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ふと、気づいて、私は首の後ろをぱたぱたと探りました

それから、精霊には触れられないのを思い出して

急いで、ミールムさんに尋ねました


「ミールムさん、私の首の後ろ辺りに、バネタロウさんは

 いらっしゃいませんか?」


ん?と振り返ったミールムさんは、そのあたりに

きらきらした妖精の粉を振りかけてくださいましたが

そこにはなんの影も現れませんでした


「バネタロウさん?

 ここに、私の手の中に、いらっしゃってください」


私はバネタロウさんを抱きかかえるように

腕を差し出しました

ミールムさんは、そこにも粉をかけてくださいました

けれども、どこにもバネタロウさんの影は現れませんでした


「…もしかして、あの扉を、バネタロウさんは

 越えなかったのでしょうか?」


突然、バネタロウさんがいなくなったことに心細さを

感じながら、私は、一番事情の分かっていそうな

ミールムさんに尋ねました


「そうなんじゃないかな

 あいつはそもそも、あっちの生き物なんだし

 仕方ないよ」


ミールムさんは淡々とおっしゃいました


バネタロウさんはあっちにいる間ずっと一緒でしたし

こちらに戻ったときも、当然のように、一緒に来る

ものだと思い込んでおりました


それは、当然だと言えば当然なのかもしれませんけれど

何故だか、ひどく淋しく感じました


「…ずっと、肩に乗っていらっしゃいましたけど

 重さも感じませんし、どこか痛いこともありませんから

 いること自体を忘れていました

 なんだか、いて当たり前、のように感じておりました」


けれども、それは、当たり前なんかではなくて

ついてくるのも、当たり前、でもなかったのでした


いまさらながら、そんなことに気づいて

私はひどく落ち込みました


「…せめて、こちらに来る前に

 何か、一言、申し上げるべきでした」


「あのときは、妖精さんの羽化で頭がいっぱいでしたし

 いきなり開かれた扉に、大急ぎで飛び込みましたからね

 仕方ないっす」


横で話を聞いていたフィオーリさんが、そう言って

慰めてくださいました


「あいつは自分の意志で僕らにくっついてきて

 自分の意志であっちに残った

 それだけだよ」


ミールムさんはいともあっさりおっしゃいますけれども

なんとも、割り切れない気持ちがしておりました


あの、しわしわさんたちに攫われたときも

妖精さんの羽化を見て、わけもなく不安になったときも

いつも、バネタロウさんが傍にいてくれました

不安そうなバネタロウさんを、私は抱っこして慰めて

いるつもりになっていましたけれど

実際のところは、私のほうが、不安を和らげてもらって

いたのでした


「…バネタロウさん…」


しょんぼりとうつむいていると、シルワさんの影が

そっと寄り添ってくれました

ふわり、ふわりと、その手が私の髪を撫でてくださいます

そのたびに、粉がちらちらと、光りながら零れました


私が顔をあげると、シルワさんは、ちらちらと光る指先で

宙に文字を書き始めました


ばねたろうさんは


シルワさんが指でなぞったところには

妖精の粉で書かれた文字が現れました


きっと、わざとあちらに、のこってくださったのですよ


一文字一文字が日の光にきらきらと光って

ほんの一瞬で消えてしまいます

見逃さないように、私は急いで文字を追いました


わたしたちが、またせいれいかいにいくときには

きっと、あちらから、とびらをひらいてくださる

おつもりでしょう


「あの精霊さん、そこまで考えてるかな?」


隣で文字を見ていたお師匠様は、ぼそりと呟きました


「ちょっと、グランさん!」


フィオーリさんはお師匠様をたしなめるように

腕を軽く小突きました


お師匠様は、フィオーリさんの顔を見ると

あ、ああ、ごめん…と呟きました


「どっちにしろ、精霊が何考えてるかなんて

 僕らには分かりっこない」


ミールムさんは変わらず淡々とおっしゃいました


「けど、おいらは、シルワさんの意見に賛成っす

 みんなしてこっちに来ちゃったら、またあっちに

 行くのに、大変じゃないっすか

 いつもいつも、あっちでちょうどいい精霊さんが

 通りかかるとは限らないんでしょ?」


フィオーリさんはなんだかいつもより強めに

主張なさいました


「そうやね

 バネタロウさんは、ずっと一緒にいて

 私らの事情もよう知ってはるわけやし

 きっと、そうしてくれたんやわ」


お師匠様もそうおっしゃいました


「なら、まあ、そうなんじゃないかな」


ミールムさんも反対はなさいませんでした


なんだか、心の中に少し冷たい風が吹くようでした

今さらどうしようもないし、みなさんにも

ご心配をおかけてしまってます


それにしても、どうしてすぐに気づかなかったんだろう

ずっと、一緒にいたのに


そんなことを考えておりました


すると、ミールムさんがいつの間にか隣にいて

ぽつんとおっしゃいました


「それが、精霊ってもん」


はい?

一瞬、どうして私の考えていることが分かったのかしらと

心配になりました

すると、ミールムさんは、くくっと笑いました


「マリエは考えてること、全部、顔に出るから

 それに、独り言も多い」


独り言?


「私、なにか言っておりましたか?」


「どうしてすぐに気づかなかったのかしら、って」


なんとまあ

それは、心を読まれたのではなく

心の中が全部ダダ洩れだっただけです


「精霊って、元々、そういう性質があるんだ

 気づいたら傍にいて、そしたら、いるのが当たり前

 のように思って、けど、いつの間にか、もういない

 だったら、一緒にいる間をなるべく大切にする

 ってのもありだと思うし

 なんなら、もうずっといないもんだと思う

 ってのもありだと思う」


マリエはどっちにする?と問いかけられて

もちろん、一緒にいる間を大切にします、とお答えしました


「うん

 だろうね

 マリエなら、そう言うと思った」


ミールムさんは、どこか満足気でした


「それでいいと思う

 そうでなくても、いいけどさ

 そうしたい、って思うなら、そうするのがいい

 って、僕の言いたいこと、伝わってる?」


私は小さく頷きました


精霊界で、バネタロウさんがついてきたときにも

ミールムさんは、どっちへ行ってどうするかは自分で決める

のだとおっしゃってました


「僕らだって、それは同じだよ

 今はたまたま同じパーティとして一緒にいるけど

 ずっと一緒だとも限らない」


それも、そうでした

私たちの道も、ずっと同じとは限らないのです

みなさん、それぞれの事情があって、旅をして

いらっしゃるのですから


「ずっと一緒にいるのが当たり前、ではないのですね?」


私は、その言葉を心に刻むように、言いました


「だから、今を大切にします」


ミールムさんは、ふふ、とまた笑いました


「まあ、そんなに気張らなくてもいいけどさ

 少なくとも、僕は、まだまだずっと

 マリエと一緒にいるつもりだよ」


ミールムさんは、珍しく、ちょっと慰めるみたいに

おっしゃってくださいました





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