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泉の精霊は満足気に頷きました
「では、頼みましたよ」
それだけ言い残すと、さわさわとその姿が薄れていきます
「あっ!ちょっ!待っ!」
お師匠様が呼び止めましたが
泉の精霊のにっこり笑顔は、容赦なく薄れて
そのまま消えてしまいました
「…言い逃げだね…」
ミールムさんが、ぼそりとおっしゃいます
「さて、どうしますかねえ」
フィオーリさんは呑気にみなさんの顔を見回しました
「とりあえず、帰って、作戦会議やな」
お師匠様の一声に、みなさん、ぞろぞろと帰り始めました
冷めてしまったシチューを温め直し
パンを切って、食卓に並べると
お食事をいただきながら、作戦会議が始まりました
「魂を連れ戻すって、一言で言いはったけど
そもそも、目に見えんもんを
どうやって探したらええんやろ?」
口火を切るのはいつもお師匠様からです
「もし、たとえ見つかったとして、っすね?
それをからだに戻す方法とか
どなたかご存知なんっすか?」
フィオーリさんのおっしゃったことに
もっともだ、と私は頷きました
まったく気づいておりませんでしたけれど
それも、絶対に必要なこと、ですよね
「その類の術とくれば、神官の専門領域のはずだけど…」
ミールムさんは言いかけて、私の顔をちらっと見て
まあ、それは、いいっか、とおっしゃいました
「とにかくさ、先のこと、心配しても、仕方がない
まず、真っ先に、どこから手をつけるか、だよね?」
「ええ、それで、私、帰り道につらつらと
考えてみたのですけれど」
私は恐る恐る手をあげて発言しました
「やはり、ここは、お父様にお願いして
どこかのご高名な導師様に弟子入りを志願しようかと」
「弟子入り?」
お師匠様が怪訝なお顔をなさいます
私は、はい、と頷きました
「まずは、魂が見えるようにならなければなりませんから」
「…その修行って、どのくらいの時間がかかるんっすか?」
軽くお尋ねになったフィオーリさんに
私は考え考えお答えしました
「それは、人によって長い短いはあると思いますけれど…
数年から数十年、というところでしょうか
私の場合、これまでの例からいたしますと
習得に人一倍、時間もかかるかと思われ
それでも必死に急ぎはいたしますから
少なく見積もって、ざっと、五十年、くらい?
いえ、しかし、そもそも、高名な導師様に
弟子にとって頂くことからして
即座に、というわけにはいかないでしょうから
弟子入りに、数年から数十年はかかるかと思われ
それも加味いたしますと
まあ、寿命が尽きるまでには、なんとか?」
「…とてつもなく、壮大な計画だ、ってことは
分かった」
ミールムさんはため息と一緒におっしゃいました
「そういう非現実的なことはさておき」
お師匠様はさらりと話しを変えてしまいました
「修行せんと、魂を見る方法、っちゅうのは
ないんかいな?」
「魂って、幽霊みたいなもんっすか?
シルワさん、ちょいと出てきてくれませんかね?」
「そうしてくれはると、助かるけどね?」
「シルワさんの幽霊ならば、私、少しも怖くありませんわ
是非とも、出てきていただきたいです」
フィオーリさんのご意見には、お師匠様も私も大賛成でした
けれども、ミールムさんは、あー…とおっしゃいました
「それって、シルワの意志がないとダメだよね?
だけど、そもそも、それをどうやってシルワに伝えるか
ってところからして、問題だから
この場にいる僕らだけで、どうにかする方法を
まずは、考えないと、だよね?」
それは、そうでした
ごもっとも、とみなさん、下をむいてしまわれました
けど、そうか、ふむ、とミールムさんは独り言を呟いてから
こちらを御覧になりました
「マリエは、一度、シルワの魂に会ってるよね?」
ミールムさんに尋ねられて、私は顔をあげました
「精霊の夏祭りにお迎えに来てくださったのは
魂になったシルワさんです」
「精霊のお祭りって…、もう、やってないんっすかね?」
「夏祭りはもう流石にやってないだろうね
けど、精霊界に行けば、魂とも普通に会えるわけだ
もっとも、まだシルワの魂が、そこにいてくれれば
だけどね?」
その言葉に、ふと、考えました
「…シルワさんの魂は
今、どこにいらっしゃるのでしょう?」
精霊界なのか、この世界なのか
それとも、まったく違う別の世界なのか
それすらも、手掛かりもないのです
「からだに戻っていない、のは間違いないけど
もしも、魂だけでこの世界に居続けているとしたら
無防備な魂は、簡単に悪鬼の影響を受けて
悪霊になったりすることもあるかもね」
それを聞いて、私はよいことを思い付きました
「まあ、悪霊さんなら、お話しできますわ
大きな音をたてたり、物を壊したりなさるのですよね?
昔、故郷にいたころ、何度かお話しして
お友だちになっていただいたこともありました」
ふへ~、とフィオーリさんが奇妙な声を上げました
「流石、腐っても聖女様、っす」
「腐ってないけどね?」
ミールムさんは、ちょっとげんなりした顔をなさいました
「んじゃ、みんなして、シルワが悪霊になるの、待ってる?
というかさ、ちゃんと悪霊になれる保証、あるかな?
悪鬼に喰われてそれでおしまい、ってほうが
シルワにはありそうだと、僕は思うんだけど」
「そうですよねえ?」
うんうん、と納得すると、ミールムさんはますます
あー、って顔をなさいました
「最後にシルワさんが嬢ちゃんと別れたとき…」
お師匠様は思い返すようにゆっくりと話し始めました
「わたしらの灯りの見えるところまで送ってきたのに
そこからはひとりで行けと言うたんやんな?」
「ええ、そうです
ここからは、ひとりで行きなさい、と」
私も、あのときのことをもう一度よく思い出そうとしました
「なんでシルワさん
ちゃんと、わたしらに引き渡すところまで
嬢ちゃんのこと、送ってけえへんかったんや?」
「よく、ちゃんと帰り着くまでが冒険です、って
言いますもんねえ」
フィオーリさんも首を傾げました
「シルワにしては、片手落ちだね?」
ミールムさんも、うーんと唸りました
お師匠様は、ずいっ、と身を乗り出しました
「あの!シルワさんやで?
こと、嬢ちゃんに関わることとなったら!
あの!シルワさんやで?
もう、滅茶苦茶、細かいところまで
つめっつめにつめとかんと、納得せえへん
そこまで心配するか?てくらい
心配しいの、シルワさん、やで?
おかしいと思わへん?」
「おかしいっすね!」
「おかしいよね?」
おふたりは同時に頷きあいました
「でも、じゃあ、何故、シルワはそんなことを
したんだろう?」
「そうするしかなかった、とか?」
お師匠様は私のほうをじっと見ておっしゃいました
「…そのとき、精霊に追われてた、言うてたよな?」
「そっか、足止めか…」
「後ろから精霊たちが追いかけてくるのに気づいて
聖女様を逃がすため、だったんっすね?」
みなさんは一斉に私を御覧になりました
「ちょっと、思ったんっすけど…」
フィオーリさんがおずおずと口を開きました
「シルワさん、もし、この世界にいるなら
聖女様のこと、こんなに放っておきませんよね?
あーんなに泣いている聖女様を、あのシルワさんが
放っておくはず、ありませんよね?」
うんうん、とみなさん揃って頷かれました
「もしかしたら、シルワさんは、まだ精霊界にいて
精霊たちから追われてるんとちゃう?」
なんということでしょう
あの恐ろしい精霊たちに、今も追いかけられているなんて
「もしくは、もうどこかに取っ捕まっているのかも」
それは、大変です
「シルワさんを、お助けしなければ!」
お食事中だというのに、思わず立ち上がっておりました
「けど、精霊界って、そう簡単には行かれへんやろ?
どうやって行く?
まさか、シルワさんの真似して
みんなして仮死状態、ってわけにも
いかんやろ?」
そうだ、その手がありました
と喜びかけたのも束の間
ミールムさんは難しい顔をして首を振りました
「あれは、なかなかに危険な術なんだよ
多分、禁術だったと思う
シルワくらいなら、知らないことはないだろうけど
よほどでなければ、手を出さない術だろうね」
「嬢ちゃんを助けるためやもん
よほどの事態やったんやろうな」
「シルワさんをお助けするのだって
よほどの事態なのでは?」
私は訴えましたけれど
みなさんは、きっぱりと首を振られました
「それは、あかん」
「聖女様を危険に晒したら、シルワさんに叱られます」
「シルワだから、可能なんだ
僕らには、ましてや、君には、絶対に不可能だ」
みなさん、冷たいわけではないのです
それは分かっていても、泣きそうになりました
「けれど、他に精霊界に行く方法なんて…」
うつむきかけたみなさんのなかに
ミールムさんの、ふっふっふ、という笑い声が響きました
「みんな、僕を誰だと思ってるの?」
「ミールム」
「ミールムさんっす」
「ミールムさんです」
同時に答えた私たちに、いや、それはそうだけど、と
ミールムさんは呆れた顔になりました
「僕ってば、妖精さん、なんだよね?」
「自分にさん、つけはったな?」
「妖精さんなのは、知ってますけど?」
「ええ、妖精さん、ですわ」
同時に見つめる私たちの前に
ミールムさんは胸を張って見せました
「知らなかった?
妖精には、精霊界への扉を開く力があるんだよ?」
「そーんな便利なこと、できたんかいな?」
「それなら、どうして聖女様のこと
お迎えに行かなかったんっすか?」
「まあ、なんて素晴らしい!」
「さっきだってやって見せたでしょ?
まさか、マリエが精霊界に連れて行かれたとは
思ってなかったからだよ
その辺の森で迷子になったんだって、思ってた」
早口で一息にそこまでおっしゃってから
ぜいぜいとミールムさんは深呼吸をなさいました
「もっとも、さっきのは、精霊の居場所が分かってて
そこへ扉を開いたら、むこうから来てくれる、って
そういう状況だったから
こっちからむこうへ行くとなると
ちょっと、事情は、変わるんだけどさ…」
「事情が、変わる?」
「こちら側からむこうへ行くには
特別な扉が必要なんだ
一番簡単なのは、自分が通ってきた木を使うことだけど」
「自分が通ってきた木?」
「ああ、いや、そこ説明しだすと長いから
とりあえず、聞き流しといて
ただ、僕くらいになるとさ、自分のじゃなくても
その木さえあれば、扉を開ける、んだよね」
ふっふっふ、とほくそ笑むミールムさんが
これほど頼もしく見えたことなど、あったでしょうか!
「その木を探したら、ええ、っちゅうことか?」
「ここはエルフの森ですし、木ならたくさんありそうっす」
「…まあ、それは、どうかな…」
ミールムさんはちょっと言い淀んでから続けました
「とにかく、明日から、その木を探そう!」
「木のことなら、アイフィロスさんやノワゼットさんにも
聞いてみましょう」
その提案には、みなさん、うんと頷いてくださいました
「ところで、その木は、なんちゅう木やのん
特徴とか、教えてもらえるか?」
「アニマの木、っていうんだ
特徴は、まあ、見たら分かる
と言っておこうかな」
アニマの木?
その木を見つければ、シルワさんに会えるのですね?
私はしっかりとその名前を心に刻みました




