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そのときでした
突然、ばりばりという音がしたかと思うと
後ろにあったアニマの木が、かき消えるように
見えなくなりました
あまりのことに驚いて、全員、声も出せません
ただ呆然と何もなくなった場所を見つめるばかりでした
「…これは、まずいな…」
最初にそう呟いたのは、ミールムさんでした
「これは、あっちの木が?」
お師匠様がミールムさんに尋ねました
「見つかった、か…
それとも、他の理由か…
とにかく、切り倒された」
「おいらたち、むこうに戻れなくなったんっすか?」
フィオーリさんはその事実に気づいて焦り始めました
「…こちら側から扉を開くのは、流石の僕にも難しい」
「別のアニマの木を探すとか?」
「自分のじゃない木の扉は、こちら側からは開けないし
ここで自分の木を見つけるのは、至難の業だ
偶然、誰かが扉を開くところに居合わせられたら
通してもらえるかもしれないけれど
そんなところに居合わせる確率は限りなくゼロに近い」
「つまり、戻ることはできない、と」
ため息が揃いました
「…まあ、しゃあない
あっちかて、いろいろと掟に逆らってまで
協力してくれてたんやもの
なんや、まずいことに巻き込んで悪かったわ」
「…うまいことバレずに逃げてくれてたら
いいんっすけどね?」
「そのあたりは、アイフィロスのことですから
なんとかするとは思いますけれど」
そんな言葉を交わされるみなさんを見下ろして
ミールムさんは、ふん、と鼻を鳴らしました
「みんなつくづくお人好しだね?
アイフィロスが、シルワのこと、
人が好過ぎて信用できない、みたいに言ってたけど
それには同感だね」
「どういうこと?」
お師匠様は少しばかり訝し気にミールムさんに尋ねました
「つまりね、アイフィロスたちは
最初からこのつもりだったんじゃないか、ってこと」
「このつもり、って?」
「僕らを全員、精霊界に閉じ込めるつもりだった」
「そんな、まさか、っす」
みなさん目を丸くなさいました
「いえ、もしかしたら、そうなのかも、しれません」
最初にそう言ったのは、シルワさんでした
「精霊界に行った者は、現実の世界の時間は止まっています
つまり、わたしも永遠にオークになる心配はなくなります
みなさんとご一緒なら、わたしも淋しくないだろう、と
アイフィロスなら考えるかもしれません」
「そっか
そういうことなら、ノワゼットさんも協力するかも
しれませんね?」
「大好きなシルワ師が、たとえもう二度と会えなくなっても
無事に生きていてくれるんなら、てか?」
ふぅ、とお師匠様はため息を吐きました
「あの人ら、とことん、シルワさんのこと
大好きやねんな」
「…申し訳ありません…」
「いや、シルワさんが謝ることやないねんけど」
ふう、とため息が揃いました
「とにかく
ここでじっとしているのはまずい
質の悪いのに見つかったら、喰われるからね」
ミールムさんは警告するようにおっしゃいました
「喰われる?」
「ここって眠らなくても食べなくても生きてられるんだけど
それでも、喰いたいから喰う、ってやつはいる」
「そうなんっすか?」
「もしくは、喰われなくても、どこかに閉じ込められたり」
「閉じ込められる?」
「それは、僕らだって、やるよね?
珍しい虫とか捕まえたら、持って帰って籠に閉じ込める」
「…確かに」
「ここではわたしらは、珍しい虫みたいなもんか」
私はあの夏祭りのときに精霊たちに追いかけられたことを
思い出しました
確かに、精霊は明るくて楽しいけれど
そういう一面もあるかもしれません
「とにかく、じっとしていたら、気配に感付かれるから
っても、動いてて、そういうやつらとばったり出会う
って、可能性もあるけどね?」
「どっちが安全なんやろ?」
「とにもかくにも、歩いていれば、もしかしたら
出口が見つかるかもしれません」
「確かに
ここでじっとしてるよりは、いいっすね」
そんなふうに話し合って私たちは移動することに決めました
それにしても
どっちに行けばよいのか、さっぱり分かりません
みなさん、足を上げかけたまま立ち止まって
きょろきょろとお互いの顔を見回しました
「あーもー!だから、どっち?」
ちょっといらいらしたようにミールムさんがおっしゃいます
「ここは、ほれ、幸運度の高い妖精さんに
お任せしようやないの」
「って、こんなときだけ…」
ミールムさんは不満そうでしたが
ふと、足元の木の葉を一枚拾うと
高く飛び上がって、上から落としました
ひらひらと舞い降りる木の葉は
やがて、地面に落ちてきました
「その葉っぱの先へ」
みなさん集まって葉っぱに注目なさいます
それから葉っぱの尖った先のほうを、一斉に見ました
そちらに何があるのかは分かりません
けれど、そちら以外にも、何があるのか分からないのです
とにもかくにも、妖精さんの幸運度を信じるしかない
それは全員、一致していました
次の行動が決まったので、私はバネタロウさんを
そっと地面に下ろしました
「ここでお別れです
バネタロウさん」
バネタロウさんはきょとんとした目をして
私をじっと見上げています
あまりにもそのお顔が可愛らしくて
思わず手を伸ばして、バネタロウさんの頭を
なでなでしていました
きー…
バネタロウさんは小さな声で鳴きます
まん丸い目は、ちょっと細められて
喜んでいるのかな、と思います
「…じゃあ…」
お名残惜しいのですが、いつまでもじっとしているのは
いけないと、さっき、言われたばかりです
私はバネタロウさんに背中をむけて、行こうとしました
きっ!
と、何を思ったのか、バネタロウさんは
いきなり、私の背中に飛び乗ってきました
「…いえ、あの…」
手を伸ばして掴もうとしても、バネタロウさんはひょいと
避けてしまいます
あまりにも力づくで捕まえて、痛い思いをさせたくも
ありません
助けてください、とミールムさんの方を見ました
「…仕方ないなあ、連れていくか…」
ミールムさんはため息を吐かれました
「連れて行ったりしても、大丈夫なのでしょうか?」
そう言いながらも、ここでお別れしなくていいのは
少しばかり、嬉しいと思ってしまっていました
「少なくとも、本人?の意志なんだし?
置いて行こうにも、言い聞かせられる自信
僕にはないね」
それは、私にもございません
バネタロウさんは、リュックの上に座るようにして
後ろ側から私の首にしがみついています
それがまた、見事にと申しましょうか
まるで狙ったように、と申しましょうか
サイズといい形といいバネタロウさんにぴったりなのでした
「なかなか素敵な居場所ですね?バネタロウさん
ちょっと嫉妬してしまいますけれど」
シルワさんはにこにことバネタロウさんの頭を撫でました
「バネタロウさん!こっちこっち
おいらの背中にも乗ってくださいよ!」
フィオーリさんはバネタロウさんのほうに背中をむけて
呼びましたけれど、バネタロウさんは、ぷい、と
そっぽをむいてしまいました
「嬢ちゃんが、ええねんて」
けけっ、とお師匠様は笑っています
「まあ、こう見えて、こいつも一人前の精霊だろうし
どっちへ行ってどうするかは、自分で決めるさ」
ミールムさんは諦めたようにおっしゃいました
こうして私たちのパーティには、またひとり
メンバーが増えたのでした




