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てくてくと歩いておりますと
外の世界と同じような森が延々と続きました
森のなかでは、鳥や獣の声のようなものも
ときどき、聞こえてきました
けれども、なにか生き物や精霊のようなものが
姿を現すことはありませんでした
「なんか、おっかない精霊さんがすぐにでも出てくるのかと
思いましたけど
案外、大したこと、ないっすか?」
フィオーリさんは楽しそうに歩きながらおっしゃいました
「君のその、大したことない、は
なんだか縁起が悪い気がするから
あまり言わないでほしいな」
ミールムさんがぼそりと呟いたときでした
ききっ!
私の頭の上で、バネタロウさんが、警戒するような
短い叫び声を上げました
はっとして、全員、足を止めて、辺りを見回しました
森のなかは、しん、と静まり返っていました
もう鳥の声も聞こえません
けれど、木漏れ日は長閑に
きらきらと眩しく降り注いでいます
静かな他に、取り立てて変わった感じはしませんでした
「なんだ、バネタロウさん
びっくりさせないでくださいっすよ」
フィオーリさんがそんなことを言って
ミールムさんに、しっ、と叱られたときでした
突然、きゃっほ~~~、という奇声と共に
むこうの木から、ツタに捕まって
奇妙なものが飛んできました
バネタロウさんよりは、もう少し、人に近い姿をしています
頭、からだ、手足に、衣服のようなものも着ています
背は、ホビット族のフィオーリさんよりも小さくて
そのお顔は老人のようにしわしわでした
しわしわさんは、ひょお~~~、と
とても楽しそうな声を上げながら
まとまって立っていた私たちのなかへと突っ込んできました
思わず、ぶつかったら危ない、と避けようとしたときでした
ひょい、と
本当に、ひょい、と
しわしわさんは私の腰のところに片腕を回して
そのまま持ち上げました
え?と思う暇もありません
ツタは勢いのままに正面の木へと突き進みます
しわしわさんはツタにつかまったまま、私を抱えて
正面の枝に飛び移りました
おそらく多分、その場の誰も
しわしわさんの行動は予測できなかったのでは
ないでしょうか
木の枝に辿り着いたしわしわさんは
私を荷物のように肩に担いで、そのまま枝の上を
走り出しました
その速いことといったら
それはもう、目が回りそうな勢いでした
一呼吸遅れて、後ろのほうからみなさんの声が聞こえました
追いかけてくる気配もします
けれど、風にも乗れるほど足の速いフィオーリさんでさえ
しわしわさんには追いつけませんでした
みなさんの立てる音は、みるみる後ろのほうへ
遠ざかっていきました
風のように枝の上を駆け抜けて
しわしわさんがようやく私を下ろしてくれたのは
森のなかにぽっかりと開けた広場でした
そこはスツールにするのにちょうどいいくらいの大きさの
水玉模様の赤や青や黄色のキノコが
そっちこっちににょきにょきと生えていました
しわしわさんは、そのキノコの上に座らせるように
そっと私を下ろしてくれました
き、きーーーっ!
そういう声がして、バネタロウさんがまるで私を守るように
前に飛び出してきました
しまった
どうやらリュックに乗せたまま、一緒に連れてきてしまった
みたいです
と、そのとき、はっとしました
リュック!そう、このリュック!
私にはそうでもないのですが
このリュックはとても重いらしくて
お仲間はどなたも持ち上げることはできないのです
ずいぶん前のことですけれど、シルワさんが
リュックごと私を持ち上げようとして、持ち上がらずに
お師匠様に、非力なエルフさん、と揶揄われていたことを
思い出します
もっとも、非力なのはシルワさんなのではなくて
リュックが重すぎたのだと、すぐに分かりましたけれど
なのに、しわしわさんは、いとも軽々と
リュックごと、私を運んでいらっしゃいました
もしかして、しわしわさんは、見かけによらず
力持ちなのでしょうか
それとも、もしかして、精霊界というのは
私たちの世界とはいろいろと事情が
違っているものなのでしょうか
と、バネタロウさんの、きーっ、という声に
現実に引き戻されました
からだじゅうの毛を逆立て、小さなからだをできるだけ
大きく見せるように、両手をあげて飛び跳ねながら
バネタロウさんは、ききっ!ききっ!と鳴き続けました
ひょお?
しわしわさんはバネタロウさんの動きに首を傾げると
しばらくは観察するように目で追って見ていました
と思ったら、ひょい、と手を伸ばし
指先でバネタロウさんの首根っこ?の辺りを
摘まみ上げました
それから、ぽい、と無造作に、自分の後ろに放り投げました
あ!
投げ出されたバネタロウさんが心配で、思わず手を
伸ばしてしまいます
もっとも、少し手を伸ばしたくらいでは届きません
幸い、バネタロウさんは、空中で、くるりと一回転をして
足から着地すると、また、ぴょん、とこっちに飛んで
戻ってきました
ひょお!
しわしわさんは、また邪魔をするように割り込んできた
バネタロウさんを、楽しそうに見つめました
もう一度捕まえようと指をわぎわぎさせながら
手を伸ばしてきます
けれども、今度はバネタロウさんも、そう簡単には
捕まりません
あともう少し、と思うところで、ひょい、と脇に逃げる
それを繰り返して、しわしわさんの手から逃れ続けました
しばらくそんな精霊さんたちの鬼ごっこが続いていました
すると、いつの間にか、しわしわさんにそっくりな
精霊たちが、わらわらと周りの森から出てきていました
しわしわさんたちは丸く輪になると
じわじわと、その輪を小さくしてきました
こういうのを多勢に無勢と言うのでしょうか
バネタロウさんはみるみる追い詰められると
それでも、私を守るように、前に立って
きぃ、と鳴きました
しわしわさんたちはみんなそっくりな顔をしていて
どれが最初のしわしわさんだったのか
もう分からなくなっていました
と、いきなり後ろから伸びてきた手が
ひょい、と私の両脇を持って抱え上げると
広場の中央辺りにあった、一番大きくて立派なキノコの上に
座らせました
どこからか、とびきり愉快そうな叫び声が上りました
ひゃっほ~~~!!!
しわしわさんたちは、嬉しそうに左右にからだを揺すって
踊り始めます
するとさらにわらわらと、森のなかからしわしわさんたちが
現れて、あっという間に、広場はいっぱいになりました
しわしわさんたちは、私を中心にした輪を何重にも作って
楽しそうに踊っています
まるで、お祭りかなのかのようでした
すると、さっき、ミールムさんがおっしゃっていたことを
思い出しました
しわしわさんたちは、もしかしたら、私を食べるつもり
なのでしょうか
今やっているのは、そのための儀式か何かでしょうか
恐ろしさに足がかたかたと震えだしました
けれども、こんなに厳重に囲まれていては
到底逃げられそうもありません
…みなさん、ごめんなさい
シルワさんにも、せっかくまた会えたのに
もう二度と会えなくなるなんて、残念です…
私はしょんぼりうつむいておりました
すると、しわしわさんの輪のなかから、ぴょん、と
おひとり、飛び出しました
そのしわしわさんは、その辺のきのこから
ひとつかみ、むしりとると、こちらのほうへ
キノコを持った手を突き出しました
え?
私は恐る恐る、そのキノコを受け取りました
すると、今度は、しわしわさんは、身振り手振りで
そのキノコを食べるように、示しました
これは、食べても、お腹は、壊さないのかしら?
くんくん、とキノコの匂いを嗅いでみました
特段、おかしな感じはしません
ちょっと怖いけれど、断ることもできません
私はおそるおそる、キノコの端をかじりました
と!
突然、耳の中に、誰かの話す声が聞こえてきました
…もしかして、これは、ここにいるしわしわさんたちの声
なのでしょうか?
「なんて、めでたいんだろう!」
「待ちに待った姫様のお帰りだ!」
「祝え!祝え!さあ、祝え!」
「踊れ!踊れ!さあ、踊れ!」
あ、れ?
言葉が分かる!
しかも、なんと
しわしわさんたちは、私のことを
どこかのお姫様だと思って、喜んで下さっている???
それは、いけません
私は姫様ではありませんし
間違いはちゃんと伝えなければ
私は、あわててしわしわさんたちに話しかけました
「あの、それは、人違いをなさっているのでは?
私は、姫ではありません…」
けれども、しわしわさんたちは
私の声など聞こえないように
ますます、熱狂していきます
「祝え!祝え!さあ、祝え!」
「踊れ!踊れ!さあ、踊れ!」
「めでたや!めでたや!めでたやなあ!」
「めでたや!めでたや!めでたやなあ!!」
…困りました…
きぃ、とお膝の上で、バネタロウさんも呟きました




