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ノワゼットさんがゴーレムに辿り着くのと同時に
フィオーリさんもまた辿り着いておりました
ノワゼットさんは光る剣でゴーレムに
真正面から斬りつけます
ノワゼットさんがゴーレムを引き付けている間に
まるで打合せでもしていたかのように
フィオーリさんはゴーレムの背中を取って
岩と岩の継ぎ目に短剣を差し込みました
「ミールムさん、あとは、よろしくっす!」
「はいはい」
ミールムさんは、分かっているというように頷くと
フィオーリさんの短剣に雷撃を落としました
するとゴーレムはからだが痺れて動けなくなりました
「…僕、殺しちゃだめだから、ここまで」
ところが
ミールムさんはそう言うと、あっさり戻ってきました
「え?そんな中途半端な?」
「ゴーレムに、殺すとか、ないんじゃ?」
呆気に取られたみなさんにミールムさんは軽く手を振って
じゃ、あと、よろしく、とおっしゃいました
「…よろしく、て…」
お師匠様は納得いかなさそうにぶつぶつ呟きながら
ゴーレムをじっと観察しました
「こういうもんは、スイッチ切ったらおしまいやねんな…
っと、スイッチは、ここかいな、っと」
お師匠様は、ゴーレムの胸のところにある小さな石に
剣を突き立てました
その途端に、ゴーレムの目がぴかぴか光ったかと思うと
しゅう、と白い煙を吹いて、そのまま動かなくなりました
「…まあ、番人さんは大したことない、て
言うてはったっけ」
お師匠様はそう言って、剣をしまいました
ノワゼットさんは破壊されたゴーレムの胸の石を
拾い集めていました
「それ、どないするのん?」
石に興味を持ってお師匠様が尋ねます
「これ、魔力石だから」
ノワゼットさんはそう言うと
石を並べたうえに、あの玉子を載せました
「え?
またそれ、魔力供給かいな?」
それを見て、お師匠様は尋ねました
「てことは、まだまだゴーレム、出てくるん?」
「…ゴーレムなら、いいんだけどね…」
ノワゼットさんはため息を吐きます
「え?
なにその、意味深なため息は?
え?
ちょ、どういうことやのん?」
お師匠様は尋ねようとしましたけれど
ノワゼットさんは、それ以上は何も言いませんでした
悪い予想というものは
当たるものかもしれません
その次に私たちの前に立ち塞がったのは
シルワさんでした
もしかしたら、シルワさんが何かに操られているのか
それとも、シルワさん本人ではなく
何かがシルワさんの姿を取っているだけなのか
けれども、私たちに、その見分けはつきません
「流石に、シルワには、攻撃はできない」
ミールムさんはそう言って足を止めてしまいましたし
他のみなさんも、到底、戦う気にはならないようでした
「…それでは、こちらから…」
シルワさんそっくりな声で敵はそう言うと
いきなり魔法の火弾を打ってきました
やっぱり雨あられと降り注ぐ火の弾を
とりあえずはミールムさんの防御陣が防いでくれました
「…こしゃくな…」
う
シルワさんの顔、シルワさんの声で
そういうことを言われると
なんだかそれだけで、ダメージが入ってしまいます
ノワゼットさんなんて、白目をむいて
今にも気を失いそうになっていました
くそっ、と呟いて、フィオーリさんとお師匠様は
同時に飛び出していきましたけれど
その剣が届く前に、風に押し返されました
前に進もうにも、強い風に阻まれて、足が進みません
「シルワさん、魔法、上手やんか!」
お師匠様が腹立ちまぎれに叫ぶと
シルワさん(仮)は、にやっと笑いました
「この程度、まだまだ序の口、ですよ?」
すると、突然、ぱちぱちぱち、と拍手の音が響きました
何事か、と全員、振り返ると、ノワゼットさんが
きらっきらな目をして、両手を打ち鳴らしておりました
「…ノワゼット、さん?」
「流石、シルワ師
なんて、見事なお姿でしょう」
「い、いやいやいや
敵、褒めて、どうすんねんな?」
振り返ったお師匠様は心底呆れたようにおっしゃいました
すると、シルワさん(仮)は
まんざらでもなさそうに胸をそらせました
「そうでしょう、そうでしょう
もっと、褒めてもいいんですよ?」
ううん…
なんだか、こんなシルワさん、ちょっと嫌です
けれど、ノワゼットさんはどんどん褒めました
「すごいっ!
流石っ!
よっ!ダイトウリョウっ!」
だいとうりょう?とは、いったいなんのことでしょうか?
もっとも、シルワさん(仮)は嬉しそうなので
誉め言葉には違いないのでしょう
おほほ、おほほ、とシルワさん(仮)は
ますます得意そうになりました
そんなことをしている間に、いつの間にか
シルワさん(仮)は
魔法がすっかりお留守になっておりました
すると、ぴたり、と風が止みました
それは本当に、瞬きを一度する間でした
さっきまで拍手をしていたノワゼットさんは
シルワさん(仮)のすぐ近くにいて
光る剣をそのからだにつきたてていました
「シルワ師が、そんなバカなわけないだろ、ばぁか」
ノワゼットさんが低い声で呟くのと
シルワさん(仮)の姿が弾けるようにかき消えたのは
ほとんど同時でした
言葉もなく、ただ息を呑む私たちを振り返って
ノワゼットさんは、淡々とおっしゃいました
「悪趣味なことだ
けど、ここまで似てないと、むしろ笑えるね」
それからシルワさん(仮)のからだから零れ落ちた石を
拾い集め始めました
みなさんは大急ぎでそれを手伝いに行きました
石を集めたところに玉子を置いて、魔力を供給しています
私はそれを眺めながらも、まだ呆然としておりました
あれが、シルワさんではないことは、私にも分かります
けれども、容赦なく剣を突き立てられた姿や
幻のようにかき消えた姿が
心の中に焼き付いたように
何度も何度も繰り返されるのです
からだから零れ落ちた石を見たときには
オークが光に溶けた後に遺すオークの涙を思い出して
かたかたと、からだが震えてきました
「…マリエ?」
私の異変に気づいてくださったのはミールムさんでした
「大丈夫か?嬢ちゃん?」
お師匠様はこちらに近づきながらおっしゃいました
ノワゼットさんは、無言でこちらを見ていらっしゃいます
けれども、私には、その冷ややかな視線が
ひどく恐ろしく感じられました
「嬢ちゃん、あれは、シルワさんやないよ?」
お師匠様は穏やかにおっしゃいます
「それにしても、あんなにそっくりだったら
びっくりしますよね?」
フィオーリさんはそう言って慰めてくださいました
優しい言葉を聞くと、ほろほろと涙が溢れだしました
あーよしよし、とお師匠様は、小さい子どもにするように
私の頭を撫でてくださいました
「あんな偽物のために泣くなんて、あんた、馬鹿だね」
ノワゼットさんは容赦なくおっしゃいました
ミールムさんがそれに軽く舌打ちをしました
「鈍感な奴は、ちょっと黙っててくれる?」
「聖女様は、特別製の柔らかいお心をお持ちなんっすよ」
フィオーリさんも珍しく怒ったようにおっしゃいました
私は…私の心は、柔らかいというより弱いのだと思います
けれど頭ではちゃんと分かっているのに、どうしても
辛い、と思ってしまうのです
「…ゴーレムも、偽物も、オークも…
倒さないでいられたら、いいのに…」
「いや、それはちょっと、無理でしょ」
ミールムさんはちょっと呆れたようにこっちを見てから
仕方ないなあ、と大きなため息を吐きました
「僕らの聖女様が、それをお望みなら
善処するしか、ないかあ」
「…っそう、っすね?」
フィオーリさんはちょっと困ったようにしながらも
頷いてくれます
お師匠様も、やれやれ、とまた頭を撫でてくださいました
ただ、ノワゼットさんだけは、無言で
ぷい、とむこうを向いてしまいました




