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その後はなんだかノワゼットさんと意気投合してしまって
気が付くと、眠くなるまで、シルワさんのお話しで
すっかり盛り上がっておりました
ここにシルワさんがいないことはとても淋しいけれど
こんなふうに一緒に話せる人がいてくれて、よかった
話したいことはいついつまでも尽きないのですが
次第に眠くなってきて、うつらうつらし始めた頃
ノワゼットさんは大きな伸びをひとつなさいました
「じゃ、わたしは、寝る」
一瞬、目が覚めて、え?と思ったときには
するすると木に上って行ってしまいました
「わたしはこっちが落ち着くから
じゃ、おやすみ」
木の上から、そんな声だけ降ってきます
「あ…、はい、おやすみなさいませ…」
エルフさんは家も木の上にあったりしますから
寝るのも木の上のほうが落ち着くのでしょうか
ミールムさんとフィオーリさんも
いつの間にか眠ってしまっていました
火の傍に座っているお師匠様の
まぁるい後ろ姿を見ていると
そのまま、また眠くなってきました
…シルワさんも、今頃
どこかで眠っていらっしゃるのでしょうか
たったおひとりで、淋しくはないでしょうか
シルワさんのことですから、おひとりでも
きっと大丈夫なのでしょうけれど
願わくば願わくば、どうか、よい夢を御覧になりますよう
ここはエルフの森の奥深く
郷と違って、エルフは住んではいませんけど
厳重にエルフの結界に護られています
ここには、危険なものは入ってこない
お師匠様もそうおっしゃっていました
この森にいると、いつもより少し濃く精霊の気配を感じます
精霊はこの世界のありとあらゆるところにいるのですけれど
人の多い場所では、人の気配に隠されてしまって
精霊の気配を感じ取ることは、少し難しくなるのです
もしかしたら、ここは、人の領域ではないから
これほどに精霊の気配が濃いのかもしれません
ここは、きっと、精霊の、領域…
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っておりました
夜中にふと目が覚めました
こんなことは、とてもとても珍しいのです
大抵は、いったん眠りに就けば、朝まで目を覚ましません
夜中に起きるなんて、本当、何年に一度、あるかないか
そのくらい珍しいことでした
それでも、ふ、と、目が覚めました
ぱっちりと開いた目に映ったのは、ふわふわと飛ぶ
無数の小さな光でした
蛍かな?
最初は、そう思いました
それとも、光るキノコの胞子かも
それは虫というより、もっと小さい、粉みたいでした
私はもっとよく見ようと、からだを起こしました
じっと目の前の光に目を凝らすと
その光には、小さな羽と手足?が生えていました
…やっぱり、虫かな?
そう思ったときでした
ふふふっ
くくくっ
そんな笑い声が周りから一斉に聞こえました
私はびっくりして周りを見回しました
それはまるで、周りに飛ぶ小さな光が
一斉に笑ったようでした
ようこそ…
ようこそ…
笑い声のなかに、そう聞き取れる声がありました
この虫は同じ言葉を話せるんだと思いました
それはそうだよ
これは大精霊様の与え給うた言葉だもの
大精霊様がこの世界に降臨し給うたとき
大精霊様のお力で、この世界に住むモノは
皆、同じ言葉を話すようになった
神殿ではそう習いましたけれど
それって、本当のことだったのかと思いました
ふふふ
ふふふ
そんなことも忘れてたんだ…
どうもすみません
私、座学はとんと苦手なもので…
いえ、だからと言って、実践が得意かと聞かれると
それはそれで…まあ、なんとか、ぎりぎり?
お情けで資格をいただいたようなもの、でして…
ふふ
ふふふ
資格なんて、いらないのに
それって、人間が勝手に決めただけだよ
それはまあ、その通りかもしれませんけれど
しかしまあ、何事も、基準というものがあると
安心すると言いますか、なんと言いますか…
「そんなこと、どっちでもいいや
行こう?」
突然、耳元で声がしました
はっきりと、音になって聞こえたのです
はっとして顔をあげると、きらきらした光が集まって
人の形をしておりました
光の人は、私のほうへ手を差し伸べました
「お祭りに、行こう!」
まあ、お祭り?
私は途端にわくわくしてしまいました
もしかしたら、それで目が覚めてしまったのかしら
「なかなか起きないのを、せっかく起こしてあげたんだから
さあ、早く、行くよ?」
なんとまあ、起こしてくださったのですか?
お祭りに誘うために?
「それは、お手間を取らせまして…」
お辞儀をしようとしたら、いきなり手を取られました
そのままぐいぐいと引っ張って行かれます
「あら、少し、お待ちを
勝手にどこかへ行ってしまっては
皆さんに、ご心配をおかけしてしまいます
ちゃんと、言ってから行かないと…」
そんなことを言う間にも、ぐい、ぐい、と
強く引っ張られておりました
なんとも不思議なことに、私の足は
目に見えない階段を、一段一段踏みしめて上っていきます
鬱蒼とした森の木々や枝を、器用に潜り抜けて
透明な階段は、上へ上へと続いていました
気が付くと、いつの間にか森の梢をも脱け出して
足元には、巨大な絨毯のような森が
どこまでもどこまでも続いていました
みなさんはどこにいらっしゃるのか
もう姿も見えません
「いいじゃない
みんなよく眠っているからさ」
「起こすのもかわいそうだよ」
そこにはたくさんの光の人たちがいて
口々にそうおっしゃいました
「それよりも、ようこそ」
「ようこそ、この森へ」
「今夜はお祭り
特別な夜だよ?」
「一年で一番、短い夜だから
早く楽しまないと、夜が明けてしまう」
光の人たちは、手に手をとって輪になると
いっせいに踊り出しました
どこからともなく、陽気な音楽も聞こえてきます
「今日は一晩中、踊り明かすんだ」
私は少し不安になりました
「夜はちゃんと休まないと
明日、眠くなってしまいます」
「いいじゃない、一年に一度のことだもの
明日のことは、明日考えればいいよ」
光の人たちはそう言って
私を踊りの輪の中へ連れ出しました
あまりにも陽気な音楽と、さざめくような笑い声
それが私を包み込みます
からだの奥底から楽しい気持ちが湧き上がってきて
もうどうしようもなく、じっとしていられなくなりました
まずは、うずうずと足が動き出し
気が付くと、手足を動かし、からだごと、踊っておりました
「そうそう、そのステップ!」
「なかなか上手じゃない!」
「じゃあ、今度は、これ、やってみて?」
光の人たちは、次々と新しいステップを教えてくださいます
最初はなかなかうまくついていけませんでしたけれど
光の人たちは、呆れずに根気よくつきあってくださいました
「いい感じ、いい感じ」
「上手上手、流石だよ」
「このまま永遠に踊っていたいね」
励まされて、嬉しくなってしまいます
今宵は一年で一番、短い夜
この楽しいお祭りも、きっとあっという間のことでしょう
踊っていると、心配な気持ちや不安な気持ちも
少しずつ少しずつ消えていきます
さざなみのように寄せてくる笑い声は
いつの間にか私のなかを満たしていて
辛い気持ちを、うきうきやわくわくに変えていきました
夜が明ける前には、みなさんのところへ戻らなければ
けれど、今はもう少し、ここで踊っていたい
そんなことを思いながら、いついつまでも
踊り続けておりました




