34
最初に私に気づいてくれたのはミールムさんでした
「ずっとどこ行ってたんだ?
黙っていなくなったら、心配するだろう?」
叱られるような声に、私は、すみません、と項垂れました
「精霊さんたちに、夏祭りに誘われて…」
「やっぱ、精霊の仕業やったか」
お師匠様は駆け寄ってきながら謝り始めました
「ごめんな
危ない、て、思っとったのに…
ちょっと目を離した隙に…」
「それを言うなら、一番傍にいたのはわたしだ
わたしがもっと気をつけるべきだった」
そうおっしゃったのはノワゼットさんでした
「なにはともあれ
ご無事でよかったっす」
フィオーリさんはほっとしたように笑ってくださいました
「ああ、ほんまや
お腹、すいてへんか?」
お師匠様は火にかけたお鍋のところへ行きながら尋ねました
「あれから三日三晩
その間、なんか食べたんか?」
「三日三晩?」
私は目を丸くしました
「…私は、ほんのひと時、かと
まだ夜も明けていませんでしたし…
精々、一晩くらいかと…」
「あっちは時間の進み方がこっちと違うんだよ」
ミールムさんはぷりぷり怒っておっしゃいました
そこへ、私のお腹がぐうと鳴る音がしました
恥ずかしくなって思わずお腹を抑えましたけれど
今の音はこの場の全員に聞こえてしまったに違いありません
「あ、待ってる間、これ、どうぞ?」
フィオーリさんはポケットからビスケットを取り出して
渡してくれました
「…ふん…」
ノワゼットさんはそう言って、何やら木の実を
たくさんくれました
両手を食べ物でいっぱいにして
私はそれより先に尋ねたいことがありました
「あの、シルワさんは?
シルワさんは、どこへ行かれたのですか?」
「…シルワさん?」
みなさんは不思議そうに聞き返しました
私は何度も頷いて、そう、シルワさんです、と
もう一度言いました
「精霊さんたちのお祭りに、シルワさんが
お迎えに来てくださったのです
さっきまで、一緒にいたのに
急にお姿が見えなくなってしまったのです」
え?と短く言ったのはノワゼットさんでした
「精霊の祭りに?シルワ師が?」
「へえ
精霊の祭りって、そんなにほいほい
誰でも行けるんっすか?
おいらもいっぺん、行ってみたいなあ」
明るく言ったフィオーリさんに
ミールムさんは冷たい視線を向けました
「何を呑気なことを
精霊の招待もなしに、入れる場所じゃないよ
マリエは、精霊に連れて行かれたみたいだけど
精霊だって、連れて行くやつは選ぶんだよ」
「…シルワさんも、どなたかにご招待された、とか?」
確か、泉の精霊さんとはお知り合いのようでしたし
あれ?
いえ、でも、声が届かない、とかおっしゃってましたっけ?
「…以前のシルワ師なら、魔力も完全な状態なら
もしかしたら、自分を精霊にみせかける、ことも
不可能でもない、かもしれない、けど…」
ノワゼットさんは、ぽつぽつとおっしゃいました
「今は、多分、無理だ」
そしてそう断言なさいました
「じゃ、どうやって行ったの?」
ミールムさんに尋ねられて、ノワゼットさんは絶句しました
「…どうしたんです?」
そのただならない雰囲気に
フィオーリさんは不安そうに尋ねました
ノワゼットさんは、ただ、黙って首を振りました
私にはその意味はよく分かりませんでした
ただ、不安な気持ちばかり、込み上げてきました
「ちょいちょいちょいちょいちょい」
固まりかけたその場所に
温かい湯気の匂いをさせて割り込んできたのは
お師匠様でした
「みんなもお相伴するやろ?
ほら、お腹すいてるときに相談事しても
ええ考えなんか、わいてけえへん、て」
お師匠様はそう言いながら、強引に私たちに
お椀を押し付けました
「ええから
まずは、ちょっとあったかいものを
お腹に入れなさい
話しはそれからや」
胸の中は不安でいっぱいなのですけれど
湯気の匂いは抗い難いくらい、いい匂いでした
私のお腹が、また、ぐう、と鳴ってしまいました
「そ、っすよね?
皆さん、食べましょ?」
真っ先にそう言って、スプーンを突っ込んだのは
フィオーリさんでした
「うん、うめえ」
ほくほくと歓声を上げてみせます
それを見て、みなさん、恐る恐るスプーンを手に取りました
それは具材がとろとろになるまで煮込んだ
お師匠様のシチューでした
私も今は不安を脇に置いて、シチューを頬張りました
「ここんとこ、みんな嬢ちゃんのことが心配で
あんまりご飯も喉を通らんかったんよ…」
お師匠様はしみじみとそうおっしゃいます
私は本当に申し訳ないことをしたと思いました
「まあまあ、もういいじゃないっすか
こうして無事に戻ってくださったんっすから」
フィオーリさんはどこまでも明るくおっしゃいました
みなさん、よくお召し上がりになりました
あっという間に大鍋が空になっていきます
私も勧められるまま、三杯お代わりをしました
人心地ついたところで
私たちは、お茶を手に火の回りに座っていました
「あれからねえ
シルワさんは、わたしたちの前には
姿は現わしてへんのよ」
口火を切ったのは、お師匠様でした
「だけど、気配は感じなくなっていた
ちょうど、あなたの姿が見えなくなった頃から」
ノワゼットさんはそうおっしゃいました
「あなたを探しに行ったんだろう、って
わたしは単純にそう思ってた」
「まあ、そらそうやわなあ
わたしらかて、手分けして、ずっと探してたんやもん」
お師匠様もうんうんと頷きました
「あの夜さあ、ふと見るとマリエがいなくって
そこから僕ら、延々、探し続けたんだよ?」
ミールムさんはまだちょっと怒っていらっしゃいました
「せめて、行く前に、一声、かけといてくれたら
よかったんやけどなあ
もっとも、そんなん言われたら、そんなとこ行くな、て
言うとったかもしれんけど」
お師匠様はため息を吐きました
「聖女様のことっすから、自分から黙って行こうなんて
するわけないっす
きっと、精霊さんが、強引に連れて行ったんでしょう?」
フィオーリさんは庇うように言ってくれました
「他に知れたら、絶対に邪魔されるから
精霊たちも、急いで連れて行ったんだろうね」
ミールムさんは鼻息を荒く一つ吐きました
「…ご心配をおかけして
本当に、申し訳ありません」
私には謝ることしかできませんでした
精霊さんたちのお祭りを、楽しそうと思ったのは事実ですし
行ってみたい、と思ったのも私です
「軽はずみなことをいたしました」
「夏至祭りは特別っすからね?
こう、なんか、からだのそこから
うずうず、するんっすよね?
おいらも、故郷じゃ盛大なお祭りをしてました」
フィオーリさんはにっこり笑ってくださいました
「まあ、しゃあない
精霊さんたちのやったことやからね」
お師匠様はその一言でまとめてしまいました
「…あの、シルワさんは、どこへ行かれたのでしょう?」
ノワゼットさんは少しの間、私を見てから
無言で首を振りました
「…ずっと、近くにいた
気配は、感じていた
けれど、今は…
何も、感じない」
「嬢ちゃん助けに行って、連れ戻してくれたんは
シルワさんで間違いないやろ
けど、それなら、なんで、戻ってけえへんのかなあ…」
みなさん揃ってため息を吐きました




