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精霊のお祭りであったことを私はみなさんにお話ししました
いつまでも、夜が明けずに、楽しくて踊り続けたことも
シルワさんがお迎えに来てくださったことも
精霊たちに追いかけられて逃げたことも
泉の精霊に助けられたことも
無事に帰ったら大事な話しがあると言われたことも
そして
戻ってきたとき、シルワさんが姿を消していたことも
お師匠様は、眉をひそめて、そうかぁ、そうかぁ、と呟き
フィオーリさんはときどき、すげー、とか、うへえとか呟き
ミールムさんは、渋いお顔で、ときどき舌打ちをして
ノワゼットさんは最初から最後までほとんど無表情のまま
聞いてくださいました
「魔力もないのに、精霊になる、ってさあ…」
ミールムさんがおっしゃいました
「裏の手、使ったんだろ?」
それにノワゼットさんは重々しく頷きました
「まあ、そうやろなあ…」
「シルワさんっすからねえ…」
みなさん暗い顔をして黙り込んでしまわれました
「…あの、それは、いったい…」
事情が分からないのは私ひとりのようでした
ひとり、困っていると、お師匠様が説明してくださいました
「人の霊魂、ってのはな?
精霊にも近づけるねん」
「れい、こん?」
「まあ、幽体離脱の術とか、使うお人もおるけどな?」
「術?」
「あれって、結構魔力を使うんだよね」
「シルワさんには、そんな魔力は、ないっすよね…」
ミールムさんとフィオーリさんは揃ってため息を吐きました
つまり、シルワさんは、術を使わずに霊魂になられた
そういうこと、でしょうか?
と思ったところで、ようやくその意味に気づきました
「…まさか…
シルワさんは…」
振り返ってはいけない、そう言ったシルワさんの声を
思い出しました
「あのお人は、嬢ちゃんのためやったら
そのくらいのことは、しでかすかも、しれん」
「自分の命と引き換えになんて…
お気持ちは分からなくもないっすけど
それにしても
シルワさん、なんてこと…」
フィオーリさんはおんおんと泣き出しました
「いや、それは、ないよ」
そうきっぱりとおっしゃったのはノワゼットさんでした
「それは、エルフの禁忌に触れる
そんなことをすれば、一瞬でオーク化だ
オークになってしまえば、記憶も失うから
彼女を助けになんか行けない
シルワ師が、そんな愚かなことをなさるはずがない」
「けど、それやったら、どんな裏の手を?」
ノワゼットさんは、うーんと唸りました
「…もしかしたら、と思うことが、ひとつだけ…」
「ひとつだけ?」
全員ノワゼットさんに注目します
「教えてください
シルワさんのことは、なんとしても、取り返します」
私は思わずそう詰め寄ってしまいました
ノワゼットさんは私のその目をじっと見てから
おっしゃいました
「ネムスのいる迷宮
シルワ師もそこにいるかもしれない
あの迷宮は時間が止まっているから
そこなら、仮死状態になれるんじゃないかな
つまり、霊魂になるのも、無理じゃない、かも」
シルワさんは、迷宮に行かれたのでしょうか
「鍵もないのに、迷宮に行かはったんか?」
お師匠様はひどく驚いておられました
「なるほどね
そっちのほうが、しでかしそうだね、シルワなら」
ミールムさんはにやっと笑いました
「ああ見えて、案外、しぶといからね」
「しぶとい、大いに結構っす
それなら、先を急ぎましょう」
フィオーリさんは涙を振り払って立ち上がりました
夜明けはまだでしたけれど、私たちは出発しました
シルワさんのご無事を確かめるまでは
眠るなんてできません
「…ちょっと、口、開けて?」
ノワゼットさんは隣からそうおっしゃいました
言われるままに口を開けると、ぽい、と何か
放り込まれました
途端に、しゅわあ~っと口の中に清涼感が拡がります
疲れは感じてはおりませんでしたけれど
さっきよりもっと、元気になった気がしました
「有難うございます
あの、これは…?」
「回復剤
あなたが倒れたりしたら、シルワ師が悲しむから」
ノワゼットさんは言い訳のようにおっしゃいました
せっせせっせと行軍をして
夜が白々と明けるころ
私たちは迷宮の入り口へと
辿り着いておりました
森の中に突然、ぽっかりと現れた大きな扉
扉はまるで一枚の板だけがそこに突っ立っていて
後ろ側に回り込むと、何も見えなくなりました
そこまで来ると、玉子はぱたんと倒れて動かなくなりました
ノワゼットさんは倒れた玉子を拾うと
おもむろに扉に開いていた鍵穴に押し込みました
「え?ちょ、そんな乱暴な…」
鍵穴の大きさは玉子よりよほど小さくて
無理やり押し込んだりしたら壊れてしまいそうでした
けれども、玉子はまるで吸い込まれるように
つるん、と鍵穴の中へ入っていきました
「うわっ」
みなさん驚いて飛び退いたところへ
ぎぎぎぎぎぃー、っと扉が勝手に開きました
扉の向こう側は、また森が続いておりました
そして、そこにまた玉子がひとつ
ころんと、転がっていました
驚いている私たちの目の前で、玉子はぴょこんと立つと
自分からころころと転がり始めました
我に返った私たちは、慌てて、玉子を追いかけました
迷宮に着く前と後と、玉子の動きはそう変わりませんでした
ただ、ここでは妙な罠は、もうありませんでした
玉子も魔力の補給なしに、どんどん奥へと進んでいきました
少し進むと、森のなかにぽっかりと開けたような場所に
出ました
温かな日差しも降り注いでいて、とても長閑そうな場所です
「なんか、迷宮の中のほうが、楽っすかね?」
フィオーリさんがそうおっしゃったときでした
突然、大きな石が、こっちに飛んできました
「油断するな!」
ミールムさんが叫び、ノワゼットさんは
私を抱えて地面に転がりました
私たちのさっきまでいたところに
石つぶてが雨あられのように降り注ぎました
フィオーリさんは頭を抱えて、うひゃあと叫びながら
飛んでくる石をひょいひょいと全部避けていました
しばらくして、石は飛んでこなくなりました
けれども、石の飛んできたほうから
なにやら、強い殺気のようなものが、漂いだしました
お師匠様は身構えながらゆっくりと剣を抜きました
そこへ、第二弾の石つぶてが、また降り注ぎました
ミールムさんが素早く防御の陣を宙に描きます
防御陣は石をすべて弾き返しましたけれど
魔力を発動してきらきら輝く魔法文字の向こう側に
大きな岩の怪物がぬっと立ち上がるのが見えました
「…ゴーレムか?」
「守護者と言えば、ゴーレムでしょ」
お師匠様とミールムさんがそんな会話を交わしたときでした
一言も言わずに、真っ先に攻撃を仕掛けたのは
ノワゼットさんでした
「お、おいおいおい…」
「ちょっと、待った!」
慌てて追いかけるみなさんの先陣を切って
ノワゼットさんは光る剣を手に走って行きました




