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ほろほろ、ほろほろと、涙が止まりませんでした

攻撃を仕掛けてきた敵とはいえ

仲の良さそうなふたつの雪像が

溶けて崩れてしまったことを

とてもとても、悲しく思いました


ぽたぽたと足元に涙が落ちると

そこにあった雪が少しずつ消えていきました

はっと気づくと、目の前には

氷の棺がひとつ、横たえてありました


そして

その棺にもたれかかるようにして倒れていたのは

シルワさんでした


「シルワさん!」


私はシルワさんに駆け寄ると、抱え起こそうとしました

けれど、手を触れた途端、あまりにも冷たいそのからだに

驚いて思わず手を引いてしまいました


シルワさんは、声をかけられても、ぴくりとも動きません

目はしっかりと閉じたままでした


仮死状態


ノワゼットさんが言っていた言葉を思い出しました

シルワさんは、精霊たちのところに行った私を連れ戻すため

仮死状態になったのです


「どうしたらシルワさんは目を覚ますのでしょう?」


私は問いかけるようにみなさんのお顔を見回しました

けれど、みなさん俯いて首を振るばかりで

どなたも応えてはくれませんでした


シルワさんのもたれている棺のなかには

金色の髪をしたエルフが眠っていました

おそらくこの方がネムスさんなのでしょう


シルワさんより背も高く、からだも大きく

腕や足も丸太のように太く、とても強そうに見えます

髪の色も体格も、あまりシルワさんには似ていませんが

顔立ちはよく似ていて、やはりご兄弟なのだと思いました


氷の棺のなかのネムスさんには触れることはできませんが

人形のようにじっとしていて、動く気配はありませんでした

けれど、そのお顔は優しく、眠っているようでした


シルワさんはその冷たい棺にもたれて

ネムスさんの寝顔を覗き込むようにして

目を閉じていました


「ようこそ、オレの迷宮へ」


そのとき、聞き覚えのある声がしました

急いで振りかえると、アイフィロスさんが立っていました


「アイフィロス?」


怪訝そうに名前を呼ぶノワゼットさんに

アイフィロスさんは、やあ、と気軽に手をあげてみせました


「…なんや、あんた、先回りしとったんか?」


お師匠様は少し怒ったようにおっしゃいました

まあね、とアイフィロスさんは

悪びれもせずにおっしゃいました


「オレの作った迷宮だもの

 裏口のひとつくらい、用意してあるさ

 ときどき中に入って、メンテナンスも必要だし」


「…じゃあ、シルワさんも、その裏口から?」


フィオーリさんは目を真ん丸にして尋ねました


「聖女ちゃんの命がかかってる

 どうしても、今すぐ、迷宮に行かなくちゃならない

 そう言って、泣きついてきたんだ」


アイフィロスさんはあっさり本当のことをおっしゃいました


「…裏口なんかあるなら、なんで最初から

 それを言わなかったわけ?」


ミールムさんは皮肉をこめた目をして見つめます


「ああ、シルワは裏口のことを知っていたわけじゃない

 本当なら、君たちと一緒に試練を潜り抜けてもらう

 つもりだったからね

 だけど、緊急事態で

 どうしても今すぐ迷宮に行かなくちゃ、って言ってさ

 正解の道を教えてほしいって、言ってきたんだ

 話しを聞いてみると、確かに、緊急事態だ

 だから、仕方ない、裏口を通してやったんだよ

 オレもまさか、精霊たちが聖女ちゃんを攫っていくなんて

 予想してなかったからな」


アイフィロスさんはそう言って肩を竦めました


「だけど、迷宮には迷宮の意味がある

 だから、再開した君らには、ちゃんと謎を解いてもらった

 試練を潜り抜けることで、君たちの本気を測りたかったし

 途中で無理だって放り出す程度なら

 ネムスに会わせるつもりはなかった

 あの試練は、君たちの、根気や機転、勇気や知恵を測る

 意味があった

 だけど、最後の慈愛は

 もう少し手こずるかと思ってたんだけど

 案外、あっさりと、破られてしまったね」


ネムスさんはこちらを見て微笑まれました


「流石、聖女ちゃんだ

 シルワの選んだ人なだけある」


「…なんか、そういうふうに試される、とか

 いい気持ち、しないんだけど?」


ミールムさんはアイフィロスさんの視線から私を隠すように

間に入っておっしゃいました

そのミールムさんを、アイフィロスさんは真っ直ぐに見て

おっしゃいました


「確かに、シルワは君たちのことをとても信頼している

 それは知っていたけれど

 それだけで、君たちのこと、全面的に信用するわけには

 いかないよ

 君たちもご存知かもしれないけれど

 オレの親友は、とてつもないお人好しだし

 人が悪さをするのは、魔が差すからで

 根っからの悪人とか、悪意なんてものは

 この世に存在しないという言説の持ち主だからね」


「確かに

 それは、ごもっとも、っすね」


フィオーリさんは、うんうん、と激しく頷きました


「シルワ、こんなこと言われてていいの?

 目を覚まして言い返したら、どう?」


ミールムさんはシルワさんを軽くつついておっしゃいました


けれど、シルワさんはやっぱり、動きませんでした

深い深いため息が聞こえました

振り返ると、ノワゼットさんでした


「…シルワ師…

 目を開けて、お導きください

 わたしたちは、どうすべきですか?」


それは、私も同じことをシルワさんに聞きたいと思いました

ノワゼットさんは、何も答えてくれないシルワさんを

怒ったようにじっと見つめていました


「…だけど、これはこれで、よかったのかな、って

 オレは思うんだ」


ぽつりとおっしゃったのはアイフィロスさんでした


「ここにいれば、シルワもネムスも、時間が止まったままだ

 永遠に、オークになることはない

 案外、ここは、このふたりにとっては楽園かもしれない」


そうは言っていても、シルワさんとネムスさんを見る

アイフィロスさんの目は、どこか悲しそうでした


「迷宮を通り抜けることで

 オレはシルワの気持ちも確かめたかった

 本当に、ネムスを滅ぼすつもりなのかを

 もしも、迷いがあるなら、いつでも引き返せばいい

 謎が解けないと言えばいい

 だから、オレは、あえて、シルワを仲間と行かせた

 なのに、シルワが選んだ答えは

 オレが予想だにしなかったことだった

 大切な人の命は、何を引き換えにしても守る

 結局、シルワは、最初から最後まで、シルワだった

 オレは、幼馴染の本性を、少し忘れていたのかもな」


アイフィロスさんはどこか自嘲的な笑みを浮かべて

言葉を続けました


「その氷の棺は、シルワが、自分の魔力をほとんど費やして

 作ったものだ

 その効力は、半永久的

 おそらくはこの世の終わりのときまで、溶けることはない

 シルワがその魔法を解かない限りはね」


けれど、そのシルワさんもまた

半永久的に眠り続ける魔法を、自分にかけてしまったのです


「…シルワさんの目を覚まさせることは

 できないのですか?」


その問いにアイフィロスさんは軽く首を振りました


「シルワの魔法を破れるのは、シルワ以上の魔法使いだけ

 けれど、そんな魔法使いをオレは聞いたことがない

 こいつは確かに、この世界一の魔法使いなんだ」


「めっちゃ、やっかいやな」


お師匠様の吐いたため息は聞いたことないくらい

深いものでした


「とにかく、ここに長居はお勧めしない

 君たちは、この世界に生きているモノなんだから

 ずっと見ていたって、シルワもネムスも

 目を覚ますこともない

 さあ、とっとと、帰った帰った」


アイフィロスさんはそう言って

追い立てるような仕草をしました


「このふたりのことは、オレに任せておいて

 オレがずっと、守り続けるよ」


確かに、ここにいれば、アイフィロスさんに守られていれば

シルワさんもネムスさんも、オークになることもなく

だから、光に溶けることもなく、ずっと無事、なのです

もう不安になることも、辛い思いをすることもないのです


「聖女ちゃんの涙も、もうこいつにはいらない」


アイフィロスさんはそう言って私の頬を指で拭いました


いつの間にか、気付かないうちに

私は涙を流していたようでした





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