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夢をみました
夢のなかで、シルワさんは泣いていました
ほろほろと泣きながら、謝っていました
謝らないでください
どうしてそんなに泣いているのですか?
そう伝えたいのに、夢のなかに、私はいませんでした
なんとかして、伝えようとするのに
夢のなかの世界にいるのは、シルワさんたったひとりで
言葉も声も、届けられません
辛くて、もどかしくて、身をよじっていても
何も、できない
目が覚めたのは、まだ、夜が明ける前でした
からだを休めるためにも、もう一度眠らなければ
そう思いましたが、眠ることはできませんでした
真っ暗い闇のなか、ぱっちり目を開いておりました
目をつぶっているのか、目をひらいているのか
自分でも分からないくらいの闇でした
すると、大きな窓のほうが、うっすらと白くなってきました
まだまだ朝には遠いと思いましたけれど
どこかで鳥の鳴く声がしました
ベットで息を潜めて、じっとしておりました
窓はあっという間に明るくなっていきました
ひとつ、大きく息を吸いました
ほのかに、よい香りがしました
シルワさんの香りだと思いました
なんだかほっとして、それと同時に涙があふれてきました
はっと気がすくと、すっかり明るくなっていました
いつの間にか、もう一度眠ってしまっていたようでした
急いで小屋を出て行きました
おはよう、といつものようにお鍋をかき混ぜながら
お師匠様がおっしゃいます
おはようっす!とフィオーリさんは
水のいっぱい入ったバケツを持ってきてくれました
「早く来ないと、朝ごはん、君の分も食べてしまうよ?」
ミールムさんはさっさと食卓についています
「大丈夫やで?
嬢ちゃんが起きてくるまで、おあずけしとったからな」
お師匠様が笑ってそう言うと
ミールムさんは、けっ、とおっしゃいました
みなさん揃って、朝食が始まりました
五つ並んだ椅子は、ひとつだけ、あいたままです
ぽっかりあいたその空間に、少しだけ、ため息が出ます
四角いテーブルは、四人だと、とてもちょうどいい…
のかもしれませんけれど
誰も、あいている席を埋めようとはしませんでした
「やあ、ちょうどよかった
朝ごはん、まだだったんだ」
そこへ、そんな声がして、振り返るとノワゼットさんでした
「木の実のパイを焼いてきた
ここで、一緒に食べてもいいかな?」
「もちろんやで?」
お師匠様はにっこり頷くと、椅子と食器とカトラリーを
もう一組持ってきました
「…っと、ここ、あいていないの?」
ノワゼットさんはシルワさんの席を指さしました
「そこはな?予約席やねん」
お師匠様はけろりとおっしゃると
別のところにノワゼットさんの席を作りました
「あんたも、もうわたしらの仲間みたいなもんやからな
あんたの席はちゃんとあんたの席として
作っとかんとな?」
「…それって、また来てもいい、ってこと?」
「もちろん
というか、なんなら、ここにずっと一緒におっても
ええんやで?」
ノワゼットさんは、ちょっと考えるようにしてから
それは、いいや、とおっしゃいました
「わたしは、自分の枕でないと眠れないんだ」
「そんなら、その枕、持ってきはったら、どない?」
お師匠様に言われてノワゼットさんは苦笑します
「いや、それは遠慮しとく
それに、ここはシルワ師の気配が濃すぎて
ちょっとくらくらするから」
「なんや、あんた、シルワさん大好きなんやろ?」
「好き過ぎて、辛い
こんなところじゃ、まともに眠れない」
「そりゃまた、いろいろ、重症やなあ…」
お師匠様はからからと笑うと、ほな、お好きにどうぞ
と頷きました
ノワゼットさんの持ってきてくれたパイもいただくと
かなり豪華な朝食になりました
みなさんお腹いっぱいになって、ふぅ、と一息つきました
食事をとりながら、みなさんは、昨日、泉の精霊と会った
話しをノワゼットさんにしました
シルワさんの魂を探せ、と言われたことも
その後、話し合って、シルワさんの魂は、まだ精霊界に
いるのではないかと考えたことも
ノワゼットさんは、いちいち頷きながら
話しを聞いていました
「泉の精霊様か…
いいな、わたしも、一度、お会いしてみたい」
「次に呼び出すときは、おってもらうようにするわ」
お師匠様はそう約束していました
「しかし、アニマの木、かあ…」
話しを聞き終わったノワゼットさんは
そう言って首を傾げました
「どやろ?
この森のどこかにないかな?」
軽く尋ねるお師匠様に、うーん、とノワゼットさんは
唸り声を漏らしました
「少なくとも、見たことはないし
どこかにあるって、聞いたこともない
だって、アニマの木、って…」
言いかけたノワゼットさんは
ちらりと、ミールムさんを見て
いや、とだけ言って、その先は言いませんでした
「…とにかく、アニマの木は、エルフの森には馴染まない
探すなら、よその森を探したほうがいいんじゃないかな」
「…よその森、かあ…」
ここに辿り着くまで、広い広い荒野を渡ってきました
それはそれは、遠かったのです
もちろん、骨惜しみをするつもりはありません
高名な導師様に弟子入りすることを思えば
格段に早いとも思います
「やっぱ、ここは、あの鉱山近くの森に
戻るしかないかなあ」
初めて、みなさんと出会った鉱山
その近くにあった森には、その木もあるでしょうか
「一応、アイフィロスには聞いておいたら?
あいつ、森の木のことには詳しいから」
「それもそうやな」
それではこれから、アイフィロスさんのところへ行こうか
そういうことになりました
アイフィロスさんは相変わらず、寝ておられました
お師匠様は、一人分の朝ごはんを
バスケットに入れて、持って行きました
「君たちさあ、朝はもう少し、ゆっくり来てくれると
助かるんだけどねえ?」
アイフィロスさんは欠伸をしながら起きて来て
お師匠様のご飯を召し上がりました
「なんか、この味、最近、慣れてきたな」
アイフィロスさんはスープを飲んでそうおっしゃいました
「んで?なに?
こんな朝早くに起こすなんて、何か急ぎの用?」
「朝早く、てこともないと思うねんけど」
お師匠様はちょっとそう言いかけてから
いや、そんなことより、と言い直しました
「アニマの木、をな?
あんた、知らんか?」
「アニマの木?
木なら、知ってる」
「おう!知ってるんか!」
目を輝かせるみなさんに、アイフィロスさんは、いや、と
困った顔をなさいました
「いや、その木の種類とか、由縁とか…
そういうのは知ってる
一応、知識として」
「この近くには、ないんかな?」
「あるわけないでしょ
ここは、エルフの森だよ?」
アイフィロスさんはそう言ってため息を吐きました
「オークの涙は、全部、郷の宝物庫に保管されてた
最初のから、全部
昔、それを盗み出して、シルワに渡したけど
その後は、オークの涙はひとつもないよ」
「オークの涙?」
それは、オークが光に溶けた後に残る綺麗な石です
オークになりかけている人が飲むと
オーク化を遅らせることができる薬にもなります
アニマの木の話しをしていたはずなのに
突然、関わりのないものが出てきたようで
私は話しについていけなくなりました
「…あ、そっか
知らないのか」
アイフィロスさんは首を傾げた私を見て
そうおっしゃいました
「アニマの木はね?
オークの涙を埋めたところに生えるんだ」
「オークの涙を埋めたところ?」
「そうだよ」
アイフィロスさんはふぅとひとつ息を吐いてから続けました
「エルフってのは、こと、オークに対しては嫌悪感が強い
だから、オーク化する同族のことは決して逃がさないし
光に溶けた後の石も、厳重に保管してあったんだ」
「一度、オークに堕ちた者は、森に還ることも許さない
そんな、感じ」
ノワゼットさんはぼそぼそと付け足しました
「…なるほどなあ…」
お師匠様は腕組みをなさいました
「けどさ、僕、アニマの香りを嗅いだんだよね」
突然、そんなことをおっしゃったのはミールムさんでした
ミールムさんはアイフィロスさんをじっと睨むようにして
言葉を続けました
「君がくれたあの木
壁の穴を塞ぐためにもらったやつだよ
あの木は、アニマの木の匂いをぷんぷんさせてた」
「…妖精ってのは、鼻の利く種族かい?」
アイフィロスさんはちょっと嫌そうに
ミールムさんを見ました
「切った直後ならともかく
あれはもう、切ってから何年も放置してあったのに」
「切った?
その木はもう、切ってしまったの?」
「長老に見つかってさ
切るように言われた
まだ若い木だったから
扉は開いてなかったよ」
「切り株は?根は?残ってない?」
「切り株は残ってるよ
もしかしたら、って思って、残しておいたんだ
長老は、命令はしたけど
実行されたかどうか、確認には来ないからね」
アイフィロスさんはちょっとため息を吐きました
「けど、これって、重大な掟破りだ
バレたら、オレは、森を追放されるよ」
「わたしら、誰にも言いません」
同じ顔をして頷く私たちに、アイフィロスさんは
もう一度深いため息を吐いた
「君たちは、そもそも余所者だから
だけど、ノワゼット
君は、掟破りを見つけたら、通報しなくちゃいけない
もしも、そうしなかったら、君も同罪になる」
なんて厳しいエルフの掟!
アイフィロスさんやノワゼットさんに
そこまでの迷惑はかけられません
そう思いかけたときでした
ふふ、とアイフィロスさんは小さく笑いだしました
「って、切り株が残ってること言っちゃった段階で
もう、アウトか
ノワゼットには、通報の義務が生じているし
通報しなけりゃ同罪ってのも、もうそうなっちゃってる」
なーんと!
「申し訳ありません!ノワゼットさん!」
思わず頭を下げた私に、ノワゼットさんは苦笑しました
「どうせ確信犯なんだろ?
バレたらお前も大変だぞ、って
いいよ、それがシルワ師のためになるなら
わたしは、掟破りも躊躇わない」
なんとなんとなんと
「ノワゼットさんのシルワさんを思う真心
なんと見事なことでしょう
それはきっと、大精霊様の御心にも届くはず
あなたの未来は、大精霊様に祝福されています」
私は思わずノワゼットさんを祝福してしまっていました
「へえ?
それ、なに?聖女ちゃん
それ、オレにはやってくれないの?」
横で見ていたアイフィロスさんがそうおっしゃいました
「もちろん!
アイフィロスさんも、友のために危険を冒す
その真心はご立派ですわ」
私はアイフィロスさんにも祝福をいたしました
「エルフ族にとっては、人間の神官の祝福など気持ち悪い
かもしれません
けれど、種族は違っても、大精霊の下さるお恵みは
平等なのです」
「オレは、気持ち悪くなんかないよ?
まあ、人間流の祝福ってのは面白いな、とは思うけど
聖女ちゃんに祝福してもらって、嬉しいな」
「わたしだって!
気持ち悪くなどない!
あなたはもう、わたしの大事な仲間だからな!」
おふたりとも、急いでそう言ってくださいました
「なんて、素敵なエルフさんなんでしょう
有難うございます」
私は深々と頭を下げました




