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みんなで畑仕事をお手伝いして、夕刻
迎えに来てくれた子どもたちと、一緒に帰ります
夏の日の長い夕方、涼しい風が吹き始め
畑に水を引く水路には、蛍が飛び交っていました
畔道にはオクサンのいたころの名残のヒカリゴケが
ほんのりと光っています
今もまだ、あのころのまま、残っているのです
「おいらたち、あのオクサンの木にできた扉を通って
精霊界から来たんっすよ」
フィオーリさんがそんなことを言うと
子どもたちは、一斉に、へえ、とか、うわぁ、とか
歓声を上げました
「兄ちゃん、精霊界に行ったの?」
「すごいね?せいれいかいってどんなだった?」
「精霊を見た?」
周りに集まって口々に尋ねるきょうだいたちに
フィオーリさんは、順番に答えます
「はい、いってきたんっす
精霊界は不思議で面白いところっす
精霊もちゃんと見ましたよ
力を貸してもらったり、聖女様が攫われたり
いろいろありましたねえ」
それから、帰る道々、精霊界の話をし続けました
フィオーリさんのお家は、地上に直結する扉が
修理されていて、そこから直接お家に入ることができました
年上のきょうだいたちは、小さなきょうだいたちを抱えて
ほいっ、と扉から飛び降ります
小さな子たちが、きゃっきゃきゃっきゃと喜ぶ声が
ひとしきり響いて、家の奥から、お母様が
布巾で手をふきふき、現れました
「おかえり
さあみんな、手を洗っておいで
ご馳走の支度もできているよ?」
わーい、と一斉に走り出す子どもたちを見送って
お母様は私たちにおっしゃいました
「みんな、自分のスプーンは持ってきたかい?
後で出しておいたら、磨いておいてあげるよ」
「あ、それには及ばないっす
うちのグランさんが、毎日、みんなの分、磨いて
くれてるんで」
フィオーリさんは首につるしたぴかぴかのスプーンを
取り出してみせました
「ほう、こりゃ、見事だ
グラン、偉いね?」
お母様に褒められて、お師匠様はちょっと苦笑しました
いつもはパーティの保護者的立ち位置なのですが
お母様にかかると、お師匠様もすっかり
子どものひとり扱いなのです
みんな揃って楽しい晩餐の始まりです
フィオーリさんのお家の食卓は、いつもとても賑やかで
わいわいと楽しい食事です
子どもたちは、さっきフィオーリさんのした話を
まるで自分のことのように自慢げに
お母様にも聞かせました
「へえ
フィオーリ、なかなか素敵な冒険をしているようだね?」
「お仲間と冒険をするのは、若者の特権だ」
「いやいや、若者でなくったって、冒険はいいものさね」
「わたしらも、いっちょ、フィオーリを見習って
冒険の旅にでもでようかね?」
話を聞いて、おじい様おばあ様方もそんなことを
おっしゃっていました
「ええ~~~、じっちゃんたちが冒険に行っちゃったら
僕らが困るよ」
「種まきはやっぱり、じっちゃんたちでないとね」
「種まきの後、月が一巡するくらいなら
行ってもいいよ?」
「でも、絶対、ひと月で帰ってきてね?」
「ひと月だけって、それ、冒険じゃなくて旅行じゃない?」
「旅行?なら、わたしも行く行く」
「そんじゃ、みんなで一緒に行こうよ」
「たまにはいいかもね
じゃあ、次の冬、畑仕事の暇なときに
行くとしようか」
「ええ~~~、冬?そんなに先~~~?」
「いいじゃんか、冬
冬ならやっぱ温泉だね」
「温泉?いいね、行く行く」
なんだかみなさんで、温泉旅行に行く計画がまとまった
辺りで、突然、び~ん、とけたたましい音がしました
「あ、お客さんだ」
子どもたちは一斉にそう言うと、わらわらと
席を下りて、玄関へと繰り出していきました
「なんっすか?
あの、けたたましい音は?」
フィオーリさんは耳を抑えて悲鳴をあげました
「ああ!
玄関の扉を直したついでにね?
扉を開けたら音がするようにしておいたんだよ
これで、いつ、オークに襲われても大丈夫」
「…呼び鈴つける前に、戸に鍵をかける習慣を
つけた方がいいんじゃないかと思うけどね?」
ミールムさんが、ぼそりとおっしゃいました
すぐに賑やかな声と共に、わらわらと人が帰ってきました
人数は三倍以上になっています
「おや、本当だ
フィオーリがいるじゃないか」
「いやね?フィオーリの姿を見たって聞いたもんだから」
「こりゃあ、顔、見に行かないと、って」
みなさん口々におっしゃいながら、私たちを取り囲んで
にこやかに挨拶をしてくださいました
「やれやれ~
また、こんなに集まっちゃって」
ミールムさんは軽くため息を吐きます
みなさん、取り立てて何かおっしゃるわけではない
のですけれど、ミールムさんとしては、やっぱり
あれ、をやらないわけにはいかないのでしょう
「分かった分かった
でも、今日は一回だけだから」
ミールムさんの合図を待っていたように
お母様はバケツにいっぱいのアイスクリームを
大皿にのせてきました
ミールムさんは、やれやれ、と言いながら
妖精の魔法を使います
アイスクリームは、味も、冷たさもそのままに
どーんと十倍の大きさになりました
うっひょ~~~
奇妙な歓声と共に、子どもも大人もみんな
それぞれの手にきらきら光る銀のスプーンを持って
一斉にアイスの山に飛び掛かりました
私たちは、それを少し離れたところで見守りながら
おじい様と話をしておりました
「あれから、いろいろと思い出そうとしたんだけどね?」
おじい様はお茶のカップを手に持ってゆっくりと飲みながら
おっしゃいました
「オクサンは郷のホビットだった、という話しはしたね?」
そこへおばあ様もやってこられました
「この郷の者がオークになるなんて、それこそ前代未聞
郷中、ひっくり返るくらいの大騒ぎだった、って
わたしはわたしのばあ様から聞かされたもんだよ」
私たちは長椅子を詰めておばあ様もお座りになれるように
しました
おばあ様は、よっこいしょ、と椅子に腰掛けると
持ってきたカップからお茶を一口飲みました
「そのオクサンやけどな?
オークになったとき、一気にオークになったんかな?
それとも、じわじわとオークに変わったんかな?」
お師匠様はおふたりに尋ねました
じわじわとオークになったのなら、それはシルワさんや
ネムスさんと同じ、オークになる病、だったということです
「はて、それはよう分からんが…」
「なんだい、オクサンの話しかい?」
アイスクリームを堪能したお客様のひとりが
話を聞きつけてこちらへやってこられました
「オクサンってのは、元々この郷のホビットで
覚悟してオークになったんだ、って
昔、聞いた気がするなあ」
すると他のお客様方も、わらわらと集まってこられました
「本人は、光に溶けるつもりだったらしいけどね
友だちがよってたかって布を被せて
それから、氷室に放り込んだらしいよ?」
「なんだって、氷室に入れたんだろうね?」
「オークなら、光に溶けない限りは無事だ
氷室の奥なら光も届かないし
けど、かちんこちんに凍って動けないだろう?」
「そうか、動いて郷を襲ったりしたら、まずいからな」
「大事なものは氷室へ、ってのは
昔から変わらないらしいからね
もしかしたら、大事だったからこそ
氷室へ入れたのかもしれん」
「もっとも、実際のところを知っとる者は
もうおらんのよ」
「流石に、この郷のホビットも代替わりして
オクサンと同じ時代の者はひとりもいないからね」
「みんな、じい様ばあ様から聞かされた昔話しか
知らないことだ」
「オクサンのことは、郷の禁忌だった、って
わたしゃ聞いたけどね
だから、大っぴらに話せなかった、ってね」
「まあ、同族がオークになるってのは、よっぽどだからな」
そこでみなさん同時に、う~む、と項垂れました
ホビットさんたちって、口々に話すんですけれど
ふとした拍子に、揃って同じことをなさいます
オクサンのお話しをご存知なのは、郷のお年寄り方
のようでした
お父様お母様の年代の方は、何もご存知ないようで
私たちと一緒にお話しを聞いて、へえ~と頷いて
いらっしゃいました
「オークとはなるべく関わりたくない
それが本音ってところだからなあ」
「郷が襲撃されたこともありますよね?」
確か、フィオーリさんはそのときにオークに攫われて
鉱山で働かされていたのです
「そんなときは、すたこらさっさ
みんなして逃げるが一番
やつらは、食べ物以外に興味はないし
ホビットの食糧庫は、いくらオークにだって、空っぽには
できないだろうよ」
「それに、本当に大事なものは、氷室に入れてあるんだよ
やつらには、氷室の魔法の呪文は、唱えられないさ」
働き者のホビットさんたちは、たくさんの食料を作り
それをたっぷりと保存してあります
自慢の氷室には、三百年前のチーズまであるのです
「もしかしたら、オクサンのことは
永遠に凍り付かせておくつもりだったのかもしれんのう」
「あれを見つけたのは、ドメニカだったか?」
「湯をかけて戻すなどということを思い付くなんて
やっぱり子どもっちゅうのは、恐ろしいのう」
「しかし、そのおかげで、郷の畑もこんなに
増やせたのだし」
「オクサンには、いろいろと感謝しておるのよ」
「あれはのう、不思議なお方だったのう」
みなさんはまた同時に、うんうん、と頷かれました




