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ところが、いざ、料理を始めようと

火打石で火を点けようとしたときでした


飛び散った火花を見るや否や、突然、しわしわさんたちは

恐怖の叫び声を上げ、パニックを起こして、右へ左へと

走りだしました


慌ててお師匠様は火を消し、火打石もしまいましたけれど

その間に、あっという間に、しわしわさんたちは

辺りからひとりもいなくなっていました


「火が、あかんかったかなあ…」


驚いたしわしわさんたちに踏み荒らされて

キノコもご馳走ののったお皿も

滅茶苦茶になってしまいました


お師匠様はしょんぼりと、つぶれた果物を拾い集めました

みなさんも、それを手伝いました


「別に、悪気はなかったんだし、しょうがないよ」


ミールムさんはあっさりとおっしゃいました


「折角、仲良くなれると、思ったんっすけどねえ…」


フィオーリさんは少し残念そうでしたけれど

お師匠様を慰めるように笑いかけられました


「異種族とのコミュニケーションというものは

 いつの時代も、簡単ではありませんものね」


シルワさんはまだ使えそうな木の実やキノコの欠片を

丁寧に集めて、お師匠様に手渡しました


「お料理はもう、難しいかもしれませんけれど

 せっかくの心づくしですし、これはお土産に

 いただいていきましょう」


「そやね」


お師匠様は食材を丁寧に寄り分けると、小瓶に詰めました

私はそれを預って、リュックに入れておきました


その間、バネタロウさんは

私たちの周りをぴょんぴょん飛んだり

拾うのを手伝ってくれたりしました

バネタロウさんは、しわしわさんたちのようには

火を怖がらなかったようでした


「バネタロウさんは、火も怖くないのですね?」


「バネタロウ、火、平気」


それを聞いていたフィオーリさんが、突然、ええーっ!

と叫び声を上げました


「バネタロウさん!言葉が話せるっすか?」


え?とお師匠様とシルワさんは顔を見合わせました


「言葉が話せるって、どういうこと?」

「わたしたちには、バネタロウさんの言葉は

 相変わらず、きーっ、にしか聞こえませんが?」


私はあっと気づいて、説明しました


「このキノコを齧ったら、バネタロウさんや

 しわしわさんたちのおっしゃることが

 分かるようになったのです」


私はキノコの欠片を差し出して見せました


お師匠様は欠片を指に取って、あちこちひっくり返して

眺めてたり、匂いを嗅いだりしました

シルワさんは、ほう、と言って、いきなり、ひと欠片

ぱくっと口に放り込みました


「…シルワさん、どうもない?」


お師匠様は先に召しあがったシルワさんを見つめます

シルワさんはもぐもぐしながらおっしゃいました


「ええ、歯ごたえもあって、香りもよくて

 なかなか美味しいキノコですよ?」


それから、シルワさんはバネタロウさんにむかって

おっしゃいました


「バネタロウさん、何かお話ししてくださいな?」


「バネタロウ、お前、用事、ない」


バネタロウさんはそう言ってそっぽをむいてしまいました

けれど、シルワさんは、それを聞いて、とても嬉しそうに

なさいました


「ほう!これは素晴らしい

 バネタロウさんの言葉が分かるようになりました」


お師匠様は、へえ~、と言って、ご自分もキノコを少し

齧りました


「ちょう、バネタロウさん、なんか、わたしにも

 しゃべって?」


「バネタロウ、しゃべらない」


バネタロウさんのお返事はやっぱりそっけないものでした

けれど、お師匠様も、ほう!と嬉しそうになさいました


「ほんまや!

 言葉、分かるようになったわ

 もしかして、ここの物を食べたら

 精霊の言葉、分かるようになるんかな?」


「あー…うん

 でも、それ、あんまり、やらないほうがいいよ?」


ミールムさんは、ちょっと心配そうにおっしゃいました


「ここの物を食べると、少しずつここに馴染んで

 あんまりここに馴染み過ぎると、あっちの世界のこと

 全部忘れて、帰れなくなるから」


「そーんなこと、あんのん?」


お師匠様は目を丸くして、慌てて、齧りかけのキノコを

ポケットにしまいました


「まあ、少しくらいなら、大丈夫だけど

 どこまでなら大丈夫かとか、限度は分んないし

 だから、あまりたくさんは食べないほうがいい、と思う」


「こちらの世界では、お腹もすきませんし

 食べなくても、問題はないのでしたね?

 それでは、これからは、なるべく

 こちらの物は口にしないように

 気を付けるといたしましょう」


シルワさんは穏やかにそうおっしゃいました

それにみなさん、うんうん、と頷きました


「みなさん、申し訳ありませんわ

 みなさんにお勧めしてしまったのは私です」


そう言って謝ると、なんのなんの、と

シルワさんは微笑んでくださいました


「精霊さんたちの折角のお気持ちだから、と

 聖女様はそう思って、勧めてくださったのでしょう?

 その聖女様のお気遣いも、お優しさ故のこと

 ただ、これからは、お気持ちだけ頂く、ということに

 いたしましょうね?」


つくづく、シルワさんは、どんなときも

怒る、ということをしない方だと思います


「今のところ、体調に変化も感じませんし

 少しくらいならきっと大丈夫

 それに、そのおかげで、こうしてバネタロウさんとも

 お話しできるようになったのですから」


シルワさんはバネタロウさんにも微笑みかけられましたが

バネタロウさんは、つん、と顔を背けると

ぴょんと跳ねて、私の背中に隠れてしまいました


「あと、もうひとつ

 気になることがあってさ」


ミールムさんは忠告するように付け足しました


「精霊がマリエのこと、姫様って呼んでたって

 あれ、マリエは、人違いだって思ったみたいだけど

 もしかしたら、人違いじゃないかも」


「それは、わたしも思いました

 精霊たちは、聖女様に、なにやら特別な思い入れが

 あるのではないか、と」


シルワさんも頷きました


「つまり、また、嬢ちゃんが、攫われることも

 あるかもしれん、いうことかな?」


お師匠様は、うーん、と腕組みをして考え込みました


「とにかく、今まで以上に、聖女様には気を付けるっす」


フィオーリさんは、私ににこっと笑いかけました


「是非にも、そういたしましょう」


シルワさんはそうおっしゃると、さっきより少し

私のほうへ近づいてこられました


「わたしら四人で嬢ちゃんを取り囲んでおくか」


お師匠様は、私の後ろに並ばれました


「じゃ、僕は、こっち」


ミールムさんはシルワさんと反対側の隣に来られます


「先頭は任せてくださいっす」


フィオーリさんが一番前になりました


「少し、窮屈かもしれませんが、ここを出るまで

 堪えてくださいね?」


シルワさんは私を宥めるようにおっしゃいます


「そんな、とんでもない

 みなさん、私のために、有難うございます」


お礼を言うと、みなさん、いや、とか、べつに、とか

いいえ、とかおっしゃりながらも、笑ってくださいました


攫われたあの場所から、いったいどのくらい

どっちの方向に来たのかは、もう分からなくなって

しまいました

なので、そこからまた葉っぱを落として

次の方向を決めることになりました


同じようにミールムさんが落とした葉っぱを見て

みなさん、歩き出しました


ところが、しばらく歩いていくと

森の木がとてもすくすくとたくさん生えているような場所へ

入り込んでいきました


こんなにたくさん、立派な木があるなんて

ここはきっと、とても、素晴らしい森なのでしょう

ただ、私たちには、少しばかり薄暗くて

先が見通せないことが、不安にも感じられました


「なんや、また何か出そうなとこやね?」


「さっきのところは、もっと明るかったけど

 出た、よね?」


ミールムさんの言葉に、全員、うんうん、と頷きました


「つまりは、油断大敵、ということっすね?」


フィオーリさんがまとめてくださいました


次第に道幅は狭くなってきて、三人並んで歩くのが

辛くなってきました

ミールムさんは少し高く飛んで、上から警戒するように

進むことにしました


けれども、そのうちに、二人ですら、並んで歩くのは窮屈な

くらいになってしまいました


「聖女様、申し訳ありません

 わたしがこのような大きな図体をしているせいで…」


シルワさんは申し訳なさそうにおっしゃいました


「大きな図体、って…

 あんたの大きいのは背だけやし

 幅はむしろ、嬢ちゃんより、ないくらいやんか

 背はあっても、道の狭いのにはあんまり関係あらへん」


お師匠様は慰めているのか、そんなことをおっしゃいます


「わたしなんか、ひとりでも、この道は窮屈やけどな」


そう言ってからからと笑われました


けれど、そのうちに、その高さのほうも

窮屈になってまいりました


「うへっ、これで何度目だろう?

 下枝がこんな低いところに張り出してちゃ

 しょっちゅうぶつかって、飛べないよ」


「ええ…わたしも、さっきから何度か

 髪の毛を絡み取られてしまって…」


ミールムさんとシルワさんは

進むのにも難儀をなさるようになりました


「しゃあない、一列になるか

 フィオーリとミールムは嬢ちゃんの前

 シルワさんとわたしは後ろからついていこう」


お師匠様に言われて、私たちは一列になりました


「後ろはわたしが警戒するから

 シルワさんは、嬢ちゃんから、絶対に

 目、離しなや?」


お師匠様に念を押されて、シルワさんは、はい、と

頷かれました


「上のほうは僕が警戒する

 前はフィオーリに任せた

 けど、なにより、マリエ、君自身が一番

 自分のことに気をつけるんだよ?」


それはごもっともです


「なにかあったら、大きな声を出してみんなに知らせること

 ちょっとしたこと、勘違いでもかまへん

 余計な気は使わんと、おかしいと思うたらすぐ

 言うんやで?

 みんな、それでええか?」


お師匠様の号令に、みなさん、しっかり頷きました


私は少し迷ってから、おずおずと

シルワさんのほうへ手を差し出しました


「あの

 手を、繋いでいていただいても

 よろしいでしょうか?」


「って、なんでシルワ?

 僕の背中に捕まったらいいんじゃないの?」


振り返ったミールムさんは、むっとしたように

おっしゃいました


「…ミールムは羽がありますからね?

 羽を掴んでは痛いだろうと、聖女様の思いやりですよ

 もちろん、わたしなら、かまいませんとも」


シルワさんは私を庇うようにおっしゃって

自分から手を伸ばして、私の手を握ってくださいました


ちょっとひんやりして、大きいけれど指の細い手

シルワさんの掌の感触に、ちょっと勇気をもらって

私は前をむいて歩き続けました


けれど、さらに進むと、それも次第に難しくなってきました

とにかく、道は、左右も上下もとても狭く

まるで、緑色をしたトンネルを進むようです


「あんな?

 もしかして、この道、このままこの先で

 行き止まり、とか、言わんか?」


お師匠様のおっしゃったことは、多分

みなさん、薄々、思っていらっしゃったでしょう


「どうする?引き返す?」


ミールムさんが少ししょんぼりしていらっしゃるようなのは

もしかしたら、妖精さんの幸運度、にみなさん期待して

この道を選んだからかもしれません


「けど、このトンネル、この先も続くみたいっすよ?」


先のほうを覗きながら、フィオーリさんは明るく

おっしゃいました


「からだを屈めたまま歩くのは、少しばかり辛いですけれど

 折角ですから、もう少し、先に行ってみては?」


シルワさんは、腰のあたりを拳でとんとんしながら

おっしゃいました


「いや、からだを屈めんとあかんのは、シルワさんだけやし

 わたしらは、今んとこ実害はないねんけどな?」


お師匠様はかすかに苦笑して、シルワさんの腰の辺りを

優しくさすりました


「けど、一番ひ弱なエルフさんに

 これ以上、負担、かけるのもなあ?」


「わたしなら、大丈夫です

 聖女様にご負担だというのでなければ構いません

 もう少し、このまま進みましょう」


シルワさんはにこっとして、前を指さしました


「しゃあない

 ほな、そうしよか」


その言葉を合図に、みなさん、また前をむいて

歩き始めました






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