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どのくらい、そうしていたのでしょう

短いはずの夏の夜は、思うより長くて

なかなか夜明けはやってきませんでした

東の空が白んできたら帰ろう、と思いつつも

あまりにここの居心地がよくて

ついつい、長居をしておりました


ふと、気づくと、目の前の光の人が

騎士のように礼儀正しく、こちらに手を差し出していました


「どうか、しばし、この私めに

 そのお手をお貸しくださいませ」


思わず顔を見上げた私に、光の人は優しくおっしゃいます

その声に私ははっとしました

ほんの少し、笑みを含んだ優しい声

この声には、聞き覚えがあります

けれど、その人の顔は、光に包まれていて

どなたかを確かめることはできませんでした


「あの…お手を…?」


私が凍り付いたようにじっとしていると

その人は、少し困ったように重ねておっしゃいました

これは礼を欠いてしまったのでしょうか

私は慌ててその手を取りました


光の人の手は意外に力強く

私の手を取ると、さっと引き寄せました

するとその途端、聞こえてくる音楽の曲調が

さっきまでとは少し変わっておりました


周りの光の人たちも、二人一組になって踊り始めます

くるり、くるり、ひらり、ひらり…

まるで、幼い頃に憧れた、王宮の舞踏会のように


私は、このようなダンスを習ったことはございませんでした

故郷にいた頃には、ダンスパーティなどは

身近なところにはなかったのです


おどおどする私に光の人は優しくおっしゃいました


「心配はいりません

 どうか、わたしにお任せください」


言われるままに、光の人に合わせて動きました

その方は、優しく、リードしてくださいました

踊り方は知らなくても、動きについていくだけで

いつの間にか、それなりの形になっておりました


「ふふ、お上手ですよ?」


褒められて、嬉しくなってしまいます

調子に乗って、くるっと一回転

すると、周囲からも、一斉にお褒めの声があがりました


「上手上手」

「なんて愛らしいんだろう」

「流石…だよ」


褒められて、かっと顔が熱くなりました


私はお相手をしてくださっている方の

お顔のあたりを見つめました

お顔は見えないのですけれど

微笑んでくださっているような気がしました

これは、きちんとお礼を申し上げねばと思いました


「お導きいただき、有難うございます」


「いいえ

 わたしがあなたと踊りたかっただけです

 お相手をしていただき、有難うございます」


反対にお礼を言われてしまいました


「なんて軽やかに、見事に踊られるのでしょう

 とても、初めてには見えませんよ?

 こんな愛らしい姫君と踊れるなんて

 わたしは前世でよほどよいことをしたらしい」


どこか誇らし気にその人は付け足しました

私は、ますます恥ずかしくなってしまいました


「褒めていただいて嬉しいです

 でも、私が上手に踊れたのは

 上手に導いてくださったお蔭だと思います」


「なんとまあ

 そのようなお言葉までちょうだいできるとは

 昔、嫌々ながらもダンスを習っておいて

 本当によかったです

 叶うものなら、あの頃の自分に

 先々よいことがあるから、是非にも真面目に

 ダンスを習っておくようにと伝えてやりたいですよ」


「まあ、昔、ダンスを正式に習われたのですか?」


「正式に、とまでは申せませんけれど

 一応は、一通り、修めました

 きちんと単位を取らないと、卒業できなかったので」


「卒業?

 どこかの学校に行っておられたのですか?」


「ええ

 一年ほどでしたけれど、王都の学校にね

 もっとも、わたしはその一年の間

 どうすれば早く逃げ帰れるかと

 そればかり考えていました」


光の人はくすくす笑うと懐かしそうに続けました


「あのころは本当に、毎日辛くて

 ただただ、森が恋しくて

 家に帰りたいとばかり、思っていました

 王都には公園はあっても、森はありませんから

 校庭に古くからある木のところに通っては

 木漏れ日を見上げて涙を流し

 風の匂いを嗅いでは、緑の気配を探していました

 けれど一方で、そんな自分のことを情けなく思ってもいて

 せめて勉学にだけは励もうともいたしました

 結果的にはそうしたおかげで、規定よりも早く卒業し

 家に帰りたいという願望も叶えることができたのです

 けれど、学校というところは、勉強以外にも

 いろいろな作法や礼儀等も学ぶところで

 ダンスの授業もありましてね?

 いやもう、これが、辛くて辛くて…」


光の人は踊りながら、そんな昔話をしてくださいました


「いえ、これは、すみません

 うっかり長話などしてしまいました

 このような話しなど、つまらなかったでしょう

 聞いてくださって有難うございます」


「つまらなくなかったです

 それより、もっとお聞かせくださいませ

 王都とはどのようなところなのでしょう?

 王宮の舞踏会には参加なさいましたか?」


「舞踏会には、卒業したとき、来るようにと言われましたが

 仮病を使って、辞退いたしました

 けれど、こうして話しの種になるのならば

 行っておけばよかったかな、と

 今は、少しだけ後悔しております」


光の人はくくっと少し笑いました


「けれど、王宮の舞踏会も、なにほどのものか

 今のこの場所以上に、素晴らしい舞踏会など

 どこにもありませんよ」

 

そのお言葉には私も同意いたします

光の人たちの踊りは、どちらをむいても華麗で繊細で

本当にこれ以上に美しい会などあり得ないと思います


「このお祭りにお誘いいただけて

 本当によかったと思います」


「年に一度の精霊の夏祭りですから

 ここに招待されるなんて、本当に特別です

 流石、わたしたちの聖女様だと誇らしく思います」


その呼び方に、はっとして、私は動きを止めました

光の人は、少し言いにくそうにしながら、続きを言いました


「…ここは、楽しい、ですか?

 聖女様?」


私は光の人をじっと見つめました

その人は、どこか悲しそうに続けました


「ここには辛いことは何もない

 それは間違いありません

 望めば、永遠に、ここに居続けることも可能でしょう

 ただ、しかし…」


光の人は、言いにくそうに言葉を切ってから

静かにまた続けました


「あなたを心配して待っている人たちもいます

 あなたの幸せと比較すれば、誰の心痛も

 それほど大事なものにはなりませんけれど

 果たして、聖女様ご自身は

 それで本当に幸せになれますか?

 聖女様という方は

 誰かの痛みや悲しみに蓋をして

 幸せになれる方ではなかったと

 わたしは思っているのですが…」


私は、まじまじとその人の顔を見つめました

眩しい光のなかで、その顔はゆっくりと形を取り始めました


「お迎えにまいりました

 折角の楽しい場所から連れ戻そうとするわたしを

 お恨みになるかもしれません

 けれど、皆、とても心配しているのです

 どうか、帰ってきてくださいませ、聖女様」


優しく、諭すように、こちらを見つめているのは

シルワさんでした







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