寝床だったのでしょうか

確かに、言われてみれば、獣の寝床にも思えてきます


獣はまたシャアと吹雪の息を吹き付けました


即刻、出て行け!


どうやら素敵な氷室は、この獣の寝床だったようでした

オクサンは困ったと思いました

争い事はなるべく避けるホビットは

こんな場合は、自分たちから立ち去るものです


けれども、長旅で、仲間たちは疲れ果てていました

ようやく見つけた桃源郷に、水路を作り家を作り畑を作り

新しい暮らしは始まったばかりでした


せめて、なにかよい、解決策はないだろうか

オクサンは必死に考えていました


獣は答えに詰まるオクサンをじっと見つめました

それから、にやりと、意地の悪い笑みを浮かべました


まあ、いい

どうしても、というのなら

ここを譲ってやらんでもない


オクサンは、助かった!と思いました

思わず、その獣の申し出に飛びついてしまいました


本当ですか?それは、有難い!


獣は喜ぶオクサンを、にやにやと見つめました


けれど、ここは我にとってもお気に入りの寝床

譲るにしても、ただで、というわけにはいかんなあ


分かりました!何をお望みですか?

僕にできることなら、なんでもします!


この郷にこれからも住むことができる!

オクサンはその嬉しさのあまりに、軽々しく

そんなことを言ってしまいました


ほう?

なんでも?


獣は、まるで舌なめずりをせんばかりでした

オクサンは、ほんの少し、しまった、と思いましたけれど

もう、後の祭りでした


ならば、そこの娘、そいつを生贄によこせ


獣はそう言って、オクサンの恋人を顎で示しました


オクサンは、息も瞬きも忘れたように

凍り付きました


今聞いたことが信じられませんでした

何かの悪い夢だと思いました


なんでもすると言っただろう?

嘘をつくことは、許さない

三日後、そこの娘を生贄に寄越せ

さもなくば、郷中、皆殺しだ


獣はそう言うと、鋭い爪で一薙ぎしました

すると、近くにあった大きな岩が

ぱっくりと、真っ二つになっていました


獣はそのままどこかへと立ち去っていきました

後にはオクサンと恋人が残されていました


大変なことになった、とオクサンは頭をかかえました

恋人を生贄にだなんて、絶対にできません

せめて、違う条件にしてもらえないだろうかと思いました

自分の命なら、差し出してもいいのにと思いました


こんな場所に恋人を来させてしまったことを

オクサンはひどく後悔しました

獣は確かにあのとき、恋人のことを見ていました

そうして、オクサンが何より一番苦しむだろうことを

条件にしてきました

獣には、お見通しだったのです

オクサンにとってそれは、何より大きな代償なのだと


夜が明けるまで、オクサンと恋人は抱き合って泣きました

けれども、朝の最初の光を見たとき、このまま泣いていても

何も解決しない、と気づきました


郷のホビットたちを集めて、二人は昨夜の話をしました

温厚なホビットたちも、獣の要求には声を荒げて怒りました

そして、生贄になど絶対にできないとみな言いました


仕方あるまい

郷を捨てて、また、旅に出よう


ホビットたちは仕方なく、郷を捨てることにしました


しかし、郷全体が三日の間に引っ越しをするなど

到底無理な相談でした

ようやく落ち着いて暮らせると、ほっとしていた矢先に

また旅に出なくてはならないということに

ひどく落胆する人も多くいました


嘆き悲しむ郷の人々を見て、オクサンもとても

辛い思いをしていました

恋人は、そんなオクサンに、自分を生贄にしてほしいと

言いました

けれども、オクサンにはそれもまた、受け容れ難い

ものでした


一日経ち、二日経ち

オクサンはとうとう決意しました


獣ともう一度、話をしよう

自分を恋人の身代わりにしてもらえないか

けれども、もしも、それが叶わないときには

なんとしても、あの獣を退治しよう、と


ホビット族は、争いを好まない種族です

争うよりも、そこから立ち去ることを選ぶ人たちです

けれど、彼らは臆病なわけではありません

彼らは決して仲間を見捨てない

仲間のためなら、百の勇者より勇敢な戦士にも

なるのです


とはいえ、あのように恐ろしい獣です

まともにぶつかっては、勝ち目などないでしょう


どうすれば、獣に勝てるのか

オクサンは考えました

考えて考えて、考え抜きました

準備をする時間はあまりありません

けれども、これは、絶対に負けられない戦いなのです


そして、どんなに考えても、これ以外に

勝つ方法はないと思いました


あの恐ろしい獣とも互角に戦える者

それは、オーク以外にはなかったのです


ホビットの殺戒

それは、仲間に刃をむけること


オクサンはあえてそれを犯すことにしたのでした





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