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落とし穴を埋め戻し

そろそろ日暮れも近いということで

今日はその辺りで野営をすることになりました


道を外れて少し森に入った辺りに

ほんの少しだけ平らな場所がありました

木の間にロープを渡し、夜露避けの屋根を軽く作ります


フィオーリさんはくんくんと辺りの匂いを嗅いで

雨の心配はなさそうだとおっしゃいました

今夜はこの屋根でじゅうぶんでしょう


それから、手分けをして、お師匠様は焚火作りを始め

フィオーリさんとミールムさんは水汲みに行かれました


野営はいつものことなので、手慣れた作業です

ノワゼットさんは忙しく働く私たちを

物珍しそうに眺めていらっしゃいました


「ノワゼットさん、あんた、嫌いなもんとかあるか?」


お師匠様はリュックの食材を眺めながら尋ねました

ノワゼットさんはちょっと驚いた顔をして

お師匠様を見返しながら、いつものように答えました


「…べつに…」


「あんた、それ以外の応え方知らんのかいな?」


お師匠様は呆れたように続けて尋ねました


「お肉は?食べられるん?

 香辛料はどないや?」


「食べられないものはない

 ただ

 …味の濃いものは、あまり…」


「薄味がお好き、と

 他は?気をつけることは、ないか?」


「…熱いものは、苦手…」


「ほいほい

 猫舌、と

 そんなもんか?」


ノワゼットさんが頷くのを見て

お師匠様も、にっこりなさいました


「不本意かもしらんけど

 ついてくる、言うたんは、あんたや

 一緒にいる間は、仲間や思うて

 少しは協力、したってや?」


「…あ、ああ…

 わたしは、なにをすればよいのだろうか?」


尋ねるノワゼットさんに

お師匠様はもう一度にっこりしました


「素直でよろしい

 あんた、料理はできるんやんな?

 ほんじゃ、こっち来て、玉ねぎ、刻んで?」


「…玉ねぎ…」


「なんや、嫌なんかいな?」


「あ、いや、そんなことは、ない」


ノワゼットさんは言われるままに包丁を手に取りました


「嬢ちゃんは、横におって、涙…は

 今日はいらんのか…」


言いかけてお師匠様は小さくため息を吐かれました

私も悲しくなって思わずうつむいてしまいます

夕食の支度で流す涙をシルワさんに差し上げるのは

もういつもの習慣になっておりました


「…涙…?」


ノワゼットさんは尋ねるようにこっちを見ました


「ああ、嬢ちゃんの涙はな、シルワさんの薬やねん」


「この涙をとっておけたら、どんなにいいか…」


ノワゼットさんはしばらく首を傾げてから

私のほうを見ました


「ちょっと、泣いて?」


「あ、っと…

 その、玉ねぎを刻んでいただけると

 早いかと思います…」


私が指さしますと、ノワゼットさんは、ああ、と言って

いきなりものすごい勢いで玉ねぎを刻み始めました


「う、わ、ひゃ、ひゃ…

 ひゃっくしょんっ…」


私はと申しますと、驚いた拍子に盛大なくしゃみをして

涙も鼻水も同時に出てしまいました


「え?

 …その、涙?」


私の顔にノワゼットさんは若干ひいておられます

そんなにひどい顔になっておりましたでしょうか


「あ、はい

 乾かないうちに、お早く、どうぞ」


ほっぺたを差し出すと、恐る恐る

こちらに、指を伸ばしてこられました


「…これで、いいの…?」


ノワゼットさんは、指先に涙をすくいとると

何かを丸めるように、指先をこねこねといたします

しばらくそうしてから、こちらに手を差し出すと

てのひらに、ころりと透明な玉がひとつ転がっていました


「え?

 ノワゼットさん!

 涙を保存できるんですか?」


「…いやこれ、シルワ師もできるはずだけど…」


それを聞いたお師匠様は

盛大な舌打ちをなさいました


「あんのお人は、公然と嬢ちゃんのほっぺに

 ちゅう、するために、このこと黙ってたんか!」


「いえまさか、シルワさんに限って

 そんなコソクなことはなさらないと思いますわ」


思わずそう申し上げると、どこからか

誰かが小さくくしゃみをする音が聞こえました


「…あ、ぃゃ…

 今のシルワ師には、ちょっと無理、かな…

 これ、瞬発的にけっこう魔力、いるんだけど…

 シルワ師、今、魔力、ないから…」


ノワゼットさんは慌てたようにそう付け足しました


「なんや、そうなんか」


かんかんに怒っていたお師匠様は

その説明に、すん、と怒りが鎮まりました


「て、今、シルワさんは今だけ魔力ない、とか

 言いはった?」


お師匠様ははっと気づいたように聞き返します

ノワゼットさんはぎょっとした顔をしてお師匠様を見ました


「ぁ、ぃゃ…っと…」


「シルワさんって、今はめっちゃヘタレやけど

 やっぱり、元々は、もっと魔力、あったんや?」


「それは、そうでしょ

 王都の魔法学校、主席だよ?」


ノワゼットさんはちょっと怒ったみたいに返しました


「へえ~

 そんな立派なお人やったんか…」


もう一度、小さなくしゃみが聞こえた気がしました


「…よその種族の魔法体系なんて必要ない、ってのが

 エルフの普通の考え方だけど

 シルワ師は、知識はあればあるに越したことない、って

 そういうお考えの方だから」


「あ

 なんか、分かるわ、それ」


お師匠様はお肉を切っていた包丁を振り回しながら

うんうんと頷きます

ノワゼットさんは、ほんのちょっと嫌そうな顔をしました


「…そういうもの、振り回さないでくれる?」


「ああ!これは失礼」


「というか、こういう野蛮な方法?

 わたしたちは、あんまりやらないんだよね…」


ノワゼットさんはぽいと玉ねぎを放り上げると

小さく、風よ、と呟きました


すると、宙に浮かんだ玉ねぎの周りに

小さなつむじ風が起こって

あっという間に

玉ねぎはみじん切りになって落ちてきました

あとはそれを器に受けて、一瞬で出来上がりでした


ぱちぱちぱち

思わず、拍手してしまいます


「すごいですね?ノワゼットさん!」


褒めると、べつに、とおっしゃいました


「こんなこともシルワ師に教わったんだし

 シルワ師だって、できるはずだよ」


「今は魔力不足やから、しはらへんねんな?」


お師匠様は分かったというように頷いてみせました


「それに、それやと、あまりにも一瞬過ぎて

 嬢ちゃん泣く暇ないもんな」


「あ、確かに」


あまりに素早すぎて、目が痛くなる暇もありません

ノワゼットさんも、ああ、と納得したようでした


こんな何気ない会話を交わしていたら

ノワゼットさんとも、少しずつ、仲良くなれる気がしました


森のなかでは夕日は見えず、辺りはみるみる暗くなりました

昼が夜にとってかわる頃、ふわふわと光る蛍が飛び始めます

ヒカリゴケや、怪しく光るキノコ

お日様の光とは違うけれど、不思議な夜の森の光です


お師匠様はヒカリゴケを集めて、小さなランプを拵えます

それを木々にぶら下げたら、即席の居間になりました

森の息吹の匂いのする、居心地のいい居場所です


いつものシチューと、木の実のいっぱい入ったパン

美味しい夕食の後は、みなさん、思い思いに過ごされます

火の傍で繕い物をしつつお酒を飲むお師匠様

ミールムさんとフィオーリさんはゲームを始めました


「そういや、今夜は夏至祭りやったなあ

 精霊さんに引いて行かれるから

 嬢ちゃん、必ず誰かと一緒におらなあかんよ?」


お師匠様は針仕事をしながら私にそうおっしゃいました


私はお茶を淹れてノワゼットさんのところへ行きました

どうぞ、と手渡すと、有難う、と言ってくださいました


「…あち…」


飲もうとしてそんなことを呟いておられます

そういえば、猫舌だとおっしゃっていたなと

思い出しました


「これはすみません

 もう少し冷めてから、召し上がってくださいませ」


「…いや…

 お茶は冷めないうちのほうが香りはよいのですよ、と

 シルワ師もいつもおっしゃってたから…」


ノワゼットさんは、何か懐かしいことでも思い出すような

目をしておっしゃいました


「ノワゼットさんは、シルワさんと

 とてもお親しかったようですね?」


私がそう申し上げると、ああ、まあね、とおっしゃいました


「…わたしは、ラルフと生まれ年が同じだから

 弟がふたりいるようだ、とシルワ師は

 いつもおっしゃっていて…」


「へえ、弟…

 ええっ?!弟?」


思わず大きな声をあげてしまいました

ノワゼットさんは迷惑そうに耳を塞いでおっしゃいました


「声、大きい」


「…私、ノワゼットさんはずっと女の子だと…」


「ああ、そうみたいだね?」


ノワゼットさんはそう驚いた様子もなくおっしゃいました


「人間って、よく間違えるよね

 前にも間違えられたこと、あるよ」


「だって、そんなに細くてつるつるで

 肩とかも華奢だし、綺麗で可愛いし…」


「わたしより、シルワ師のほうがよほどお美しいよ」


「あ、シルワさんも確かに美人さんですけど…」


「昔さあ、どうしたらシルワ師みたいになれるんですって

 シルワ師に尋ねたら

 泉の水で顔を洗うといい、って聞いて

 それからは、毎日、あの水を汲んで顔を洗ってるんだ」


「なるほど

 私も、この間から、あの泉の水で顔を洗っております

 もしかして、ノワゼットさんみたいになれますか?」


「…肌は綺麗になるかも、だけど

 造作のほうは…」


「あ!そっちは無理ですよね?」


「…そもそも、種族も違うからね…」


ノワゼットさんはちらっと笑ってこちらを御覧になりました


「わたしは、あなたの姿も十分に魅力的だと思うよ?

 まんまるなお顔も、短い手足も

 ふわふわした髪も、ちょっと上をむいたお鼻も」


…あの、それは、褒められているのでしょうか?


「なにより、その清んだ瞳は、特別な宝石みたいだ」


「まあ!

 そんなふうに言っていただいたのは初めてですわ」


私はなんだか恥ずかしくなってしまいました


「シルワ師があなたのことほっとけない、ってのも

 なんとなく、分かるよ

 森でうっかり手のかかる獣の仔を拾ってしまった感じ?」


手のかかる、獣の仔、ですか?


またどこかで、小さなくしゃみの音が聞こえた気がしました





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