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シルワさん?
お名前を出そうとした私の口を
シルワさんはそっと人差し指で抑えました
「…しっ…
ここではそれを言ってはなりません」
私はこくこくと頷きました
精霊のお祭りにはきっとここでは絶対に守らないといけない
きまりがあるに違いありません
ちらりと見えたシルワさんの姿は
また光のなかに隠れてしまいました
「…念のため、お尋ねします
あなたを連れ戻しても、いいでしょうか?」
「もちろんです」
ちゃんと帰ろうと思っていたのです
けれど、来るには来たものの、どうやって帰ればいいのか
それも分からなかったのでした
「私ひとりでは、帰る道も分からなくて…」
「ご心配なく
きちんとご案内いたしますよ」
やっぱりシルワさんがいると安心
思わず私はシルワさんの手を握った手に力を入れました
ほんのり冷たくて指の細い薄い手が
私の手をそっと握り返してくれました
シルワさんは踊りながら、少しずつ
踊りの輪の端のほうへと進んでいきました
光の人のあまりいない場所に辿り着いたころでした
「あれ?こんな隅っこでなにしてるの?」
突然、そう声をかけられました
すると、わらわらと光の人が集まってきました
「もっとあっちへ行こうよ」
「こんなところじゃ、音楽も聞こえないよ」
「みんなで楽しもうよ」
光の人たちは口々にそう言うと
私たちの手を取って引っ張っていこうとしました
と、そのときでした
「おや?この手は、精霊じゃない」
「こいつは、精霊じゃないよ!」
周りの人たちは一斉に騒ぎ立て始めました
「人だ、人だ、人が混じっている!」
「精霊じゃないモノだ!」
「捕まえろ!捕まえて檻に閉じ込めろ!」
そう言って私たちを捕まえようと取り囲みました
シルワさんは周りから伸びてきた手を振り切ると
私の手を取って、走りだそうとしました
その瞬間、私たちは精霊の加護を失ったのか
そのまま森の木々の中へと落ちていきました
シルワさんは私を抱えて、風の玉を作りました
「聖女様、少し我慢していてください」
シルワさんがそう言うのが聞こえました
私は、ただただ、うんうんと頷きました
森の巨大な木は、高く高く聳えていて
下りても下りても、地上には辿り着きません
精霊たちは森のなかにまで追いかけてきました
シルワさんはなんとか逃げ切ろうとしますが
小さな光の粉に砕けて追いかけてくる精霊たちを
振り切るのは至難の技でした
少し大きな枝に降り立った時でした
「こちらへ」
鋭くそう言う声がして、私たちは強制的に
木の葉の茂った場所へと引き込まれました
どきどきしながら振り返ると、青い衣を纏った綺麗な人が
しーっ、と人差し指を唇に押し当てました
精霊たちは、さっき私たちのいた枝の辺りまで来ると
私たちのいる茂みには気づかずに行ってしまいました
私たちはそのまましばらく息を潜めて
その場所に隠れていました
少したって、精霊の気配がなくなったころ
さっきの青い衣の人は、にこっと笑いかけました
「お久しぶりです、シルワ」
「…母上…?」
シルワさんはその人の顔をじっと見つめて尋ねました
けれど、すぐに首を振ると、いや、違う、と呟きました
「あなたは、どなたですか?」
シルワさんがじっと見つめてそう尋ねると
その人はゆらゆらと姿が解けて、光の人になりました
「…あなたに分かってもらいたくて
お母様の姿を、勝手にお借りしてしまいました
わたしは、あの泉の精霊です」
「…泉の?」
シルワさんは目を見開いて聞き返しました
その人はゆっくりと頷きました
「ずっと話しかけていたのに
あなたにはわたしの声が届かなかった
シルワ…」
「…申し訳ありません、わたしは…」
シルワさんはそこへひざまずこうとしました
そのとき、また遠くから、精霊たちが呼ぶ声が聞こえました
おお~い、どこだ~
隠れてないで、出ておいで~
もっと楽しく踊ろうよ~
泉の精霊は、はっとしたように言いました
「ここで話しをしている暇はなさそうです」
それから、木の下を指さしました
「ここから真っ直ぐに下りていきなさい
そうすれば、お仲間たちのいる場所に
辿り着けます」
シルワさんはひとつ頷くと、私をまた抱えようとしました
その私に泉の精霊は言いました
「無事に帰ったら、どうか、泉に来てください
お話ししたいことが、あるんです」
私はひとつ頷くと、シルワさんに抱きかかえられて
そこから下へと飛び降りました
ひゅうひゅうと風の音がします
シルワさんは風に巻かれて、枝から枝へと飛び移り
少しずつ下へと下りていきます
「怖くないですか?」
小さくそう尋ねてくれましたけれど
「シルワさんがいらっしゃるから
怖くないです」
私はそうお答えしました
ようやく地面に辿り着いて
シルワさんは私をゆっくりと下に下ろしてくれました
「よく、我慢してくださいましたね?」
そう言って優しく髪を撫でてくださいました
そこは森の中の道でした
ずっとむこうに、焚火の灯りが見えました
「みなさん、あのあたりにいらっしゃいます
振り向かずに、真っ直ぐ、駆けていきなさい」
シルワさんは火の灯りを指さしておっしゃいました
え?とシルワさんを見上げようとしたら
いけません、と鋭い声で叱られました
「もう大丈夫ですから
さあ、早く」
急き立てられて、私は走り出しました
「早く、早く
精霊たちに追いつかれないうちに
早く…」
耳元でびゅうびゅうと風が鳴り
シルワさんの声が、早く、早くと言い続けます
私はなるべく急いで駆け通しました
そうしてようやく焚火のところへ辿り着いて
振り返って見たら
そこにはもう、シルワさんの姿はありませんでした




