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みんなの注目を集めたドメニカは
少し頬を赤くして、けれども誇らし気に
胸を張って言いました
「オクサンはね?
さとのそーせーじのえーゆー!
なんだよ?」
ソーセージの英雄?
思わず首を傾げたところへ
すかさずルネが言いました
「それを言うなら、創成期の英雄、だろ?」
ドメニカは慌てて言い直しました
「そう!そーせーき、そーせーき!
オクサンはその、そーせーきのえーゆーで…
えっと、えーゆーで…」
けれど、その先が続きません
「…もういいよ、ドメニカ
続きは後にしよう」
口ごもってしまったドメニカにルネはあっさり言いました
けれど、ドメニカは話しを続けたいようで、だめっ、と
少し意地を張ったように言いました
「ドメニカが話すのよっ?
ええっと、そーせーのえーゆーのオクサンはー…」
「バカだなあ、だから、創成、じゃなくて、創成期
さっきも言ったろ?
郷の始まりのころ、って意味だよ」
すると、ドメニカはいきなり大きな声を出しました
「ああっ!バカっていった!ひどい!
ひとに、バカっていっちゃいけないんだよ!」
あー、ごめんごめん、と多少おざなりにルネが謝ったことが
ドメニカの怒りに油を差してしまいました
「にいちゃんの、バカ!
このバカっていったのは
バカっていう人がバカなんだから
バカっていってもいいバカなんだからね?!」
ルネは呆れたようにドメニカを見ます
「…バカって言ってもいいバカってのは、なんなんだよ…
それって、結局、お前がバカってことか?」
「ああーっ!
また、バカっていった!
ドメニカのこと、バカっていった!!
ちがうよ!
このバカってのは、バカっていうひとのバカじゃなくて
バカっていったバカのバカだから…」
???
このバカあのバカ、そっちのバカ?
頭の中が、バカでいっぱいになりました
その間に、ドメニカは果敢にも自分の倍くらい背丈のある
ルネに飛び掛かっていました
「うわっ!何をする!この狂暴おチビ!」
あらあら、いきなりきょうだい喧嘩が始まってしまいました
ルネは流石にやり返しはしないものの
ぽかぽかと殴りつけるドメニカに手を焼いています
あーはいはい、と割って入ったのはフィオーリさんでした
「ふたりとも、そのくらいにしておきましょう?」
「やだっ!にいちゃんがわるい!
にいちゃんが、バカでわるい!」
手足を振り回して暴れようとするドメニカを
ひょいと捕まえたのはミールムさんでした
「分かったよ、ドメニカ
確かに、先にバカって言ったのは、ルネだった」
ドメニカは涙でぐちゃぐちゃになった顔を真っ赤にして
怒っていました
「にいちゃんのバカっ!
にいちゃんなんか、大嫌いっ!」
ルネは反対に酷く冷めた目をして、暴れるドメニカを
見返していました
「…僕だって、いい加減、お前なんか…」
「しーっ」
フィオーリさんはそう言うと、その先を言わせないように
ルネの唇を指でおさえていました
「悪いっすね、ルネ
おいらの代わりにおチビたちの面倒を見させて
いやいや、兄ちゃんってのも、楽じゃないっすよね」
フィオーリさんはそう言うととびっきりの笑顔を
ルネにむけました
ルネは目を丸くしてそのフィオーリさんを見返しましたが
その目にみるみるうちにうるうると涙が浮かんできました
「…兄ちゃん…」
「ルネが家や家族を守ってくれてるおかげで
おいら、安心して、旅を続けられるっす
本当に、有難うね?」
フィオーリさんは、手を伸ばして
小さい子にするように、ルネの頭を撫でました
ルネは顔を真っ赤にして、そっぽを向きましたけれど
フィオーリさんの手を避けようとはしませんでした
その間に、ミールムさんは、ドメニカと話をしていました
「バカってのにはさ、いろいろあるんだ
親しい相手に親しみを込めて言うことだってある
さっきのルネのバカは、ドメニカのこと、可愛い、って
大事な妹だ、って思ってる人のバカだよ
本当にののしるバカと、親愛の情の籠ったバカと
聞き分けられるようにならないと、いい女には
なれないなあ?」
「い、いい、おんな?」
ドメニカは、ぎくっとしたようにごくりと唾を飲みました
「ははは、ドメニカにはちょっと刺激が強すぎたかな?」
ミールムさんはわざと笑ってみせます
ドメニカは恐る恐る尋ねました
「ドメニカ、いいおんなに、なる?」
「素質はあると思うよ?」
ドメニカは、くっきりと頷きました
「わかった
ドメニカ、いいおんなに、なる!」
はははは、とミールムさんは笑いました
「そろそろごはんだから、おきなさいって…
あれ?みんな、どうしたの?」
呼びに来てくれたのは、ドメニカのすぐ上のサバトでした
「なんもあらへんよ
そうか、ご飯か
今朝はお手伝いしそこねたなあ」
お師匠様はそう言って先に部屋を出ていきました
「お話しの続きは、朝ごはんの後っすかねえ?」
フィオーリさんは仕方なさそうにおっしゃいました
「すいません、僕のせいで、話しが中断してしまって」
ルネはすまなさそうに頭を下げます
私は、慌てて、いいえ、と手を振りました
「それに、オクサンが郷の創世記の英雄だった
というお話しは、とても興味深いと思いました
是非とも、もう少し、詳しくお伺いしたいです」
「それなら、ジョヴェに聞くといい、です
あいつがきょうだいのなかで一番詳しい」
ジョヴェ、というのは、フィオーリさんの弟さんの
おひとりです
きょうだいのなかでは一番物静かな感じの方で
あまり私たちに話しかけてくださらない方でした
「ジョヴェは文字を読むのが好きだから…
よその家の古い日記とかを、たくさん読んでて…」
「まあ、それは素晴らしい特技ですね
私は、文字を三行読むと、ぐっすり眠れる、という
特技を持っておりますけれども」
故郷にいたころには、お父様にずいぶん、羨ましがられた
特技です
もっとも、お勉強にも、調べものにも、役には立たない
特技です
「僕から、言っておきます
畑仕事の休憩のときにでも、話せるように」
「それは、助かります
ルネさん、私たちのことまで、いろいろとお気遣い
有難うございます」
お礼を申し上げると、ルネはちょっとそっぽをむいて
いえ、とだけ言いました
とても親切で、よく気のつく人なのに
照れ屋さんなのです
そのまま、ぼそぼそと、ルネは付け足しました
「ドメニカはオクサンと一番たくさん話しをしていたし
ドメニカの話しを聞いて、僕らも、色々気になったのは
確かなんだけど…
ドメニカに話しをさせると、まどろっこしいというか
全然、先に進まないというか…」
「それは、まだ、お小さいから、仕方ありませんね?
けれども、ドメニカさんは、ときどきはっとするような
ことを気づかせてくださいます
なにより、ドメニカさんは、余計なことは交えずに
とても、真っ直ぐに、物事を捉える方だと思います
勇敢なのも、少し怖い物知らずでいられるのも
ルネさんたちが、しっかりと守ってあげているから
なのでしょうね?」
すると、ルネは、まん丸い目をして
私の顔を、まじまじと見つめました
私、なにか、変なことでも言ってしまったのでしょうか
そのとき、食堂の方からどなたかが大きな声で
呼ぶのが聞こえました
「おお~い、何してんの~
早く来ないと、朝ごはん、なくなっちゃうよ~」
ルネは、慌てたように、あ、っと言いました
それから、ごく自然な仕草で、ドメニカのほうへ
手を差し出しました
「行くよ、ドメニカ」
すると、ドメニカも
さっき、あんなに喧嘩したのが嘘のように
すっとルネの手を取りました




