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思わず、一歩、私は泉の精霊の方へと踏み出しておりました
「病であれば、その病は癒すことはできるのですか?」
「もちろん、癒すこともできます」
泉の精霊はにっこり微笑んで頷きました
このとき、闇の中に一条の光を見つけた気がいたしました
「それは、いったいどうすれば…?」
特別な薬草でしょうか?
それとも、どこかの高名な導師様?
ならば、いますぐ探しにまいりましょう
その私に、泉の精霊は優しく笑いかけてくださいました
「あなたのお力があれば
シルワの病はきっと癒せるでしょう」
「…私?
私には、そんな、力は…」
たしかに私は神官ですし、神官といえば癒しが専門
なのは一般常識と言っても過言ではありませんが
こと、私の場合…
なにせ、神官の資格をいただけたのが不思議なくらい
座学、実技ともに、惨憺たる有様でして
神官の試験に合格したときに、多分きっと、もう既に
一生分の幸運は使い果たしたに違いないです
転んですりむいたお膝すら、聖水がなければ癒せない私に
そのような難しい病を癒す力など、あるはずがない
我ながら情けないとも思いますけれど、ええ、それは
後々の憂いを招いてもいけませんから、早いうちに
正直に申し上げておくべきかと思いました
ところが
口を開こうとしたところを
泉の精霊に僅かに機先を制されてしまいました
「ありますとも」
泉の精霊は私が何か言う前に、自信たっぷりに断言しました
「いいえ、むしろ
世界中探しても、あなたの他に
シルワの病を癒せる者はおりません」
私は、うっ、とそのまま言いかけた言葉を呑み込みました
聖なる泉の精霊が、ここまで堂々と断言なさるからには
もしかすると、もしかする?
いいえ、なにより、ほんの僅かでも望みがあるのなら
こんなところで怖気づいている場合ではないのです
大切なシルワさんのために、できることがあるなら
なんだってしたいというのは、間違いなく本心です
私はごくりと一度唾を呑み込んでから
もう一度目をあげて、泉の精霊を見つめました
「どうか、お教えください
もしも、本当に、そんなことができるのなら
どんなことでもいたします」
すると精霊は、故郷のお父様のような目になって
私をじっと見つめました
「簡単なことではありません
それでも、引き受けてくれますか?」
「もちろんです!」
難しいのは…ちょっと苦手ですけれど
根気だけは、誰にも負けません
何度失敗しても、できるまでやる
そうすれば、どんなに難しくてもいつかは叶う
不器用な私が、なんとかやっていくために
それはお父様から教わった方法でした
「わたしたちも、おります」
「おいらも、聖女様のお力になりますよ」
「仕方ないから、手伝ってやるよ」
みなさんも同時にそうおっしゃってくださいました
なんて心強い
私はそれに勇気をもらって
もう一度泉の精霊を見つめました
「どうか、知恵をお授けくださいませ
シルワさんを取り戻す方法を」
泉の精霊はにっこりと微笑んでくださいました
「あなたのお覚悟、見届けました
ならば、まず初めに、あなたがしなくてはならないのは
どこかを彷徨っているシルワの魂を見つけ出すことです」
「シルワさんの、魂?」
これはまたいきなり、難しい課題が降ってまいりました
お師匠様が横からお尋ねになります
「あの仮死状態ってのは、魂が抜けてしもうてる状態
ってわけか?」
そうなのです、と泉の精霊は頷きました
「魂が戻らなければ、病を癒すことも不可能です
まずは、それを戻さなければ」
その泉の精霊に、フィオーリさんは恐る恐る尋ねました
「魂って、でも、目には見えない、っすよね?」
はい、と泉の精霊はまた頷きました
「そんなもん、どうやって、見つけたら…」
「マリエになら、見つけられるでしょう」
泉の精霊は私にむかってにっこりしました
あの、自信たっぷりの笑顔です
みなさん、一斉に私に注目されました
その期待に満ちた視線に、ちょっと圧倒されてしまいます
もしかしたら、お前には見えているのか、と
みなさんの視線がおっしゃっています
「え?私?
あ、いえいえいえ、私にも、魂を見る能力などは…」
長年修行を積まれた高名な導師様ならば
あるいは、そういうお力もあるかもしれませんけれど…
私は、落ちこぼれ神官
今から修行を始めたとしても、果たして寿命のある間に
魂を見る能力を得られるのかどうか…
私は、ぶんぶんと首をふりました
「む、無理、です
魂を見るなどと、そんな特別なことは…
この私には…」
すると、泉の精霊は、少し悲しそうな顔をしました
「…簡単なことではないとは、言ったはずです
それでも、挑戦なさると、おっしゃいましたよね?」
泉の精霊は、ずいっ、とこちらに一歩
近づいてこられました
エルフというのは長身なのが普通でして
それでも、シルワさんは、いつも猫背気味なので
隣にいらっしゃっても、あまり圧迫感はないのですが
普通一般のエルフの方に、至近距離に迫られると
なんだか、それだけで、重圧を感じてしまいます
泉の精霊も、長身のエルフの姿をしておられましたから
あまり近くに詰め寄られると
一気に、顔がかっと熱くなり、心臓もばくばくし始めました
「え?
あの…」
「願いを叶えるコツをご伝授いたしましょう
それは、叶うまで願い続けること、ですよ?」
泉の精霊の完璧な笑顔に、ちょっと、ぞくっといたします
「そんな、探し物のコツは、見つかるまで探すこと
みたいな…」
お師匠様はぼそっと呟かれましたけれど
泉の精霊は、私のほうだけを見ておられました
「大丈夫
あなたなら、できますとも
そうでしょう?」
ずいっ
泉の精霊はさらに背中を曲げるようにして顔を近づけると
私の目をじっと覗き込みました
「シルワを救えるのは、あなただけなのです」
ごくり、と音がしたかと思ったら自分が息を呑んだ音でした
なにより、先ほど、根気にだけは自信があると
自分自身が思ったばかりではありませんか
必要とあれば、叶うまで努力し続けるだけ
「…分かりました…
あの…私…
やってみます」
私は恐る恐る、そう応えておりました




