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フィオーリさんに連れて行かれたのは泉のところでした

そこにはミールムさんも待っていました


「やあ、遅かったね?」


ミールムさんは私の顔を見ておっしゃいました


私はお二人のお顔を代わる代わる見つめました


「あの、もうすぐ御夕飯もできあがりますけど…」


恐る恐るそう言ってみると、

ミールムさんは思い切り呆れた顔で私を睨みました


「泉の精霊に、大事な話がある、って言われたんだろ?


あ!

そう、でした

すっかり失念しておりました


ミールムさんは、ふん、と鼻を一つ鳴らすと

泉のほうへ向き直りました


「あー!ちょいちょいちょい!

 待った待ったーーー!!」


遠くからお師匠様の声が聞こえてきました

走ってきたお師匠様は、ぜいぜいと息を切らせていました


「こんな大事なことしようってのに

 わたしだけ仲間外れとは、どういう了見やのん?」


「あ、いや、まあ…

 グランさんならすぐに気づいて

 追いかけてくると思ってました」


フィオーリさんはへらへらと笑ってみせました


「とりあえず、マリエを会わせてあげればいいと思っただけ

 フィオーリは勝手についてきたおまけ」


ミールムさんはけろりと言い切ります


「あ!それはひどいっす!

 泉の精霊さんのことを思い出したのはおいらっすよ?」


「あー、そうそう、そうだった」


ミールムさんは軽く棒読みで言うと

いいから、やるよ?と全員を睨みました


「あ、はい

 よろしくお願いします」


私がぺこりと頭を下げると、よろしい、とおっしゃって

ミールムさんは泉のほうへもう一度向き直りました


歌うような、妖精魔法の呪文

指先から零れる妖精の粉で

ミールムさんは、宙に複雑で綺麗な紋章を描きます

やがて、紋章の完成と同時に、低く、唱えました


精霊召喚


すると、紋章がいっそう輝きを増し

きらきらと輝く扉になって、ぱっくりと開いた場所から

泉の精霊が姿を現しました


この間会ったときと、精霊は同じ姿をしていました

それは、シルワさんのお母様に借りたというお姿でした


「…無事に、帰れたのですね、よかった」


泉の精霊は私を見て微笑んでくれました

その笑顔は、どことなく、シルワさんにそっくりでした


「…私は帰ってまいりました

 けれども、シルワさんは…」


私が答えようとすると、泉の精霊は、分かっている、

というように、小さく頷きました


「精霊の祭りにあの子がこっそり参加した方法なら

 あのときに、もう気づいておりました」


そうですか、と私はうつむきました

泉の精霊は、そんな私をじっと見ておっしゃいました


「あの子のために、心を痛めてくれて、有難う」


「…そんなこと…」


私はまた、ぽろぽろと涙が零れだしてしまいました

すると、泉の精霊は、私に近づいてそっと手を伸ばし

涙を拭ってくれました


「これが、あの子を守っている涙なのですね?」


泉の精霊の手のなかで、涙はノワゼットさんがしたように

ころころと透明な丸い粒になっていました


「この涙は、あの子のために、とっておいてあげましょう」


泉の精霊はそう言うと、どこからか透明の瓶を取り出し

涙の粒を入れて手渡してくれました


「…でも、もうこれは、シルワさんには必要ない、って…」


アイフィロスさんに言われたことを思い出して

私は瓶を泉の精霊に返そうとしました


けれども、泉の精霊は、軽く微笑むと

小さく首を振って、瓶を私に押し戻しました


「もちろん、必要ですとも

 あの子の病を治すまでは」


「病?」


その場の全員が同時に聞き返していました

それに、泉の精霊は、ひとつ、大きく頷きました


「シルワだけでなく、ネムスも

 同じ病にかかっています」


「ネムスも?」


「ゆっくりとオークになっていく病

 あれは、大精霊のもたらした魔法とは

 また違う種類のものなのです」


泉の精霊の言葉に、その場の全員が息をのみました


「まさか、そんなこと、あるんっすか?」


目を丸くするフィオーリさんに

そうなのです、と泉の精霊は頷いてみせました


「大精霊のもたらした魔法は、本来、

 罪を犯せば即座にオークになるもの

 赦されざる罪を犯した者は、即座にその代償を払う

 そこには微塵の容赦も酌量もありません」


それには有名な伝説があります

とある土地に、仲の悪い町がふたつ、隣り合ってありました

あるとき、片方の町がもう片方の町に攻め込もうとしました

ところが、いざ、そのときになって

領主の合図に合わせて勝鬨を上げた途端

その全員がオークになって、一瞬で消滅したのです

結局は、その町は自ら滅んでしまったのでした


これは実際にあったこと、というよりは

こうなりますよ、という教訓のようなもの、として

子どもたちにも語り聞かせられるものでした

私も、幼いころに、何度も聞かされた覚えがあります


初めて、この話しを聞いたとき

恐ろしさにからだが震えました

一瞬で無人となってしまった町が見えた気がして

心臓がどきどきと早鐘を打ったのを覚えています


大きな罪を犯せば、もう、許される暇もない

それは魔法というより、呪いのように感じました


「けれど、大精霊の魔法とは別に

 もっとゆっくりと、オークになっていく

 それは病なのです」


もっとゆっくりとオークになっていく…


確かに、シルワさんもネムスさんも、そんな感じです

そもそも一瞬でオークになっていたのなら

シルワさんが、ネムスさんを連れて逃げることも

その後、私たちと出会うことも、あり得ないのですから


「あれって、魔法やのうて、病気やったんか?」


お師匠様は唸り声を上げました


泉の精霊は深々と頷きました


「そもそも、あの子たちは

 オークにならなければならない罪は犯していません」


「確か、ネムスは、泉を穢して

 郷の人たちを病気にさせた、って…」


「それはまったくの誤解です

 あのとき、ネムスは自らの傷を癒すために

 泉の水を使っていました

 それは、間違った使い方ではありません」


「シルワさんは、オークをたくさん葬った、って…」


「オークに光を掲げる行為は、むしろ罪にはなりません

 光は誰も傷つけることはありませんし

 完全にオークになってしまったモノにとっては

 そうすることで、永遠の苦しみから救われますから

 妖精族の厳しい殺戒をもってしても

 オークに光を掲げることは、罪にはならないでしょう?」


「それはそうだ

 むしろ、僕らは率先して、それをしろ、って

 思っている」


ミールムさんは、うーん、と考え込みました


「つまり、ネムスもシルワもオークになる罪は犯していない

 けど、オークになりかけてる、ってこと?」


「そうです

 だから、それは、オークになる病、なのです」


泉の精霊はもう一度頷きました






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